第六幕 夏

「......キスしてもいい?」

蝉の声が煩くて蒸し暑い。

「は?」

狭い部屋で二人きりだったので、いま聞いいた言葉は彼女が発した事に間違いは無いはずだった。

見ていたスマートフォンの画面を落とし、だるくなった身体をベッドから持ち上げる。

日差しを遮るためにしていたカーテンが靡き、彼女の長い茶髪が揺れていた。

「聞き間違いか」

汗でへばりついたシャツを仰ぎながら、問いてみる。

「いいえ、聞き当たりよ」

至って真面目な顔で彼女は答えた。

「あのなぁ......」

片手で顔面を覆い、溜息をついた。

「何なら、本番までするつもりだけど」

「まて、まて、まて、何するつもりだ。何かを外していないだろうな」

慣れた手つきで手を後ろに回した彼女を止めた。

「む、おっぱいは嫌いなの、あなた」

「そんな事は無いが......」

「気持ち悪い」

ぴしゃりと無情にも冷たい言葉を掛けられ、『もういいや』という気持ちになってしまう。

「お前、昔はそういう事しなかっただろう。なぁ?」

何かを外す事は止めてくれたようで、彼女はテーブルの前で大人しく正座をした。

「私、初体験がまだなのよ」

温い風が肌を舐めた。

少し釣り上がって細い目をまた細める。

「......普通の事なんじゃねぇの?」

俺もまだだし、と言いかけて口を紡ぐ。

「気になっているのよね。周りの子達はすでに終わってるみたいだし」「あなたもまだ、なんでしょう?」

透かされた様な気分になる。

「俺に何をさせるつもりなんだよ」

「あら、何も言ってないわよ」

彼女の顔は小悪魔地味た笑顔になっていた。

部屋はまだ暑い。

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