2-23

    ◇


 常之倉市、バトルエリア内病院設備1F廊下


『どうしてだ?どうしてあんな奴が!?』


 通信機越しに息を切らした同志、大柄の男の悲痛な叫びが木霊する。


「落ち着け!態勢を立て直す!」


 そう力強く鼓舞させるが、同志と共に一時退却する彼、小柄の男にとってはそれは自己暗示にも等しかった。


 あの黒と赤の魔人の宣戦布告の直後、彼は咄嗟に保険として装備していたスモークグレネードを投げ付け離脱、非常時用の拳銃に武器を切り替え、ただひたすらに逃げ続けていた。


「おいおい、いきなり逃げることはねーだろ」


 白煙の中で赤い複眼が煌めいた。走り出す素振りは見せなかったが、その視線は真っ直ぐ我々を追っている。


 ……傲りはあったのは否定しない。だが、こんな事態、誰が想定出来るものか。


 小柄の男は悪態を吐きながら拳銃のトリガーを引く。牽制として奴の足元近くを狙ったが、あの魔人は気にも留めることなく、足音一つ立てずに近づいて来る。


 事前の情報では草津様の身柄を囲う者が畜生共公安から旧世界の犬達UGXに切り替わったという話だけだ。厄獣狩りのみを生業とするUGXの聖鎧には必要最低限の装備しか備わっていないが故に、出し抜くことは容易い筈だった。


 だが、


『なっ、なんだこれは⁉』


 拳銃を構え、その照準を魔人の身体へ向けた大柄の男が叫ぶ。


『何故、ロックオンが出来ない⁉』


 彼の疑問を耳にした小柄の男も自らが纏う聖鎧のFCSを起動、魔人を見つめるが、大柄の男の言葉の通り、視界に入っている筈の敵が『攻撃禁止対象』として処理されていた。


 厄獣を屠る聖鎧は、選ばれし者しか取り扱うことが出来ない事と同時に、戦闘訓練を受けていない者が装着する機会が多かった為、既存の兵器とは異なるFCSが搭載されていた。特殊な画像認識技術により、厄獣のみを捕捉し、また旧人類共に武器が向けられる事態が起きぬよう、四肢を持つ人間を捉えた場合、攻撃禁止対象として武装ロックを掛けるシステムだ。


 厄獣狩りに特化させたシステムに見えるが、人間を識別する以上、武装ロックの設定を弄ってしまえば、途端に効率の良い殺人兵器に変貌する。事実、二人の聖鎧には細工が施されており、その細工によって厄獣以外の戦闘経験に乏しい大柄の男でさえ、畜生共との戦いにおいて対等以上の戦果を叩き出すことが出来ていた。


 本来の状況、本来のスペックであれば大柄の男の照準は寸分のズレ無く、あの魔人を捉えている筈だった。


「おいおい不正改造かよ。頂けねえな」


 男の動揺を見た魔人は嘲笑う。


「まー、対策済みだから俺にとっちゃどうでもいいんだがな」


 そう呟いた刹那、爆発音と共に魔人の姿は消え、ほぼ同時に大柄の男の体内から空気が無理矢理叩き出される不快音、コンクリートが砕け散る音が響き渡る。


 破壊音に続き粉塵が舞う。大柄の男のいた方向にFCSを向けると、廊下だった場所に撃ち込まれた同志の識別信号と、その上に立つ、厄獣でも人間でもない攻撃不能対象黒と赤の魔人がノイズ交じりに表記されていく。


 ……認識阻害素子、あの禍々しい黒の鎧は対人ステルスとも言うべき機能で覆われているらしい。

 

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