2-5


「じゃあ話を戻してここからが本題だ。君は9歳のころ、”ある事情“から彗星症に感染、いや、治療の名目として彗星症のウイルスを受け入れた。これに間違いはないか?」


 脱線しかけた話を修正してから一場は再度問いかけていく。


 横で聞いていた真也には違和感と驚きがそれぞれ残る。一場が口を濁した“ある事情”の中身について真也は既に知っていて、別段隠す理由はない筈だった。そして、治療の名目と、ウイルスを受け入れた、その2つの話は真也も聞いたことのない話だった。


 不意に真希と視線が交錯する。その刹那、彼女は何かを決意したかのように息を軽く吸い込むと、


「はい、あたし自身の意思で彗星症に感染しました。間違いありません」


 一場と由佳の方を見据え、はっきりとそう言った。


 真也にはその言葉の重みは分からなかったが、聴取側の反応は明らかに変化した。一場は顔を顰め、由佳は目を丸くして発言者を見据える。


「……質問の仕方が悪かったな、君の御両親の勧めがあって彗星症のウイルスを受け入れた、そういうことだよな?」


「いえ、確かに両親からの勧めはありましたが、決断したのはあたし自身の意思です」


 若干の狼狽を感じさせる一場の確認とは対照的に、真希の語気は衰えなかった。


「……ったく」


 一場は溜息を吐くと、徐に手に持っているスマートフォンを操作し始め、


『気持ちは分かった。でも自分が不利になるような発言は控えろ』


 そう大きく書かれた文字が表記された画面を真也達へ向けてみせると、一場はスマートウォッチが目立つように自身の左腕を何度か叩いた。会話を録音していることを忘れるな、と言っているような仕草だった。


「聴取対象者の精神状態はまだ不安定と推定、聴取は継続するが、後日再聴取を執り行う」


『君達2人を”ハザード"認定するつもりはないから安心しろ』


 一場は録音向けの発言と同時に端末側で彼の真の意図を提示した。画面に記された内容に真希は一瞬驚いた後、決意の為に強張っていた表情筋が少し緩まった。


「それでいいかな?」


 一場は同意を求めるように、視線を真希、そして由佳の方にも向けていく。


「ええ、そうしましょう」


 聴取する側の人間の1人として、由佳がそう返答すると、同調するかのように真希も無言で頷いた。


 目の前で繰り広げられる問答に、真也は理解が追いつかなかった。真希の発言に一体何の問題があったのか、そして、一場の端末に映されていた”ハザード”とは何を意味する言葉なのか。


「よし、聴取を続けようか」


 一場はそう言って、自身の端末を再度ポケットにしまう。この場には真也の疑問を投げかける余裕すらなかった。


「両親の影響、いや、彗星症の感染経路が悪かったのかな。彗星病を発症した君は、彗星症こそ人類の進化への福音だと標榜する新興宗教『革新教団』に入門、人からすれば奇跡とも取られかねない君の境遇から、本人の意思とは関係なく、瞬く間に教団信者の崇拝の対象となった」


 間違いないか、と一場は真希に問いかける。


 はい、と返答する真希を横目に、真也はまた内心で驚いていた。彼女が怪しげな宗教に巻き込まれていたのは聞いていたが、崇拝の対象にまでなっていたのは初耳だった。


「今から3年前、人類の進化の為と政府転覆まで画策し始めた革新教団の一部過激派に対し、公安を中心とした混成部隊が突入、君の両親も含めた当時の教団幹部は一斉逮捕、そして、両親は今も投獄中、これも合ってるか」


「はい、間違いありません」


 真希は躊躇うことなく同意した。詳細までは聞いていないがこれは流石の真也も知っていた。国家転覆を狙った政治犯ということもあるのか、事件後、彼女とその両親の面会は未だに実現していない。

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