2‐24

「このっ!」


 小柄の男は同志を救うべく照準を魔人の身体へと向ける。画像認識を狂わされたFCSが警告音を鳴らすが、聖鎧無しでの対人戦闘の心得を持つこの男にとっては関係なかった。過剰な補助機能を嫌う彼は聖鎧からの火器管制の自動制御を予め切っていた。


 男の瞳が聖鎧のカメラを介し、照門から魔人の胴体を睨みつける。牽制など不要だ。あの細いシルエットに御大層な認識阻害機能を載せているのだ、そんな装甲に厚みを持たせるのには無理がある。拳銃であっても有効打になりうる筈だ。


 指先の筋肉の動きに呼応し聖鎧の人工筋肉が拳銃のグリップをより強く握りしめる。そのタイミングで魔人の赤い瞳がこちらを向いた。


「おっと」


 魔人が呟くのと銃声が響くのはほぼ同時だった。寸前の所で魔人は独特の爆発音を鳴らし、瞬時に男の射線軸上からその身体を逸らす。目標に逃げられた銃弾は空を切り、魔人の後ろにあったガラス窓を粉砕する。


「このデクノボーとは違うみたいだな」


 男の視界外へ逃げていた魔人が口笛を鳴らした。確証はないが、対人用の近接警報装置を奴は備えている。そして、そんな装置を付けた上で、この発砲を避けなければならないほどに、あの魔人は脆いに違いない。


「このオモチャはもういらねえな」


 そう言って魔人は両腕で抱えていた自動小銃のマガジンを排出、銃そのものを男が破壊した窓の後に向けて無造作に投げ捨てる。窓の先、かつて庭だった場所に落ちたそれは目立った音を出さなかった。


「そもそもの話じゃ、殴らせろ、だったもんな」


 そういやまだ蹴っただけだもんな、と魔人は余裕ぶって笑うが、小柄の男からすれば、混乱した脳を落ち着かせるには十分な時間だった。突如として捨てた自動小銃から、装甲の脆さへの確証がより高まった。


 可能性は低いがまだ、勝機はある。


 瞬間移動にも等しい魔人の高速機動も、この魔人が『イーグル』の名を持つ聖鎧だと聞いた時点である程度推察は出来ている。爆発音を伴うこの機動は、米国由来の聖鎧が持つ強襲機動そのものだ。


 元々、人工筋肉分野で遅れを取った米国が採用した機動方法で、四肢に仕込んだ単発式の爆薬を炸裂させ、その反動で聖鎧を強引に高速機動させるあまりにも強引な手法だったが、シンプルな手法と瞬発力そのものでは人工筋肉を上回ることが可能なことから、現在でも米国製聖鎧を中心にオプションユニット化されている。


 当然、『イーグル』と名の付く聖鎧にも強襲機動は健在であり、あの魔人の使用しているものはその最新鋭タイプになるのだろう。


 最新型故に文字通り目にも止まらぬ速さで移動する魔人だが、そのタネが強襲機動であるのなら、その弱点も共通だ。直線的な機動に限定され、閉所であればその機動角度は著しく制限される。


 幸いにして今いる場所は直方体の限定空間だ、どれだけ高速で動こうと着地地点さえ予測出来れば反撃に転じるのは容易だ。


 男は腰に携えた超振動ナイフに手をかける。現在位置からすれば、あの魔人は真正面から突撃することしか出来ない。慢心した奴の殴打に刺し違えてやる。


 魔人と視線が交錯する。赤い目が妖しく光った。


 特徴的な爆発音が響く。


「いやッァ!」


 男は瞬時に拳銃から手を放し、超振動ナイフを両手で握りしめ雄叫びを上げる。今は空を切る刃だが、瞼を開いた頃には、あの魔人が目の前で串刺しになっているに違いない。


「……?」


 殴られる衝撃も、刃を突き刺した感触も男には伝わらなかった。それどころか、聖鎧のカメラには魔人の姿すら消えていた。


「へえ、なかなかやるじゃないか」


 響くのは姿を眩ませた魔人の声。


「だけど、知識がちょっと古臭いな」


 その刹那、


「がぁぁ!?」


 声の方向に振り向くよりも先に、無防備な男の背中に強烈な衝撃が叩き込まれた。全く警戒されていなかった方面からの一撃に聖鎧どころか男の思考すら追い付かない、強制的に嗚咽が吐き出され、ナイフから手を放すより先に身体が地面に落ちる。本来魔人に突き刺さる筈だった刃は廊下を抉り、甲高い不快音を辺りに巻き散らす。


「あー、また蹴っちまった」


 激痛に悶える男を他所に魔人はそう呟く。飄々とする魔人に対し、小柄の男の希望は完全に断たれてしまった。

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