第2話「造られし女神」

2-1


「うぉっうぁぁぁぁ!!」


 自らの姿が変化した刹那、目前に怪物の大鎌が迫る。防ごうと身体を動かそうとするが、脳がパニックになり思うように動かない。


 敵は全身の重量をその鎌に注ぎ込み、真也の身体を袈裟斬りにしていく。自分の身体が真っ二つになるイメージが脳裏に走る。


 カンッ!!


「ッ?」


 甲高い金属音が全身から響き渡る。だが、身体を引き裂かれる感覚は無い。それどころか痛みすら感じられなかった。


 敵の鎌は鋼鉄の装甲を貫かなかった。


『敵情報解析完了。バトルガイダンス、スタート』


 真也の耳元で電子音声が響くと、左腕が圧迫されるような感触が走る。


 --動かせってことか?


真也は目前で咆哮する敵の胴体に向かって左拳を力強く振るう。


「ヴォ!!」


 鋼鉄の拳はULの肉体にめり込み、片脚一本で立っていたULのそれはアスファルトを離れ、その全身は真也から離れるように勢いよく滑空していく。

 

「すっ、すげぇ……」


 カメラ越しに移る左拳を一瞥する。今までとは次元が違いすぎる。


『バスターグラップル起動を推奨。一気に殲滅しましょう』


 電子音声の発言の後、モニター上に移るヤマシロの四肢のうち、巨大な右籠手が赤く点滅する。


 真也は未だに脳の整理が追いついてはいなかった。武器を推奨されたといっても、その武器がどのようなものかは分かっていない。


「……バスターグラップル起動」


 だが、その選択肢があの怪物を倒す為の最適解、あの素っ頓狂な転校生が己に委ねてくれた答えだということは間違いない。


『バスターグラップル起動、試製15式徹獣杭、スタンバイ』


「!?」


 電子音声がそう響くと、真也の閉じられていた右籠手はその装甲を開き、巨大な猛禽類の鉤爪のような形態へ変貌する。


 その巨大な三本の指の裏には敵の皮膚をえぐり取るチェーンソーが仕込まれ、その三本を統合する掌には、破砕された肉片を更に磨り潰す無数の丸鋸が獲物を今かと待つかのように高速回転していた。


 籠手の重厚さから一転、何もかもを粉砕する禍々しさを放つそれの中央部には人間の拳大程の弾丸のようなものが鎮座している。


『目標ロック完了。殲滅行動に移ります』


 塀にぶつかりようやく地面に突っ伏したULにロックオンマーカーが重なると、脚部後方に格納されていた地上走行用タイヤが展開、敵が再度立ち上がるよりも素早く接近し、その巨大な鉤爪の捕縛圏内に捉える。


「うおりゃああ!!」


 全身に力を込め、右腕をULへと振りかざすと、鉤爪はULの大鎌ごと胴体に喰らいつき、掴んだまま敵の体は宙へと浮かぶ。


『破砕作業を開始します』


 無機質的な電子音声がそう発した刹那、バスターグラップルに仕込まれた無数のモーターが始動、甲高い回転音がハーモニーを奏で、怪物の絶叫に華を添えていく。


 爪の裏に仕込まれたチェーンソーはULの皮膚を火花を散らしながら刻み、剥がれた肉片は掌の丸鋸が更に細かく裁断して地面へと吐き捨てる。効率的に破砕するよう設計しているらしく、グラップルの掴む圧力は怪物の肉体を潰し切らないギリギリのところで調整されていた。


「!」


 上部の鉤爪がULの右腕付け根を捉え、一瞬で切断する。主人を失ったその腕と強力な硬度を有していた筈の鎌は、破砕の渦に巻き込まれ、まるでシュレッダーにかけられたかのようにその原形を失っていく。


 怪物の体は破砕されるにつれてどんどんと小さくなっていく。破砕が一段落する度に鉤爪が小さく開いてはまた閉じるその姿は、喉に獲物が通過出来るように咀嚼をする肉食動物のようにも思えた。


『最適サイズに破砕完了。徹獣杭、射出準備が整いました』


 目の前の映像のガイダンス画面が変わり、バスターグラップル中央部の弾丸射出部が赤く点滅し始める。


 その徹獣杭というものが何を意味するのかは相変わらず分からない。だが、それが目の前で完全に四肢を失いつつある怪物に引導を与える手段であることは辛うじて想像出来る。


「試製、15式徹獣杭、射出!!」


 真也がそう力強く叫ぶと、頭部に仕込まれた6つのカメラアイのうち、中央部の2つを除いたカメラが封鎖、破砕によって内臓が剥き出しになった怪物へ向けて弾丸が発射されると、


「うぉっ!!?」


 視界を遮る強烈な閃光、大爆発音と共に何もかもを吹き飛ばす衝撃が真也を襲う。その何もかもの中心は自らが放った弾丸から放たれたものだ。


 解き放たれた衝撃に耐えきった真也が目を見開くと、閃光によって機能停止した中心部メインカメラに代わり、残り4つのサブカメラが起動、目の前の光景を鮮明に映し出す。


 そこにはもう怪物の姿はなく、かつて怪物の肉体を構成していた部品が辺り一面に転がっていた。もう怪物の叫びも、足音も聞こえない。


「やった、のか?」


 実感が湧く訳がなかった。状況を確認しようと、周囲を見回そうとするが、


「あ゛……がッ!」


 その刹那、心臓が凍りつくような不快感が真也を襲う。心臓に手を当てようにも体が言うことを聞かない。


『警告、コア振動係数に異常発生』


 目の前のモニターが赤色に染まり、耳元で警告音がけたたましく鳴り響く。


『形態維持困難、緊急排除を開始します』


電子音声がそう告げると、真也の全身に光が走り、装着していた筈の鋼鉄の鎧は光の粒子となって霧散する。真也の身体に大粒の雨が降り注ぐ。


「あ゛、あ゛ぁ!!」


 鋼鉄の鎧が霧散してもなお、心臓の不快感は消えない、それどころか激痛へとシフトしていく。


 膝をつくことも、手を前に出すことも出来なかった。真也の身体は重力に引かれ、アスファルトの地面へと叩きつけられる。


 その倒れ方は操り人形の糸が切れたかようだった。頭部は勢いよく地面に激突し、曖昧だった意識が更に混濁していく。全身の硬直と、頭部への衝撃、そして心臓の痛みが彼の意識を奪い去っていく。


 意識の事切れる寸前、彼の瞳はあの転校生、一ノ瀬由佳を捉え、その刹那で脳裏に疑問が浮かび上がる。



 ……なあ、なんでお前はそう、泣きそうな顔をしてるんだよ?



 その疑問を口にしたかった、疑問の答えを想像しようとしたが、彼の意識が維持出来たのはそこまでだった。

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