2-13
「あー、あと一つ聞き忘れてたことはあったか」
未だ唖然とし続けている真也を他所に、一場はわざとらしく視線を逸らすと
「実際のところ、お前さんと草津のお嬢さん、デキてんの?」
周囲に誰にもいないにも関わらず真也の耳元でそう小さく呟いた。
「なっ!?」
その質問自体は既に聞き飽きたものだったが、まさかこのタイミングでやってくるのは不意打ちだった。
「べっ、別にそんなんじゃねーし!」
返答は平常運転、だがいつもの焦燥が急に出たせいで妙に言葉に熱が篭ってしまう。
「学校の中でもお互いを下の名前で呼び合う、理想的な恋愛関係を垣間見た、と非常に詩的な報告書が部下から上がってるが、それでも違う、と?」
「だから違うって言ってんだろ!」
真也は吠える。報告書に一体何を書いたんだあの素っ頓狂め。
「ほー、なるほどね」
わざとらしく一場はニヤついた。腹が立つが、他人からこういう態度を取られることはもう慣れてしまっている。直倉の奴も最初はそうだった。
「じゃあ、俺にもチャンスはあるってことだ」
「……は?」
が、続く彼の言葉は、真也の予測から著しく逸脱していたものだった。
「いやなー、俺の親がそろそろ身を固めろだの孫はまだかだの最近煩くてな、いい加減相手見つけなきゃって思ってた頃なんだよ。お嬢さん、可愛い上に彗星症発症者、そしておまけに彼氏無しときた。リスクはあるが中々の上玉物件だと思ってさ」
もう少し待てば成人ってのも丁度いい、と固まる真也を他所に一場は自身の事情をつらつらと話す。
「問題は教団の信者どもをどう撒くかだけどまあそれはなんとかなるだろう。さあ、付き合ったらなんて呼ぼうかな、やっぱ無難に真希ちゃん、かなー」
その仕草だけを見れば、未成年相手に興奮する変質者そのものだが、その姿を見る真也には、軽蔑よりも別の感情が湧き出そうとしていた。
……実際のところ、真希と付き合ってないと答えたら、彼女を恋愛対象として狙おうとする輩がいなかったわけではない。
実際、上級生の何人かには一場と同じようなリアクションを取った奴はいたが、実質的なアクションにまで繋がった奴は皆無だったし、そもそもとして、奴らは真希の外面だけで動いていた。内心、彗星症の秘密を知れば誰だって真希から離れるだろうとも思っていた。
だが、目の前の奴は、違う。彼女の事情を知った上で、行動しようとしている。
「……ダメだ」
発した言葉は条件反射に等しかった。
「なんだって?」
今までに経験したことのない熱量の焦燥に駆られる真也に対し、一場は静かに笑いながら聞き返す。
「お嬢さんの弟分気取ってる奴の許しなんか要らねえだろ、別に好きでもなんでもないんだろう?」
「違う」
その煽りは、導火線に火をつけるには充分過ぎた。
「姉さんのことは大好きだよ! 最初に会った時から綺麗で優しくて大好きだったし、中学生になって再会したらもっと美人になってて驚いたさ!! 誰があんたみたいな奴にやるもんか!!」
過去のトラウマを話し終えて羞恥心が緩んでいたのかもしれない。止まることのない爆発力で、真也は一気に捲し立てていく。
「……、オーケー、オーケー」
暴発に等しい反応に、目を丸くするのは一場の方だった。
「お前さんの気持ちは分かったが、じゃあなんで付き合ってないんだ? 彗星症の壁なんてお前さんなら気にしなかった筈だろ?」
お嬢さんだってお前さんに気があるに違いないだろうし、と何気なく一場は訊ねるが、
「……さっきの話を聞いて、なんで、そんな当たり前のこと聞くんだよ」
一場の意図とは明後日の方向で、真也は冷水を頭からかけられたように凍りつく。
「俺は約束を破る最低の奴だよ。そんな俺が姉さんを愛することなんか、出来るかよ……」
その感情に小っ恥ずかしさのような余計なものは混じってはいなかった。嘘偽りのない、真也の想いだった。
「あー、そうかい。悪いこと聞いちまったな」
すまん、慰めるように一場は謝罪するが、内心では、「めんどくせぇ」という呆れを飛び越えた何かの感情をぐっと堪え、頬をぽりぽりと掻くしかなかった。
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