2-3
常之倉市、某病院跡構内にて。
「ちょっとは落ち着いたか?」
「……まあ、多少は」
くくく、と笑いを堪える一場に対し、真也は半目になりながらもそう答えた。
自分の下半身が洋モノでも滅多に見ないような有様に変貌したことに絶叫した直後、その絶叫に耐えきれなかった身体が今度は激痛を訴え、結果二度も絶叫する羽目になった真也は、病院に備えつけられた手摺を頼りにしつつ、一場の後をゆっくりと追う。
病室を出る前、必要最低限の情報は一場から聞かされた。
対UL兵装であの怪物を倒した後、彗星症の急激な進行で気を失ったこと、公安のバトルエリア内で秘密裏に稼動状態であったこの廃病院に搬送されたこと、幸い傷は浅かったものの彗星症の反動で3日間意識を失っていたこと、
そして、赤宮真希と一ノ瀬由佳もなんとか一命を取り留めており、この廃病院に搬送され、そのまま真也の覚醒を待っていてくれたこと。
本来であれば、覚醒したばかりの真也のところに2人を呼びつけたかったらしいが、2人とも怪我でまともに歩くのが難しいらしく、今、彼女達のいる病院の待合室へ向かっていた。
一場曰く、後遺症が残らない程度の怪我とのことだが、それでも、真也には一抹の不安が残る。2人の命が助かったことにはホッとしたが、彼女達は真也の比ではないほどの重傷を負っていたのだから。
一体なんて声をかければいいのか、そう考えているうちに視線が徐々に下へと向かっていくと、
「おーい、吸血王子がようやく目覚めたぞー」
茶化すような一場の言動で、思考が現実へと引き戻される。気づけば待合室に到着していた。
「真也!」
真っ先にそう叫んだのは真希だった。真也と同じ入院着を身に纏った彼女は車椅子に乗っており、包帯に包まれた手で車輪を漕ぎ真也の元へとやってきた。
「……良かった」
真也の手を取り彼女は呟く。その後も何かを伝えようと口を動かすものの、考えが纏まらないのか、そのまま口籠もってしまう。
「……うん」
思考が霧散するのは真也も同じで、頷くだけが精一杯だった。目の前に助けたかった女性が生きていて、その温もりを感じ取れることは間違いなく幸福だったが、その一方で、満身創痍の彼女の姿を見ると手放しでは喜べなかった。
「……感動の再会は結構だけど、さっきの大声は一体何?」
ここにまで聞こえてたんだけど?、とまさしく水を差すかのごとく、もう1人の生存者、一ノ瀬由佳が毒を吐いた。
病院着を羽織っていた真希とは対照的に、一ノ瀬由佳は見慣れた学生服姿で、いつもの調子で男子生徒用スラックスを着用していた。だが、普段であれば革靴を履いている筈の左足にはギブスが巻かれ、動かないその足を庇うように、左脇に松葉杖を抱えていた。
「……そりゃ、起きたら髪がこんなのになってたら誰でも驚いて当然だろ?」
「だとしても何度も叫ぶ必要はないでしょ?」
マナー違反も甚だしいわ、と由佳は吐き捨てる。
笑顔で迎えてくれた真希に対し、終始しかめっ面を浮かべる由佳、服装だけでなく、態度も対照的だった。
「はいはい、どうどう、感動の再会もどーでもいい余計なやっかみもそこまでだ。話が進まん」
パンパン、と手を叩き、一場がそう宥める。
「関係者全員に意識が戻ったってことで、状況整理と事情聴取と行こうか」
悪いな、と言って一場は真也と真希の繋がれていた手をゆっくりと離された。
真也としては真希とゆっくりと話がしたかった。しかし、その一方で、今回の騒動の顛末と、何故、この一場という男がこの状況を取り仕切っているのか、その他諸々の疑問が尽きないのも事実で、事情聴取という言葉が気になるものの、彼の誘導に従うのが得策だと思えた。
サングラス越しに一場の視線が真也に向けられると、真也はゆっくりと頷いた。
「よし、まずは状況整理、常之倉市近辺で3体のULの出現を観測した俺達11遊撃隊は迎撃行動を実施するも1体の完全撃破には失敗、連戦続きだった俺達は一部補給を行いながら、残りの1体の行方を捜索していた」
「ちょっとゼンさん、民間人相手にそこまで話をする必要あるの?」
一場の説明に噛み付いたのは由佳だった。ゼン、というのは恐らくこの一場という男のあだ名か何かだろう。
「ただの民間人じゃないからこういう話してるんだろ? 後々フェアにやる為にはこっちの事情も話しておかないとな」
だからちょっと黙っとけ、と一場が釘を刺す。
「そして補給の最中に、残りの1体と遭遇、交戦。民間人2人を巻き込む羽目になった上、何の因果か民間人の1人が対UL兵装を着ける羽目になり、辛うじて最後のULを撃破。しかし、重傷者3名、うち1名は彗星症発症により3日間昏睡状態になった」
で目覚めたのが今日な、と一場は真也を一瞥した。
「まあ、俺達側の情報だけで整理すると、こういう歯抜けだらけの状況整理になる。だから続いて事情聴取だ」
一場はおもむろに左手首につけているスマートウォッチの液晶を触りはじめ、
「うちの上司への報告義務もあるから、ここからは録音させてもらう」
端末に内蔵された録音装置を起動させていく。以前、真也の友人の直倉もこの男の着けているものの色違いの機種で似たようなことをしていたので、彼の行動は恐らく嘘ではない筈だ。
「さて、こいつが起きたら事情を話してくれるって約束だったよな、草津さん?」
一場はそう言って、自らの視線を真也から真希へと移すと、
「……おっと、今は“赤宮さん”だったっけか?」
彼はワザとらしく笑ってそう言い直した。
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