2-15



「じゃあ真希、草津君のことについてはとりあえずこのくらいで」


 まだ親しくない年上の女性を呼び捨てにすることに違和感を拭いきれない由佳はたどたどしく現在進行形の話題に終止符を打とうとする。


「ごっ、ごめん。何も気にしないで話せる人、真也以外だと久しぶりだったから」


「……まあ、話の続きはまた今度聞いてあげる」


 真希の吐露に対しつい由佳も本心では思ってもいないことを返してしまった。心から相談できる相手がすぐ近くにいない苦しさは由佳もよく理解していた。


 そして真希が感謝の意を示すように微笑む姿を見ると、仕方ない、と貧乏くじを引いた己を受け入れることは出来た。


「それで、由佳からもあるんだよね、事情聴取」


 むしろそっちが本題だったよね、と声を小さくして真希は訊ねてくるが、それは彼女の思い込みで、一場からそんな指示は一言も受けていなかった。


 だが、由佳個人として赤宮真希に聞きたいことが全くないわけではなかった。彼女が肩を竦めているのに乗じて、事情聴取と嘘を付いて聞くのは容易かった。


「……事情聴取じゃないけど、貴女に聞きたいことはいくつか、ある」


 一瞬の躊躇いはあったが、無理矢理聞き出すことはフェアじゃないと思った。


「いいよ。あたしが話せることなら」


 真也のことも聞いてもらったことだしね、と真希の声が先程のものに戻ると、自身の判断は間違っていなかったと確信出来た。


「……なら、教えて貰いたいんだけれども、貴女が彗星症を受け入れた、その、切っ掛けは本当のこと?」


 歯切れの悪い質問を由佳は言う。実際に口にしようとすると抵抗感が邪魔をした。


「そんな遠慮しなくて大丈夫だよ。あたしはただ、足りてない状態で生まれてきた、それだけだよ」


 そうやって微笑むがその言い回しは独特過ぎた。


「だったら、やっぱり」


「うん、あたしは産まれてからずっと目が見えなかった。光があるかないかが分かるのがやっとだったんだ」


 真也も知ってるから聞いてみればいいと思うよ、と真希はごく当然のように答える。


 先天性の失明症、有効な治療手段がないとされたそれは、一場から共有された草津真希に関する報告書には確かに記載されていた。


「一場さんの時にも話したけど、9歳の時にあたしは彗星症に出会って、ちゃんと目が見えるようになった。みんな奇跡、奇跡って言うけれど、そんなことないよ」


 笑いながら彼女は言うが、それは奇跡としか言いようがなかった。彗星症のもたらすギフトには身体に変化を与えるものは確かに存在するが、それは決して本人の求めるものに合致するとは限らない。寧ろ本人の意図に反するような影響の方が多いのに。


「あたしには彗星症が足りなかっただけ。彗星症のおかげで今こうやって、由佳の顔も分かるし、貴女の髪が銀色なのも分かるようになったんだから」


 にわかには信じられない話だった。信者を増やす為に革新教団がでっち上げた嘘、失明は治ってないのに治ったものとして祭り上げている、と言われた方がまだしっくりきた。


 だが、目の前にいる少女は授業で教科書の文字を読み、補助具も無しで歩くどころか自転車にだって乗っていて、今も由佳の顔の位置を正確に見つめている。視覚の不自由な人間の動きではなかった。


「でもまあ、変装用で伊達メガネつけないといけなくなったのは予想してなかったかな」


 赤い眼鏡のツルを持ち、わざとらしく上下させて彼女は笑うが、逃亡防止の為に追跡用GPSが内蔵されているその眼鏡に対し、由佳は冗談でも笑うことが出来なかった。


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