2-16


「奇跡じゃない、って言ったけど、それは本当なの?」


 真希の境遇と言動に狼狽しつつも由佳は質問を続けていく。彗星症で光を手に入れたことも驚愕だが、それは本筋の話ではなかった。


「えーっと、彗星症のギフトの効能を人の手でコントロール出来るかどうか、だよね?」


「……そうよ」


 即座に意図を汲み取った真希の返答に、由佳は気が滅入りそうになる。真希のその反応は、読心術じみた察しの良さから来るものではなく、既に何度も同様の問いを聞かれた人間のする仕草だった。


多分、彼女からすればうんざりな質問なのだろう。だが、それでも由佳、彗星症に関わりのある者達にとっては決して避けられない命題だった。


「出来るワケないよ。彗星症との巡り合わせは運命なんだから。その運命に人の手は介在できない」


 もし出来てたら世界がひっくり返ってるよ?、と少し呆れながら真希は答える。


 相変わらず独特の言い回しだったが、世界がひっくり返る、というのは、由佳にとっても共通の認識だった。


「一応、あたしのいたところでも研究、みたいなことはしてたみたいだけど、成功したなんて話は聞かなかったよ」


 成功してたら世界に公表してる筈だしね、と真希は至極当然の論理を振りかざす。彗星症を信奉する革新教団であれば、自身が優位になる事象は積極的に公表するのが道理だ。


「……本当に?」


 柄にもなく由佳は引き下がらなかった。普通の革新教団信者相手ならここで止めるが、彼女は違う。自身の望みを彗星症で叶えている。都合のよい奇跡で片付けて欲しくない、そんな身勝手な願望が入り混じってしまう。


「仕方ないなあ」


 由佳の強情さに真希は軽く溜息を吐くと、


「あたしで色々試して結果出なかったんだから、あたしの知る限りでは本当だよ」


 そう言って、左腕の入院着の袖を捲りあげ、


「あまり見せられたものじゃないけど、これが証拠」


 と苦々しく笑った。


「……ッ!」


 袖の奥に隠されていたモノを目にした時、由佳は言葉を失うしかなかった。


 何が本当に有り得ないか、だ。彗星症を崇拝し、同時に研究を行う革新教団であれば、ギフトの人為的コントロールの研究も行っている、そこまで想像出来ているのなら、何故その次の可能性まで想像出来なかったのか。


 ……真希の長袖の先、肘の裏とも呼べる箇所は、白い肌と対を為すかのように赤く腫れており、よく見れば、肉眼でさえ、注射の痕が認識出来てしまった。


「彗星症の人ならそう珍しいものじゃないかもしれないけど、やっぱり研究者の人は下手、だったからね」


 真希の言う話の意味は理解出来る。彗星症患者は、自身の症状の進行、コアの肥大化を抑える為に、自身の血液を抜き、ウイルスの個数を調整することがある。一時は由佳自身もその処置を受けていたので、自身の腕、静脈付近には注射痕が残っているが、適切な医療従事者による処方のおかげで、目立つものではなかった。


 だが彼女、真希のものは違う。採血の為の乱雑な注射、皮膚の回復を待たずに連続で行われたかに思えるそれがもたらした痕は、彗星症患者を連想させるより先に、薬物乱用者の成れの果てを想像させるくらいに痛々しい。


 何故、衣替えのシーズンになっても頑なに冬服を着続けているのか、長袖の令嬢と呼ばれる彼女の秘密の真相は、あまりにも生々しいものだった。


「ごめん、なさい」


 ろくな想像もできずに疑い続けた由佳には、謝ることしか出来なかった。


「いいよ、別に。でも、研究のこと、真也には秘密ね?」


 絶望に打ちひしがれる由佳とは対照的に、真希は何事もなかったかのように袖を戻して笑う。真希の願いに由佳は頷くが、他人事のように笑う彼女を理解することは出来なかった。


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