2-11
「何が目的って……」
真也としては虚を突かれたような質問だった。
「草津のお嬢さんに惚れて王子様気取ってた、なんて与太話で終われば良かったんだがな、それを台無しにする出来事が一つ起きた」
例によって自覚はないんだと思うんだがな、と一場は呟き、
「お前さん、なんで俺の部下、一ノ瀬由佳を助けようとした?」
続けざまに、奇妙な疑問を投げかけてきた。
「そんなの、一ノ瀬、さんを助けたかったからに決まって」
「それがおかしいって言っているんだよ俺は」
当然のように返答したのに、一場はそれを冷たく遮った。
「いいかよく考えろ。お前さんは赤宮真希を助ける為にULの脅威をその身で思い知った。実際死にかけたってのに、お前さんは彼女をシェルターに匿った後、出会って2日3日も経っていない転校生を助けに戻った。それも彗星症に感染する最悪のおまけ付きで」
この時点で既に常軌を逸してるよ、と一場は吐き捨てる。
「仮にお前さんが由佳にも一目惚れしてた、って馬鹿みたいな可能性もなくはないかも知れんが、実際のところでは、お前さんの行動パターンは、革新教団にいる彗星症保護、あるいは将来的に感染を狙う普通の人間のそれに近い」
お嬢さんの両親と同じって言えば分かりやすいか、と一場は補足する。
「つまりお前さんには隠れ革新教団信者の疑いをかけられてもおかしくない状況に陥っている、あとは想像つくな?」
「……」
真也は何も言い返せはしなかった。真希の両親の状況に自身のハザードの事実が混じり合えば、その先には最悪の未来しか待っていないことは誰にだって想像出来た。
「だが、教団信者にとって教義に等しい彗星症のあれこれをお前さんは知らなかった。残る可能性とすれば、教団のそれとは違う、歪な彗星症への感情意識だけだ。俺、いや、俺達はその意識の理由を知った上で何もかもを判断したい」
一場の視線が真也をじっくりと見据えた。
「多分、俺みたいな初対面の男に話せるような内容じゃないのは想像がついてる。でも草津のお嬢さんも勇気を出して俺達の問いに答えてくれた。だから草津真也、君にも勇気を出して貰いたい」
一場の言葉は心優しく、卑怯だった。今まで追い込むだけ追い込んでおいて、最後に宥めるような仕草を取る、そして、何よりも真希のことを引き合いに出してくるなんて。
「……条件がある」
意を決するしかなかったが、勇気よりも先に臆病が口から出てしまう。
「録音はするな、これから話すことを姉さんや一ノ瀬には絶対に言うな、俺とあんただけの秘密にしろ」
真希の行動に触発されたにしてはあまりに情けない自身の卑怯ぶりに反吐が出そうになるが、そうやって逃げ道を作らなければ勇気を振り絞れなかった。
「分かった、約束しよう」
一場は机の上のスマートフォンの電源を切り、続いて腕に嵌めたスマートウォッチを操作し、電源の入っていない証拠を真也に見せつけた。時刻が表示されていなければならない筈の時計には何も映ってはいなかった。
「そう驚くことじゃない。君にとってそれだけデリケートな話だってことは条件から想像はつく。無理を頼んでいる以上、俺は約束を守って、その上で判断する」
真也の表情から察するように一場は真也の脳裏に浮かんだ疑問に答える。その時の彼の表情に笑みはなかった。
相変わらず、目の前に対峙する男の真意は分からない。けれども、今の一瞬、この時だけなら、彼を信じてもいいように思えた。
「……小さい頃、友達がいたんだ」
唇を震わせ、真也はゆっくりと語りだした。
◇
その子と出会ったのは幼稚園の頃、仲良くなったのがいつになったのかは覚えていない。何がきっかけで仲良くなったかも。
もしかすると、幼稚園の中で浮いてた同士かもしれない。自分にとってもその子にとってもお互いが唯一の友達だった。
何をするのも二人で一緒だったと思う。公園のお砂場で力を合わせて大きなお城を作ったり、ブランコでどっちが遠くまで飛び出せるか競争したり。友達の家でお泊りしたこともあった。
どうでもいいことで喧嘩して、「ぜっこうだ!」なんて言っては結局仲直りして。
色々な約束ごっこもした。今思えば恥ずかしい内容もあった気はしたけど、遥か未来の大人になった時のことだからその時は笑いあえた。
そして、幼稚園を卒園し、同じ小学校に入学して、二人とも同じクラスになった時は一緒に心から喜んだのを覚えている。
でも、二人が最高に幸せだったのはそこまでだった。
