2-25

     ◇


 常之倉市、バトルエリア内病院設備付近


「おらおら、さっきまでの威勢はどうしちまったんだ?」


 軽快な調子で煽る魔人と対照的に、小柄の男は苦悶の声を漏らし宙へと吹き飛ばされる。もう何度この状況に陥っているか数えたくもなかった。


 魔人の煽りに呼応するかのように満身創痍の大柄の男が拳を振るう。聖鎧の人工筋肉によって無理矢理動かされているその腕は、弱弱しく空を切り、その背後を瞬間移動した魔人が容赦なく蹴り飛ばす。


 ……地獄。


 最早戦いとは言えなかった。ただ一方的な暴力に二人はずっと曝され続けていた。どちらか一人が虐げられている隙にもう一人が撤退、今はただあの悪魔の脅威から一秒でも早く逃げるのが精いっぱいだった。


『なっ、なんなんだあのバケモノは!』


 無線越しに大柄の男の悲痛な叫びが木霊する。


「……第4世代機だ。それも本物の」


 小柄の男はそう答えるが、その確証は伝聞ではなくその身を通じて感じ取ったものだった。


 聖鎧の世代は第3世代までは区分けが出来るだけの特徴を持ち合わせていたが、開発中とされる第4世代には明確な特徴はなく、第3世代に付け焼刃を加えて頭打ちになるなどと言われて”いた”。


 ……だが、目の前にいるあの魔人はどうだ? 


 軍用回線を用いた緊急展開機能、足音なく忍び寄る為の消音機能、敵のFCSを妨害する認識阻害因子、自慢の高速移動に重点を置き過ぎた余りにも薄い装甲……、その殆どが厄獣狩りには不要な機能であり、聖鎧と対峙する場合に特化し過ぎている。


 眼前に映るあのバケモノは聖鎧であって聖鎧ではない。厄獣を狩るのではなく、同胞を狩る為に造られた悪魔だ。


「もう、あの鎧が解かれるまで待つしかない。耐えるんだ」


 何度目の自己暗示になるのか分からなかった。いくら悪魔と言えど緊急展開機能で装備した鎧は長時間展開することは出来ない筈だ。


 装着者の才覚、体調に左右されるとはいえ、1時間以上持つことはまず考えにくい。奴の暴力を耐えきれば、攻勢逆転は可能で、それは藁をも掴む低すぎる希望だということは小柄の男も理解していた。


『そんなことは分かっている!なんであんな軍用機をUGXが運用しているんだ?』


 混乱の余り大柄の男の応答が支離滅裂になっていた。


「その考察は後にしろ!」


 ただでさえ全身の激痛が僅かに残る冷静な思考回路を蝕みつつあるのに、余計なことを考えるなんてことは彼には出来なかった。


『貴様が言っていた、UGXの新設部隊なんじゃないのかアレは?』


 対照的に、隣で立ち上がる男は痛みを堪える為に他の話で気を紛れさせたいらしい。


「ああ、そうかもな!!」


 怒気を込めながらそう返答する。誰の指示で動けているんだと、何も考えずに暴力を振るっているだけで良い奴は気楽だな、と皮肉が喉の奥まで漏れそうになる。


「おいおい、何こそこそ話してるんだ?」


 視界外から強襲してくる悪魔が、文字通り2人の会話を遮った。2人が合流するタイミングをわざと待って瞬間移動、間を引き裂くように両拳が大柄と小柄の胴体に撃ち込まれる。抵抗する動作を出す時間など無かった。


「ッ!!」


 砲弾の直撃を受けたような衝撃が全身に叩きこまれる。2人の身体は直線状に吹き飛び、煉瓦造りの壁にそれぞれ減り込むように背中から衝突した。ろくに整備されていないであろう煉瓦が崩れ、その破片が彼らの身体に注がれていく。


「あっ、殴っちまった」


 やれやれとでも言わんばかりに悪魔が肩を竦めた。


 小柄の男は一瞬意識が飛びかけるが寸前のところでそれを取り戻す。朦朧とする視界の中には、傷一つついていない黒と赤の悪魔が立ち尽くし、ふと、悪魔の左肩に描かれた骸骨騎士の紋章が彼の網膜に映りこんだ。 


 ……黒と赤の悪魔、UGXの新設部隊、そして、骸骨騎士の紋章。


「あ、あああ、ああああ……」


 小柄の男から発せられたその叫びは、まるで壊れた玩具の断末魔のようだった。人工筋肉に信号を送るので精いっぱいだった筈の彼の身体は、眼前に映るモノの正体への恐怖に小刻みに震え出した。


『どっ、どうした……?』


 小柄の男の突然の発狂に、対面方向で倒れていた大柄の男が動揺と共に訊ねた。


「思い、出した……」


 恐怖の衝動が喉元まで迫りながらも、声を振り絞る。


「アイツは、統自とうごうじえいたい存在してはならない部隊インビジブルフォースの、精鋭だ」


 噂話で聞いていただけとはいえ、何故あの悪魔の色合いで思い出せなかったのか。


「米軍、と協働で、我々の同志の多くを殺して、きた」


 我々の聖戦をテロと定義し、日本のみならず世界各地で非公式に先制攻撃を仕掛けていたと聞く。


「その中で、最も、同志を殺したのが、血濡れの、刺殺剣ブラッディ・スティレット


 手に携えた剣の形状こそ異なるが、あの骸骨騎士の紋章は、同志の返り血を浴び続けた異名の象徴そのものだ。


『そして、最近、その化け物がUGXの新機軸の部隊創設の為に、招聘された、ってか?』


「ッ⁉」


 耳を疑った。大柄の男とのみに開かれていた秘匿通信回線に、あの悪魔の声が混線されていた。


『よく知ってんじゃねえか』


「んがッ!!」


 凍るような声が響く。悪魔は小柄の男の首元を締めるように握りしめた。


 

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