2-9


「彗星症はただULに襲われるだけじゃない、捉え方次第では人類の進化の可能性ともいえるギフトをもたらす。この欠けたピースを一個加えるだけで、あの革新教団の言い分もあながち的外れじゃないってことが分かるな」


 彗星症こそが人類の進化への福音、怪しげだと思っていた新興宗教の主張が脳裏に響いた。


「じゃあ今度は草津のお嬢さんのことを振り返ってみよう。ついさっきも言ったが、ギフトの効能は感染者の意思には一切関与しない。お前さんは全身の毛の色がオレンジに染まってほしいと思ったこと、あったか?」


 一場からの問いに真也は首を大きく横に振った。洒落っ気から頭髪を茶髪にしようか考えたことは過去に一度だけあったが、体毛全て、それも茶色よりも遥かに明るいこんな色にしたいなんて夢にすら思ったことがない。


「そうだよな、俺だってこんな中途半端な変化は望んじゃいない。だけど、草津真希、彼女は彗星症になって、何を得た?」


「何を得たって、それは」


 あんただって分かって、と真也は続けようとするが、

 

「……ッ!?」


 真也が既に知っている情報と照らし合せた刹那、浮かび上がった食い違いに言葉が詰まる。


「気づいてくれて何よりだ。偶然だったのか、人為的に何かをやったのかは流石に知らんが、草津真希は本人の望んだ結果を手に入れた。その境遇はまさしく奇跡、教団の女神として崇められるのも無理はないし、公安も公安で彼女を特別扱いせざるを得なかった」


 真也の表情の機微に気づいた一場は鼻を鳴らして話を続けていく。にわかには信じられないが、その事実を信じなければ、今、真希と目を合わせて話し合うことは出来ていない。


「草津のお嬢さんが特別な存在ってことを理解して貰った上で、彗星症の話に戻ろうか。症状拡大やULとの真の関係とかは後回しにするとして、お前さん、もしギフトの存在が世間一般で公になっていたら、人々はどうすると思う?」


 一場は再び訊ねてくる。先程の問いとは違い、あくまで仮定を前提としたものだ。


「人によっては、自ら彗星症を受け入れる?」


 生命の危機に晒されるデメリットよりも、新たに手に入る才覚に価値を見出す人間はいるだろう。かつての真希がそうであったように。


「正解だ。だが、誰も彼もがそんな愚行に走られたらただでさえ不安定な世界の秩序は崩壊する。だからこそ、ギフトの存在は辛うじて秘匿され、同じ彗星症発症者でも発症状況別で区別されるようになった」


 あくまで政治的にだが、と一場は一言付け加えた上で、


「最初の終末彗星の影響で感染したのは”オリジナル”、その後の二次感染、本人の意思とは関係無く感染したのは”アクシデンツ” そして、ギフトの恩恵欲しさで自ら彗星症に感染した連中は、世界に危険をもたらすものとして”ハザード”と分類される。多少の例外はあるが、ハザードと認定された奴は逮捕監禁、市街地からULを遠ざける為の餌として運用される」


 世界に害を為すくらいならせめて世界に貢献して死んでもらう方が効率がいいからな、と笑い飛ばすと、


「さあ、お前さんと草津のお嬢さんはこの3つの中でどれに該当すると思う?」


 屈託のない笑みを浮かべ、一場はそう問いかけてきた。


 

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