弱虫君は猫の額で夢を見る(ルネ・デフォルト氏の第六十感)

天派(天野いわと)

第1話 黒服男の場合

弱虫君は猫の額で夢を見る その1

Q「あなたの夢は何ですか?」

 夜の繁華街を歩いていた黒服の男にレポーターが背後からマイクを突きつけて質問した。

A「仕事柄、変な病気を貰っても病原菌に負けない身体になることかな」

 リーゼットの黒服の男が振り返って答えた。

            §

 黒服の男が教授の研究室に飛び込んできて、叫んだ。

「教授、オレ、オレ、ヘイト患者の血を!」

 教授は机の上の分厚い本を閉じて、おもむろにオレを見た。

「まあ、まあ、落ち着いて。どうしてその女がヘイト患者と分かったんだい?」

「ホストクラブに来たカワイコちゃんがこの本に載っていたんです!」

 オレはしっかりと握りしめていた写真週刊誌を見せた。

「全国の危ないソープ嬢一覧ねえ……」

 教授はムッチリソープ嬢満載の写真週刊誌のページをめくり始めた。

 ソープ嬢の写真には源氏名と勤め先の店名が記されている。

 普段は蒼白な教授の顔がページをめくるごとに紅潮してきた。

「これか!」

 教授は赤丸をつけたソープ嬢の写真のところでページをめくるのを止めた。

「黒立病院にて劇症性ヘイト神経炎上で死亡……この娼婦か」

 はじめのアカデミックな表情は消え、教授の目は充血し、その薄い唇から尖った舌がペロペロと出たり入ったりし始めた。

「この女に間違いないんだな」

「間違いありません」

「なら調べるまでもない。おまえはヘイト菌に感染しておるわい」

 教授は尖った犬歯を見せて薄ら笑いをした。

「そんなあ! ちゃんと調べてください。ヘイト菌は感染力が弱いから陰

性かもしれないでしょ」

「ちゃんと知りたければ保健所に行って調べてもらえ」

「保健所なんかに行ったらプライバシーがバレバレになるじゃないですか!」

「確かに。じゃあ、調べてやろう」

 教授は床を蹴って、椅子ごと医療棚の方へ滑って行き注射器を取り出した。

「腕を出せ」

「教授、その注射器デカくないすか?」

「馬の浣腸用だ」

「ちょっと汚い気が……」

「なら、保健所に行くか?」

「いえ、それで結構です」

「しかし、何じゃな。ワシらの若い頃は処女で、しかも貴婦人タイプの女しか相手にせんかったもんじゃが、最近の若いモンは手っ取り早く商売女で欲望を満たそうとするんじゃのう……。嗚呼、情けない」

 ブチュー。黒々とした血が注射器の中に吸い込まれていく。

 教授は注射器の容量一杯に血を採取すると、小さな試験管四本に血を数滴ずつ垂らしていった。

「教授、数滴でいいなら何もそんなに血を採らなくてもよかったんじゃないっすか?」

「なに、残りは診察料、代わりじゃよ」

「教授、感染してたら死ぬんですよね……」

「ああ、いくら生命力というか不死力のあるワシラといえどもな」

「特に、人間を超毛嫌いして触れることすら出来なくなる劇症性ヘイトを発症すれば餓死せざるをえないからな」

教授は百匁ロウソクの明かりにかざして試験管の変化を眺めた。

「発症までの潜伏期間は?」

「四百年ってところかな。じゃが、安心せい。結果は陰性とでたぞ」

「ほ、ほ、本当ですか! よかったあ!」

 オレは喜びの余り空中高く飛び上がって、天井付近をグルグルと飛び回った。

「ではこれ、遠慮なく貰っておくよ」

 教授はオレに向けて注射器を掲げたあと、ピストンを抜き、残った血を飲み干した。

 コケコッコー。遠くでニワトリが鳴いた。

「朝か……」教授は血まみれになった口をぬぐってからオレに言った。

「おい、棺桶に戻るぞ」と。


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弱虫君は猫の額で夢を見る(ルネ・デフォルト氏の第六十感) 天派(天野いわと) @tenpa64

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