入学してからすぐにあった健康診断、今年こそあの子の身長に勝ってやると気合を張っていたら、あの子は何故か、みんなとは違う場所で健康診断を受けていた。
最初は風邪でも引いたのかと思ってた。でも、それは違った。
健康診断のあと、クラスで学級会があった。担任の若い先生は友達を前に呼んで、
「ーーさんは彗星症という病気に掛かってるの。でも、みんな仲良くしてあげてね」
そう言って、小学生の純粋さを信じ切ったような声であの子を紹介した。
……そこから、地獄が始まるのにはそんなに時間はかからなかった。
小学生にとって彗星症がどんな病気は分かるわけがなかった。でも、TVのニュースで怪物の話が出てくる度に「彗星症」の言葉だけを聞いてたクラスメイトは、あの子を避け、いじめ始めた。
こっちにくるな、ばけもの、しね、心をえぐるような罵詈雑言が友達に向けられた。
友達は何も言い返さなかった。全ての元凶の先生は「やめなさい」と泣き叫び生徒を止めようとしたが、先生の狼狽が強まる度に行動はどんどんエスカレートした。
そんな中で俺は、友達を守る為に必死で戦おうとした。「先生がやめろって言ってるんだからやめろ」と反論し、上手なタイミングで一緒に逃げるのを何度も繰り返した。
俺の大事な友達がこんな酷い目にあうのは許せなかった。だけど、どうして先生が言い出す前に、自分が彗星症だってことを一度も教えてくれなかったんだと、友達を疑う俺もいた。
彗星症が何なのかも俺はよく知らなかった。お母さんが彗星症関連の事故で知り合いを亡くしてから、彗星症を嫌っていることくらいしか分かっていなかった。
クラスメイトからのいじめが過激になっていくと同時に、友達が彗星症であることの噂が、クラスだけではなく、学年、学校中に広がっていった。良かれと思ってやった担任の先生はノイローゼになって学校に来なくなった。
クラスメイト以上に何もしらない奴らのいじめ方は更に酷かった。いつしか友達の靴箱にはULが彗星症を食い殺す写真を毎日入れられるようになった。
希望も何もなかった。でも俺は友達を「大丈夫だから」と何度も励まして、こっそり靴箱の位置を入れ替えて、友達の負担を少しでも楽にしようとした。
でも、小学一年生男子一人が出来ることに限界はあった。
……友達に続いて、今度は俺もいじめのターゲットになった。草津真也も彗星症なのだとレッテルを貼られた。
最初のうちは、友達と同じ思いをする羽目になったと軽く思っていた。俺は彗星症じゃない、みんな勘違いしてるだけだって。
でも、それは強がりだった。学校へ行くのも怖くなった。毎朝、学校に行くのが怖くて吐きそうになったけど、自分が行かなきゃ友達一人だけがいじめられると思って、頑張って靴を履いて外に出た。
……そして、ある日、俺だけ、上級生達に呼び出された。
「お前だけ助けてやるよ」
まさしく悪魔の誘いだった。当然、条件があった。友達を裏切れと、お前も友達をバケモノと呼んで石を投げろと。
友達のことを考えれば、絶対に乗ってはいけない誘いだった。
でも、上級生達の目が怖かった、何をされるか怖かった。友達には終わったあとすぐ謝ればいいと思っていた。
色んな言い訳で頭でいっぱいになった頃には、俺はその誘いに乗ってしまっていた。
小学校の昼休み、学年がバラバラのいじめっ子の中に、俺は入れられた。いつも横にいて逃げていた友達を、今度は目の前にして立たされた。
……何を言ったかは覚えていない。思い出したくもない。
ただ、はっきりと覚えているのは、今まで見たことのない友達の泣き顔だった。
周りのいじめっ子達の笑い声のなかで、絶対にしてはならないことをしてしまった、その事実がシンプルに突き刺さった。
すぐに謝ることなんて出来なかった。次の日から、友達は学校に来なくなった。友達の家に行けばいいのに、勇気が出せなかった。
ようやく、覚悟がついて友達の家に足を延ばした頃には、もう友達はいなくなっていた。学校をやめて、別の町に引っ越してしまっていた。
「しょうがっこうにいってもずっといっしょにいようね」
幼稚園の卒園式で交わした筈の約束が頭に響いた。何気ない、でも大切な約束を俺は破ってしまった。
……彗星症だった友達を、守れなかったがために。
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