2-4
「……てめぇ」
低い唸り声をあげたのは真也だった。何が事情聴取だ、このいけ好かないグラサン野郎は真希の事情を知っている、知った上で敢えて彼女の口から全てを話させようとしている。
「おっ、その反応じゃ吸血王子様も一枚噛んでるのは間違いないようだな?」
一場は煽るように鼻で笑う。
「だったら何だって言うんだよ」
あとその吸血王子ってのやめろ、と苦し紛れに真也は噛み付いた。まんまと誘導尋問に引っかかってしまった。
「そうかいそうかい、関係者なら是非とも話を聞きたいところだが、男の方の草津君への事情聴取は後回しだ」
口裏合わせもしなきゃだしな、と肩を竦めたかと思うと、
「……だから今は黙ってろ」
「ッ!?」
今まで笑ってばかりだった一場の口調が豹変した。周囲を凍りつかせるほどの冷たい調子に加え、黒いレンズ越しでも想像出来てしまう冷徹な視線が真也に注がれる。
「ごめん、真也、あたしから言い出したことなの」
一場の変貌にたじろいだ真也の横で、真希が口を開く。
「この話は、ちゃんと真也にも立ち会って貰いたい、だからこういう約束にしたの」
彼女の言葉は、揺るぎのない意思に溢れていた。一場に脅迫されているわけではないことは、彼女の眼差しからも容易に想像出来た。
「まあ、そういうこった。実際問題、第三者がいてくれた方がこちらとしても有難い」
聴取中に脅迫されたなんて言われたらたまったもんじゃない、と一場は笑う。あの冷徹なオーラは一瞬にして吹き飛んでしまった。
……現在進行形で脅迫してたじゃねえか。
一場という男がただの笑い上戸なのか、あくまでそれは表向きでその本性が冷酷なのか、真也には分からなくなってきた。
お前の関係者なんだからなんとかしろ、と一向に会話に混じってこなかった由佳に視線を移したが、我関せず、と言わんばかりにそっぽを向かれてしまった。
「俺達が掴んでいる話は全部公安経由で流れてきたものだ。だが、俺達は公安を全面的に信用しちゃいない。だから、公安の情報の正否を確認することで、赤宮さんの事情聴取とさせてもらう」
それでいいかな?、と一場は真希の方を見つめると、彼女は少しの沈黙のあと、小さく頷いた。
「感謝するよ」
そう言って一場は彼女の選択に敬意を表する。彼の真希に対する紳士的な態度は、真也の対するそれとは雲泥の差だった。
「じゃあ始めよう。まず、君の本当の名前は草津真希。今名乗っている赤宮、というのは母方の旧姓、これは間違いないかな?」
「はい」
一場の聴取に真希は頷いた。
「今ここにいる草津真也と君は再従兄弟の間柄で、学校には今年で17歳と申請しているが、実年齢は19歳、これも違いないか」
「はい。正確には今年の9月で19歳です」
学校には父の誕生日の日付を生年月日として提出しています、と真希は事細かに付け加えた。
……更に補足を加えるのなら、彼女の存在の秘匿の為に生年月日も変えようと提案したのは真也であり、その提案が通ってしまったが為に、姉に近しい彼女を同じ学年になり、同時に表立って彼女を「姉さん」と呼べなくなってしまったのだが。
「オーケー、半端なところもあるが偽装工作としては悪くない手だな」
一場はそう言うとポケットからスマートフォンを取り出し、なんらかのメモ項目に修正を加えていく。これに関しては流石にブラフをかましてきたわけではないらしい。
「……え、嘘」
が、その一方で、状況を読み込めていない人物がただ1人いた。
「ゼンさん、その話、私、聞いてない」
「まあ、言わなかったからな?」
レディの個人情報をそうペラペラ話すもんじゃねえからな、と唖然として口をあんぐり開ける由佳を見ながら一場は笑う。
……ああ。
その光景を見ながら、このサングラス男のタチの悪さは、別に真也にだけ特別向けられているものではないことを実感し、何故だか分からないが安堵してしまった。
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