2-10



「……」


 わざとらしく笑った一場とは対照的に、顔を青くした真也は何も言い返すことが出来ない。どう言い訳しようにも都合の良い生贄にされる未来しか思い浮かばなかった。


「当然、草津のお嬢さんは自分達がどういう処遇に当たるか気付いてた。だから3年前に有耶無耶にされた自分のハザード認定をわざと蒸し返して、せめてお前さんだけでも救おうとした。草津真也へ彗星症になるように強要した、って言い出すつもりだったんだろう」


 大方、公安でハザード認定を免れた方法の焼き直しだろうな、と一場は推察を口にする。


 また、バラバラだった点と点が繋がっていく。事情聴取で真希が彗星症の感染を自らの意思によるものだと強調した意味が今になって理解出来た。


「細かい話は大分省略させて貰ったが、俺がお前さんに話したかった内容はここまでだ」


 一場の締めくくりに対し、真也は何も返答することが出来なかった。思考の整理は進んだが、それに伴う感情はぐちゃぐちゃになっていた。


「さて、ここから先は草津真也、お前さんへの事情聴取に移ろうか。現状のままじゃお前さん達のハザード認定も免れないことだし、な」


 真也の混乱を他所に一場は話を続けようとするが、


「ちょっと、待て」


 不意に聞こえてきた違和感に、混沌の一途を辿っていた感情が停止する。


「話が、違う」


「なんのことだ?」


「真希の時には俺たちをハザード認定しないって」


「ああ、そういう映像があったんだろうな。だが、俺はそのことを一言も口にしちゃいない」


 録音履歴に残っていると思うか、と一場は鼻で笑う。


「てめぇ……」


「そうヒートアップするな、俺は現状のままじゃ、って前置きした筈だ。彗星症患者の保護を目的にしてる俺達としては当然、お前さん達を鮫の餌みたいな境遇に陥れるつもりは毛頭ない」


 だからああいう回りくどいことだってやる、と、一場は水筒のコップに再度コーヒーを注ぎつつ、


「お嬢さんだけならさっきの聴取もあるし、そもそも公安がハザード認定してなかったこともあるからまあ大丈夫だろう。ただ、問題は草津真也の境遇、彼に起きた状況にある」


 そう言って、2杯目のコーヒーを口につけた。


「……俺の何処が問題なんだよ」


 一場の指摘から考えを巡らすが、自分からハザード認定されるような行動に走ったことを除けば、思い当たる節はなかった。


「当然、当人には自覚なし。なら、お嬢さんの時と同じように俺達が公安の奴らから提供された情報との照らし合せから始めようか」


 真也の態度に、一場は、仕方ないか、と軽くため息を吐いて話を続けていく。


「草津真也、8月生まれの16歳。父親は中堅ゼネコンの従業員で、君の高校進学のタイミングで海外の現場に赴任、母親もそれに同行したので、現在は1人暮らし。間違いはないな」


「ああ」


 真也は素直に肯定した。1人暮らしのことについて友人の直倉から「うらやましい」だの「けしからん」だのやっかみを受けたことがあるが、炊事洗濯その他諸々を全て1人で片付けなければならないのだから実際はそんな良いものでもない。まあ、最近では同じく1人暮らしの真希と週末に家事を一気に片付けることも増えてはきたが。


「3年前、お前さんの一家、草津家は、公安からの依頼で当時革新教団の中枢にいた彗星症患者、草津真希を社会復帰の名目で監視、支援することになった。だが、君の母親は過去に彗星症関連の事故で自身の友人を亡くして以来、一家として彗星症に関わることを強く避けていた」


 そして、親族の中で草津真希の一家とは一番距離を置いていたと聞いている、と一場は言うと、


「……その通りだよ」


 少しの間の後、真也はそう答えた。真希が彗星症になる以前に親族の集いで会ったのが最後、真希達の一家が親族の集いに現れなくなったのもあったが、彼女達一家の話題が真也の家で出てくることは一切無かった。意図的に無視していたのだと思う。


「まず、ここで矛盾が出てくる。何故、アンチ彗星症とも言える一家が彗星症の少女を引き受けたのか。ここにきて情に絆されたのか、それとも公安から多額の金を受け取っていたのか。何が決め手になったかは知らんし聞くつもりはないが、少なくとも最初に草津真希の受入に賛成したのは、草津真也、お前さんだと聞いている。それに間違いはないな」


 一場から問いに真也は静かに頷いた。両親には最初反対されたが、公安の連中の説得が効いたのか、真希を受け入れるまでの話し合いは2週間もかからなかったと記憶している。


「草津真希の受け入れが決まった後、彼女は赤宮真希に名を変え、草津一家と共に彗星症対抗施設のあるこの常之倉市に移住、最初の1年は外に出ないようにしていたが、君の高校進学を機に彼女も社会復帰の為に高校へ入学。赤宮真希が彗星症患者であることを露見させないために、公安の連中と連携し、彗星症の情報を揉み消すことに奔走した。それで保険委員をやっていた」


「悪いかよ」


 不貞腐れるように真也は返答した。散々似合わないと周りから言われ続けたが、真希が不調になった時の対応や、公安経由で健康診断の結果を改竄する為には、保険委員という役職が一番効率的だった。


「いや、悪い、悪くないはこの際どうでもいいさ」


 むしろ重要なのは、真也の態度に一場は少し笑ったかと思えば、


「お前さん、一体何が目的だ?」


 低い声で、そう詰め寄った。

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