2-20
「ゼンさん!? 今まで何を!?」
「別にいいだろそんなこと。それよりも由佳、後で説教な」
邪魔だ邪魔、と爆発音の騒ぎから一向に姿を現さなかった男、一場がフライトジャケットをはためかせながら、由佳を押し除け、教団信者達の前へと躍り出た。
「なんだ、貴様は」
「あんた方革新教団の皆様に愚かにも歯向かおうとした女の上司ですよ、この度はうちの部下がとんだご無礼を」
大柄の男からの問いに飄々と答えたかと思えば、銃を構える2人に対し軽く頭を下げる。
「先に結論を言っておこう。我々UGXとしては彼女、草津真希を革新教団へ引き渡す準備はある。つまりは降参だ降参」
だからそんな危ないもの下げてくれ、と両手を上げながら一場は笑う。
「ほう」
「「はぁ!?」」
一場の行動にへの反応は三者三様、襲撃側は感嘆の声を漏らし、真也と由佳はほぼ同時に驚嘆の声を吐き出した。
「……あんた、さっき、俺達の身柄は守るって、言ったよな?」
「さあ、なんのことだか。録音でもされてんだったら話は別だが?」
皮肉を込めて一場は鼻で笑う。あの素っ頓狂な転校生の仲間だからとこの男を少しでも信用しようとしたのが間違いだった。所詮、この男も平松と同じタイプの人間だった。
「私達は戦える!なのになんで!?」
「そう思ってるのはお前さんだけだ。どうでもいいプライド曲げてせっかく着けてもらったところ悪いが、それ、使えねえぞ」
ベクトルは違えど真也と同様に怒りを露わにする由佳を他所に、一場は彼女の装着した端末をコツン、と軽く叩くと、
「なあ、そうだろう? ご丁寧に携帯電話の基地局吹き飛ばしたお2人方?」
視線を再度、教団の2人に向け直す。
「既にそこまで御見通しか」
「そりゃあ、通信障害に加え、この馬鹿が臨戦態勢に入っても発砲の1つもしないってんなら確定でしょ」
徹底してるねえ全く、一場は肩を竦め、敵対しなければならない筈の2人に賞賛の言葉を贈る。
「どうせ、理解追い付いてないだろうから説明しといてやるが、お前さんも使った装備の緊急展開システムは大半の要素こそ禁忌技術の塊だが、軍用じゃない限りシステム起動のトリガーには普通の携帯電話の通信回線を使うんだよ」
でこれが通信障害の証拠な、と一場は真也達に向けて自身のスマートフォンを見せつけた。特徴的な騎士のエンブレムが描かれたその画面の上には「通信サービスがありません」と圏外を意味する表記が浮かんでいた。
「てなわけで、どんだけ高尚な正論を吐こうとも俺達にはこのお2人方に対抗出来る力はないってこと。だから降参しかない」
分かった? 同意を求めるように一場の視線が真也達に注がれる。サングラスに遮られ眼の動きこそ分からなかったが、その態度は明らかに絶体絶命の危機に晒されている人間のそれでは無かった。
「それに、草津真希の居場所は元々革新教団で、見方を変えれば公安の連中が公権力の御題目で誘拐したとも言える。だとしたらUGXとしても彼女の身柄を教団に返すのは至極当然の話だ」
一場は詭弁を口にする。ついさっきまで革新教団をテロリストの一味のように説明したのはこの男であり、真也も本物の教団信者を目の当たりにしてこの男の説明は正しかったと思った矢先に、説明した張本人が教団の肩を持ち始めたのだから。
「だからあんたら方が迎えに来るのも何一つおかしくはないし寧ろ歓迎ってワケだな。ただまあ、いきなり強硬手段で突っ込んできた、ってのは最高に気に食わないが」
「無礼については我々も詫びよう」
「貴様のように話の分かる者だと分かっていたならこんな手は取らなかった」
真也達の想いとは裏腹に教団との話は進んでいく。連中の態度も由佳と対峙していた時のものとはほぼ真逆に等しかった。
「だったらせめて持っているその銃は、床に置いてくれないか。無いとは思うが草津真希を返還した後に口封じに殺されるのは勘弁してほしい」
流石にまだ俺も死にたくないからさ、と一場は、
「勿論、無条件とは言わない。意味はないと承知しているが、俺達の持っている端末も全て、手の届かないところに置く。それでどうだ?」
「ッ!?」
そう言って、懐から橙色の端末、かつて真也を異形の存在へと変貌させたそれを取り出すと、無造作に投げ捨てた。
「ほら、お前さんのも、だ」
続けて由佳の着けている灰色の端末にも手を掛ける。
「触らないで。自分でやるから」
「そりゃ失敬」
一場の飄々とした態度に由佳はフン、と荒く鼻息を鳴らし、端末を外すと、
「今回の件、無茶苦茶に誇張して”当局”に報告するから」
現状況への鬱憤を晴らすかのように、端末を廊下に叩きつけた。
「おー、怖い怖い。あとこんな足元にあったら意味ないからな」
由佳の脅迫らしき言葉に臆することなく、一場は彼女の端末を蹴り飛ばした。
「算段は少し狂ったがこちらの誠意はお見せした。さて、どうされます?」
視線は再び教団の2人に向けられる。2人は特長的なカメラユニットを互いに向け合い、音もなく会話のような仕草をすると、
「いいだろう」
小柄の男が答えると、2人は構えていた自動小銃を降ろし、それぞれ咄嗟には手の届かない位置にまで移動させる。
「悪いね、我が儘聞いて貰っちゃって」
一場の視線が由佳へと向けられると、彼女は不満そうな表情を浮かべながら、真希の車椅子に手を伸ばした。
「おい!?」
一場の横暴に由佳が手を貸す、上司部下の関係とは言え、真也には我慢のならない行動だった。例え無謀と分かっていようと自分達を守ろうとしてくれた彼女が、こんな軽薄な男の命乞いに屈するなんて。
「素人は黙ってて」
真也に籠る熱を無下にするように、由佳は冷たく突き放す。
「じゃあ、我が儘ついでにもう一つ」
大げさな手ぶりで一場は、自身のサングラスを外し胸ポケットに掛けると、
「……最高に気に食わないことをしてくれたんだ。何発かくらい、殴らせろ」
凍るように低い声を放ち、左腕に付けたスマートウォッチに手を掛けた。
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