2-12
◇
「……なるほどな」
何処から何まで話したのだろうか。一場の一声で真也の意識は現実へと引き戻された。
初めて誰かに話したからなのか、気づけば熱を帯びていた。
「それで、失った友達の二の舞にならないように、草津のお嬢さんを守ってきたわけだと」
一場の要約に小さく首を縦に振った。今になって緊張がやってきて、声が出ない。
「そりゃあ、お嬢さんには到底話せない秘密だわな」
一場は溜息を吐く。真也の話を聞いて、彼が出した感想はそれだった。
「結局、お前さんのやっていることは、かつての友達とお嬢さんを重ねているだけだ」
冷静で、そして酷な指摘だった。
「お前さんがどれだけ必死でもがこうが、友達が戻ってくるわけじゃない。ただ消えない古傷を自分で舐めてるに過ぎないな」
まさしく正論とはこのことだった。当然、それは真也も自覚していたが、実際に言葉の刃として突きつけられるのはまた別の痛みがあった。
「馬鹿馬鹿しい」
軽蔑の言葉が響く。
気力を使い果たした真也には何も言い返すことが出来なかった。いや、この男の言うことに何も間違いなんて無かった。馬鹿なことをしていたのだ、と後悔の感情がぐるぐると渦巻いていく。
もう、死んでしまってもいいのかもしれない、そんな想いすら、脳裏に浮かびかけていると、
「……だが、お前さんの馬鹿馬鹿しい想いのおかげで、俺は大切な部下を失わずに済んだのもまた事実だ」
真也の止めを刺す筈の罵倒は彼の口からは出なかった。
それどころか、
「言うのが遅くなったな、君の類まれなるその勇気に感謝の意を表したい」
ありがとう、そう言って、一場は真也に向けてゆっくりと頭を下げた。
「本案件に関し、君達2人の身柄の安全はUGXが威信をかけて保障する。それが今の俺達に出来るせめての報いだ」
「……、いや、えっと」
一場の突然の変調に、真也の思考は追いつかなかった。あまりの出来事に緊張の糸も切れた。
「だーかーら、よくやったって言ってるんだよ!」
「ッ!?」
痺れを切らせたかのように、一場の口調が笑い上戸に戻ったかと思えば、今度は真也の髪をくしゃくしゃに撫で始めた。それも大型犬を褒めるかのような無造作な仕草で。
「痛い!痛いって!」
真也は一場の腕を強引に振りほどく。くせっ毛一つなかった真也の髪はあっという間にボサボサになってしまった。
「それで、結局、俺達は?」
「さっきも言っただろ。お前さん達2人は俺達が守ってやる。ハザード認定も上手いこと揉み消してやるよ」
ちゃんと話聞いてろよ、と戸惑いを隠せない真也に対し、一場は笑って呟いた。
「いいのか……?」
安堵の感情よりも先に再度確認の言葉を口にする。それくらいに信じられない話だった。
「いいも悪いもあるか。こちとら向こう見ずな馬鹿の命と俺の失業の危機の2つを救って貰ってるんだ。この程度の対応、まだ足りないってくらいさ」
良かった良かったせっかく見つけた転職先クビにならずに済んで、と真也の真剣さとは対照的に一場は軽口を叩く。
「まあそれにハザード絡みの処遇だって、公安の連中や各国の政府筋の勝手な主張に過ぎないし、彗星症患者を守るUGXの信念とはとてもじゃないが相容れない。お前さん達を助けるのは既定路線だったりもする。ラッキーだったな、彗星症になってから最初に会うのが俺達UGXで」
そう言って一場は紅に染まった方の瞳で軽くウィンクする。
「……ちょっと、待て。じゃあさっきまでの話はなんなんだ」
助けるのが既定路線と言うのであれば、あんな苦しい話をする必要はなかったのではないか。そもそもの話として、真也が一場達の恩人と言うのなら、何故自分は常に脅されるような立ち位置に置かれていたのか。
「そりゃあ、本当はお前さんの方が交渉上立ち位置上なのに、何故か勝手に下手に出てきたんだ。だったら乗らない手はないだろう?」
笑いながら一場は詭弁を口に出す。嘘だらけだ。こちらに有利な情報を出さず、追い込むような内容だけをずっと開示していた癖に。
「俺は知りたかったんだよ。こんな無茶苦茶な渦中の中で、お前さんみたいな奴が何を思って走り続けていたのか」
一場は笑わなかった。
「確かにお前さんは一度大切なものを失った。でもな、お前さんはその後悔から目を背けなかったからこそ、勇気を振り絞って2人の女の子の命を救うことが出来た。その事実は誇っていいものだと、俺は思うぜ」
相変わらず自覚はないと思うがな、と彼は付け加えた。
確かに、自覚はなかった。誇りを持て、なんてことを今まで言われたことがなかった。
「兎にも角にも、お前さんとは仲良くしていきたい。同じハザードの似た者同士、今後とも宜しくな」
はみかみながら真也の手を強く握り、握手の仕草となる。
真也はまた、思考が追い付かなくなった。
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