2-8
「さて、事情聴取に入る前に、だな」
コーヒーでの一服を終えた一場は、サングラスを外しそれを机の上に置くと、
「お前さん、彗星症の詳しい話、何も聞かされてないだろ」
黒と赤の瞳で真也をじっくりと見据えた。
「知らなかったことを責めるつもりはない。だから正直に答えてくれ」
真也が口籠るよりも素早く彼は続けた。その口調に笑みはない。
「……はい」
今の真也に虚勢を張る意味はなかった。つい先程の問答で自分の無知さを嫌というほど思い知らされたばかりだ。
「オーケー、じゃあ草津のお嬢さんの頑張りに報いてやる為にも、事情聴取の前に、公安がひた隠しにしてた彗星症のあれこれ、教えといてやるよ」
「……それは有り難いけど、なんで姉さ、真希が出てくるんだよ?」
思わず真也は疑問を口にした。
「お前さんに今後金輪際そういう疑問を持ってもらいたくないからだよ。知らなかったから気付いてないんだろうが、さっきの聴取であのお嬢さん、お前さんを守る為に、自分の命を投げ出そうとしてたんだぞ?」
恐れ入ったよホントに、と一場は続けた。
「……」
この男の言っている場面はある程度予想がついた。一場と由佳が狼狽したあの瞬間、真希は自身を守る為に命懸けの発言をしていた、らしい。その事実の衝撃もあるが、それ以上に何も知らないせいで、彼女の行動の重みを上手く把握出来ない自分への憤りが強くなる。
こんなに惨めな気持ちになるくらいなら素直に責められた方がマシに思えてきた。
「もう終わったことだ、そんなに暗い顔をするな。それじゃ、始めようか」
いいか? と一場は声をかける。真也は首を縦に振るのがやっとだった。
「まずは基本中の基本から。流石に彗星症が感染者の体液、厳密に言えば血液から感染するのはお前さんも知っての通りだとは思うが、感染者から彗星症のウイルスを受け取っただけじゃ彗星症になったとは言えない。もう一つ段階がある」
そう言って一場は、先程使用していたスマートフォンを取り出し画面を切り替えると、成人男性と思われるレントゲン写真を映し出す。
「人間の体内に侵入した彗星症の細菌は、宿主と共存する為の特殊な器官、”コア”を心臓のすぐ近くに造る。そして、そのコアこそが彗星症を彗星症たらしめる原因、あのULどもが餌として狙ってくるってワケだな」
因みにコアの位置はこのあたりだ、と画面に映る写真のある箇所を指差した。指差した先のところ、心臓の下の辺りに鉱物を連想させる小さな影が確かにあった。
「摘出しようにも心臓に近すぎて手術は困難、仮に摘出に成功、あるいは人工心臓に切り替えたところで、血中に残った細菌がコアを再構築してしまう。不治の病扱いされる理由だな」
一場の説明を聞きながら、ふと真也は自身の胸に手を置いた。意識を失う直前、胸部に激痛が走ったのはきっと、真也の体内にもコアが生成された影響なのかもしれない。
「で、ここからが公安、いや世間一般が隠している内容になるが、人間の体内に寄生、それも醜悪な怪物に命を狙われるなんて最悪のオマケがついてくる彗星症には、もう一つ別の作用を起こす。何だか分かるか?」
スマートフォンを机の上に置きつつ一場は真也にそう訊ねた。
一般に口外されていない秘密を教える話の筈なのに肝心なところをクイズ形式にされた、と普段の真也であれば憤るところだが、今回は違う。
「……感染者の身体を変化させる?」
黒から橙に変色した前髪を指で弄りながら真也は答える。そうでなければ、自身のこの特異な状況を説明出来なかった。
「曖昧な答えだが大筋は間違ってはいない」
よくわかったな、と一場は笑う。本人は場を和ませる為にわざとらしく笑ったのかもしれないが、真也にはそれが少し癪に触った。
「タイミング的にはコアが形成された頃らしいが、彗星症の細菌は本人の意思に関係なく感染者の外観、あるいは身体能力のどちらかを変化させる。俺の左目に由佳やお前さんの髪色の変化は序の口みたいなもんで、人によってはオリンピックで金メダル取れるくらいに筋力上がったりとか、脳味噌の構造変わって突然天才になったり、レアもんではそもそも老いなくなったりとまあ色々だな」
一場は指折りしながら彗星症の身体変化を説明していく。
「なんでこういう身体変化が起こるかは分かっちゃいないが、便宜上、 ULから宿主を守る為に与えられた力、って仮説から、変化で得た状態、能力のことを”ギフト "って俺たちは呼んでいる」
まあ、俺としちゃあ何の役にも立っていないけどな、と一場は皮肉っぽく付け加えた。
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