2-14
◇
常之倉市、バトルエリア内病院設備、待合室にて。
真也と一場が事情聴取の為に別室に移動した後、一ノ瀬由佳と赤宮真希はそのまま待合室に残っていた。
本来であれば真希を病室に戻すべきだったが、今の真希は車椅子姿で歩けないことに加え、もう1人の由佳も松葉杖を突いて歩いている状況だ。
元々真希が待合室に顔を出したのも「気分転換するか」と一場に連れられてきたのが始まりで、真也の覚醒は偶然のタイミングに等しかった。
真也への事情聴取は手短に済ませると一場から言われていたこともあり、病室に戻るのは男手が帰って来てから、というのが2人の判断だった。
そして、彼らを待つ間、由佳は一場から「お嬢さんのメンタルケア、頼むわ」と指示を受けていたが、
……メンタルケアって、何すればいいのよ。
社交性が服を着て歩いているような上司とは対照的に、部下の彼女からすれば無理難題に等しい無茶ぶりに頭を痛める羽目になった。
同年代、同性同士であれば、感性の近さから会話が弾むだろうと考えるのは一般的なのだろうが、その一般的に当て嵌まらない要素が真希、いや自身も含めて多すぎた。
発症由来がハザードから来る彗星症患者、これはほぼ毎日顔を突き合わせている対象がいるから問題なし。実は年上だった、実際に驚いたし過去に失礼なことを言っていないか不安になるが、まだ大丈夫。
革新教団関係者、その上、奇跡の存在として教団中枢で崇拝の対象となっていた……、この例外が余りにも重すぎる。
由佳にとって、教団信者と話すのは初めてではなかった。彼女の属する組織には信仰の自由が認められており、教団を教えを信仰する人間も少なからずいた。
組織内にいる信者と言葉を交わした上で、由佳は彼ら教団信者を好きになれなかった。穏健派と呼称される派閥の人間でさえ、発言の節々に選民思想が滲み出ており、自身の価値観とは相いれなかった。
そして、目の前にいる女性、赤宮真希はそんな教団の中枢にいた人物だ。その真相を知った今、会話が成り立つかどうかすら自信が無かった。
しかし、ただ無言でこの場に居続けるのも限度があるし、恐らく暫くの間は赤宮真希とあの字に書いてその通りに馬鹿な保険委員を守らなければならない。この時点でコミュニケーション不全は避けるべきだった。
相手が厄介な要素を持つ場合、一場だったら何から話し始める? 由佳はあの適当で腹の底が読めない上司の行動パターンをシミュレートし、結果として、何気ない話から会話を始めようとしたが、
「ねっ、本当に真也って有り得ないでしょ!?」
「え、まあ、そうね……」
……どうして、こうなった。
由佳が何気なく始めた彼女なりの日常会話は、真希が抱え続けてきたフラストレーションの風船をピンポイントで破裂させてしまった。
手始めに聞いて、しまったのは、由佳個人としても非常に気になっていた赤宮真希と、あのどうしようもない馬鹿、草津真也の関係性だ。親戚関係とはいえ、血縁としては少し遠いのだからきっと何かある、と思ったのが、何もかもの過ちだった。
「少ししか見てなかったけど、二人とも付き合ってるように見えた」
なんて(由佳の思う)ガールズトーク的評価を口にしたのが最後、
「そうだよねぇ、周りみーんなから見ればそう見えるよねぇ」
と、朗らかに笑ったかと思えば、
「でも、そうじゃないんだ、よ」
真希の感情は急流すべりのように陽から負へと急降下、「しつもーん」形式で草津真也の冷たい行動の数々を愚痴り続けた。
内容は弁当作っても口をつけてくれない、あまり直接手は触ってくれないなどの彗星症への防疫の観点から見れば妥当なものから、高校入学を機に下の名前で呼び合うように頑張って訓練したのに、肝心なところでは姉さん呼びに戻る、何か目的あっての買出しなら問題ないのに、遊びに行くといったデート要素が入りそうになったら拒絶反応を示す、といった少し特殊なもの等々を散々語り尽し、今現在に至っている。
止まることを知らない真希のマシンガントークに由佳は戸惑いながら相槌を打つのがやっとで、学校で持て囃されていた「長袖の令嬢」といった儚げな印象は一気に瓦解した。彼女の演技が為せる技なのか、それともクラスメイト達が勝手に想像した身勝手なイメージを押し付けられた結果なのかは流石に分からなかったが。
「ねえ、あたしって、魅力、ないのかなぁ」
「そっ、そんなことない。赤宮さんはとっても素敵だから!」
おかしいのは明らかに草津君だからね? と憂いを浮かべる真希に由佳は嘘偽りのないフォローをする。実際、赤宮真希は容姿端麗の美人であり、時折見せる大人びた仕草は、同性の由佳でもドキリとさせられる。
こんな素敵な女性を時々蔑ろにするとは何を考えているんだあいつは、と話題に事欠かないあの馬鹿を殴る理由がまた一つ増えたかと思っていると、
「……真希」
不意に彼女は自身の名前を口にし、
「あたしのこと、真希って呼んで」
「えっ」
由佳を更に戸惑わせる注文を言い出した。
「久しぶりに彗星症の人に会ったのもあるかもしれないけど、きっと一ノ瀬さん、由佳とは仲良くなれそうだと思うんだ。だったら先にお互いに名前で呼んでも問題ないかなって」
あたしの思い込みだったらごめんね? と真希は申し訳程度の予防線を張ってはにかんだ。
……ああ、もう。
正直彼女の行動は自分勝手でわがままだと思う。けれど、そうやっていきなり子供のような仕草を取るのは、なんというか反則だった。
「分かったわよ。真希さん、これでいい?」
「さん、はいらないよ?同じクラスメイトなんだから」
ねっ、由佳?、と真希は満面の笑みを浮かべた。その笑顔の爛漫さにさっきまであったはずの年上らしさは一切見えなかった。
色々と敵わないな、と由佳は彼女への評価を改めると同時に、あの馬鹿をもう一発殴るのは流石に勘弁してやろうと思わざるを得なかった。
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