2-17


「ほら、そんな顔しないで。もう終わったことなんだから」


 頷きはしたものの、未だに表情を強張らせている由佳に真希はそう窘める。


「実験に関わっている時は苦しかったけど、あたしはあの経験のおかげで、彗星症と人間は運命で引かれあうものなんだって確信が出来た。今、目が見えるのも運命なんだって、そう思えるんだ」


 彼女の言う自説は、痛々しい現実に反比例するかのように酷くロマンチックだった。結論だけ切り抜けば年頃の少女が考えつきそうな内容だった。


「……ッ」


 だが、彼女の唱える夢物語に由佳は反射的に自身の下唇を噛んでしまった。


「どうしたの?」


「な、なんでも、ない」


 この状況での真希の機微の素早さには舌を巻くが、感づいてほしくは無かった。


「だったら、いいけれど」


 幸い追及が無かったことに安堵した刹那、


「あっ、そうだ。由佳がどうして彗星症になったのかも教えてよ」


 これでおあいこになるからさ、と真希は満面の笑みで、由佳が一番聞かれたく無かったことを訊ねてきた。


「……そんなに面白い話なんて、ないわよ」


 彼女は空気を読めないのか、それとも読んだ上でこうも最悪の話を振ってくるのか、どちらが真なのかは分からないが、この問い自体は、タイミングを無視すれば想定内の内容だ。


「生まれてすぐに病院の医療事故で彗星症に感染したの。根っからのアクシデンツ、だから、物心付く前からずっとこんな髪の色してる」


 忌々しげに髪の先を指で弄りながら、由佳は言い慣れてしまったでっちあげカバーストーリーを口にした。


 勿論、全てが全て嘘ではない。髪の話は真実で、開き直れなかった昔は本当に苦労した。だが、嘘の部分の真相は決して、革新教団、いや、赤宮真希には話してはならない。


 話してしまえば、彼女を彼女たらしめる根幹を崩してしまう危険性があり、一場からも事前に口止めが入っていた(例え、口止めされていても自分の口から言うことはまずあり得ないが)


「あー、地雷、踏んじゃった、ね?」


 ごめんなさい! と素早く頭を下げたのは真希だった。


「UGXに所属してるからって早とちりしちゃった。まさか”本当”のアクシデンツだったなんて」


 気づけば立場は逆転していた。真希は自身の嘘を一切として疑ってはいなかった。


「何を早とちりしてたかは聞かないけれど、大丈夫よ」


 嘘の成果としては想定以上、だが、その純真な反応は由佳の心にちくりと針を刺した。決して、フェアなやりとりではなかった。


「だけど、真希の言う、彗星症は運命、って話は、悪いけれど私には受け入れられない」


 でも、だからこそ、自身の本心について誤魔化すのはやめようと思った。


 ……彗星症が運命だというのなら、何故こんな残酷な運命の十字架を背負わなければならないのか。


 由佳には彗星症を肯定出来なかった。出来ることなら、普通の人間として生き続けたかった。それが、一ノ瀬由佳の嘘偽りのない、そして叶うことの決してない願いだった。


 立場が180度違う真希は恐らく受け入れられない考えに違いない。だが、受け入れられなくても知ってほしいと思ってしまった。


「んー、いや」


 由佳の独白に対し、真希は首をゆっくり振ると、


「いやね、教団の深いところ関わってたあたし的には、由佳の考えは時間の概念無くて弱いし、それに、すっごく言いたくなかったけど、もう強烈な運命起きてるし……」


 さっきまでの勢いが嘘かのように、口ごもりながら真希が反論してきた。


「……どういう意味?」


 若干煽りにも近いその返答に由佳の声も自然と低くなるが、


「真也に起きたギフト、由佳に起きたのと殆ど一緒じゃん……」


「はっ、はぁ⁉」


「あー!言っちゃった!!絶対言いたくないのに言っちゃった!!」


 あまりにも想定外、いや素っ頓狂とも言える持論に、聞いた人間、発した本人ともに爆発した。


「ぐっ、偶然よ!あんなの!!」


「あたしだって偶然だって信じたいよ!! でもあたしの血から彗星症になるんだったら、あたしに近いギフトになるのが道理でしょ!? でも、あんな結果、運命しか考えられない!!」


 真也が倒れる最後にいたの由佳だったのが余計そう思える! と言いがかりに等しい発言を声高に連続した後、真希は身体が追い付かずに咳き込んだ。


「か、考えすぎよ……」


「じゃー、なんで顔赤くしてるの」


「ッ!?」


 真希の冷たい指摘に由佳は思わず自身の手で顔に触れる。確かに熱くなってしまっていた。


「なっ、なんでもない」


 説得力のない反論が木霊する。仕方ないではないか。ただでさえあの馬鹿のことに関して整理が付くどころか色々散らかっているこのタイミングで無茶苦茶な爆弾を叩きこまれては誰だって赤くなる。


「ふーん、そう」


 真希の返すその言葉も説得力は無く、


「なんだか、妬けるなぁ」


 彼女の放つ、冷たい視線だけが由佳に突きつけられる。


 ……嗚呼、こんな時どうすればいい?


 あまりにも予想外の局面、経験したことのない展開に由佳の脳内は混沌を極めていくが、


 その刹那、


「ッ!?」


「きゃっ!?」


 混沌を遮るように、病院内に爆発音、そして振動が響き渡っていった。


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