第58話 火の神アグニ


「お父さん! 皆!」


 一目散に走っていったサラに、何とか追いついた俺達は火口へとやってきた。


 ……荒れ狂うマグマと共に揺れる火山。その火口を囲む様に半円状に並びながら、街から戻ってきた黒竜達は祈りを捧げていた。その体表からは白いオーラが浮き上がり、火山を静めようと力を注いでいるのが見てとれる。


「おー……これは何とも壮観ですネ……」


 “感情”の一部が戻ったからか、黒竜が立ち並ぶ異様な光景にも負けずいつもの能天気なペースを取り戻してきたフェリル。


「はー……、そんな事言ってる場合じゃなさそうだぞ?」


 俺は暑さに辟易しながら、しかし仲間がいつもの状態に戻った事に不思議と安心感を覚えていた。


「ケロスは……!? 街はどうなったの!?」


 そんな俺の心とは裏腹に、サラは尋常ならざる雰囲気で仲間の黒竜達に詰め寄る。


「……街は無事だ。皆がモンスターを片付けてくれたからな。……だが、奴は……ケロスは火口に飛び込み、自らを犠牲に怒りを山にぶつけてしまった……! 奴の狙いは最初から己の身ごと、火山を暴走させる事だったのだ……!」


「それじゃあ、この揺れはやっぱり……!」


「ああ……、大噴火が起きようとしている」


 力を込めながら口惜しそうに吐き出すサラのお父さんらしき黒竜。


「そんな……!!」


 悲鳴じみた声を上げるサラ。……すると、近くの黒竜が叫んだ。


「……だが奴の“怒り”が弾け飛んだ時、その怒りが火口に溶け込まず、そのまま肉体に帰ってきた者も居た! ならば火山を噴火させるのに十分な量には届いていないかもしれない……! とにかくここで我らが抑えるしかなかろう!」


 そう言って仲間の黒竜達はサラを宥める様に、また自分達に言い聞かせるように翼を広げ魔力を高めていった。


 そんな緊迫した状況に俺は居ても立っても居られず、サラのお父さんらしき大きな竜に話しかける。


「何か……俺達に出来る事はありませんか!? 俺の文字スペルは『無』です! 無生物なら何でも消す事が出来ます。例えばこれで怒りを消したり……」


「『無』……? なるほど君が……」


 俺の言葉にサラパパさんは一瞬目を見開いたが、すぐさま首を横に振った。


「残念だが……“怒り”はあの荒れ狂うマグマに溶け込んでしまっている……。一歩間違えば君の腕は……」


――ゴゴゴゴゴゴ……!! ボオオンッ!


 その時、話を遮るように大地が揺れ、小規模な噴火が起こった。腹の底に響くような震音と共に飛び出してきた、赤く熱せられた火の岩がこちらに降ってくる。くっ……、俺は右手を構えて……


「ダメッ!! 『シールド』!!」


 俺が文字スペルを使おうとした直前、レアが覆いかぶさるように飛び込んできてシールドを発動した。


――ゴシャッ!


 俺達を守るように展開された魔力の盾は落ちてくる炎岩を防いだ。


「バカ! アンタの『無』は触っただけじゃ発動しないでしょ! アレを消そうと思っても、タイミングを間違えばっ……。文字スペルとする前に手が焼け焦げちゃうわ!」


「……その通りだ」


 レアの忠告に同調するようにパパさんが呟いた。


「……た、確かに」


 噴火を止めようと気が急いていたのか、俺は「無」での対処に失敗した時の事を考えて、身震いをすると同時にレアに感謝した。


 ……しかしこのまま黙ってみていると言うのもっ……! そんな俺の思案顔を見てパパさんは、火口の方を向いて魔力を高めつつ口を開いた。


「君たちにも出来る事はある……事だ」


「祈る……?」


 いつの間にかクラレじゃなくなっていたクレアが、その言葉に反応するように聞き返した。


「……私達が今やっている事は、竜族の魔力を通して、人間の感謝の想いをアグニ様に伝えているのだ。それによって山の怒りを静めているにすぎない」


 白いオーラを纏わせてパパさんは続ける。


「アグニ様はこの山に眠る土地神様のような存在だ……。だが大元の本体は幻界に居るため、この火山の奥深くに眠るアグニ様は自我という概念が薄く、人々の感情の影響を受けやすい……。なので人々の怒りで荒れ狂う力を、人々の感謝で静めているのだ」


 ……何と言うか、神様がなにか身近に思えてくるような事実だ。


「なればこそ、君達が街を滅ぼしたくないという想いが何よりも力になるのだ」


――ザッ


 その音に横を見ると、クレアが堂に入った構えで手を組み祈りを捧げていた。……さすが神職、様になってる。


「しかし……それだけでどうにかなるのか?」


「どうにかもこうにかも、やるしかないでしょ! アンタこのまま溶岩に飲まれたいっていうの?」


 そう言うと手を組み目をつぶるレア。


「災害をくい止める方法があるのであれば、全力を尽くすべきではないですカ?」


 そう言ってフェリルも隣で同じポーズをとった。


 それに倣い、俺も祈りを捧げるポーズをとりつつも、頭の中では何か案はないかと思考を回していた。


 「無」、「火」、「水」、「風」、「土」、「剣」……。 ……だめだ、他のどれを使っても打開策が思いつかねぇ……フェリルの「奪」で……? いや無理だ。クレアの「癒」は……? ここでは役に立ちそうにも無い。レアの……そういえばレアはメインスペルだった「孤」を俺が消してから、ずっと公用語コモンスペルを使ってるな。……今のレアにもう一度スペルスタンプを押したらどうなるんだ……? また「孤」が……? それとも……


 だんだん思考がそれていった俺は、チラリと横目でレアを見た。……すると、当の本人と目が合った。


「アンタ……! ちゃんと祈りなさいよ……!」


 内緒話をするように小声で、レアが睨んでくる。


「うるせぇ、今お前の事を考えてたんだよ……! ……というか目が合うって事はお前もこっち見てたんじゃねぇか」


 俺もそれにつられて小声で返すと、レアは急に顔を赤くして器用に小声で怒りだした。


「なっ、私は別に……! ……って私の事を考えてたってアンタ……! こんな時になんでっ……」


 何故か言葉尻をしぼませるレア。


「こんな時だからだろ……?」


 何か噴火を止めるようないい案を出さないと。


「なっ……」


 レアはそう言うと顔を赤くして俯いてしまった。


「……そりゃあ、私だって諦めたわけじゃないわ……。でも最後の時かもって思ったら自然とアンタの方を……」


 ……ん?? 何か食い違いが起こっているような…… 


「レア……?」


「何……?」


 潤んだ瞳でこちらを見上げてくるレア。これは……


「あー……なんだ、俺は、その……何か文字スペルを使ってこの場を切り抜ける策を考えていたら、そういえばお前のメインスペルって消えたままだなーと思ってお前の事を考えていたわけでして……」


 取り繕うような俺の説明に、更にも増して顔が赤くなるレア。


「ア、ア、アンタぁぁぁ!!」


「ま、待て! 俺は悪くないだろう!?」


(こんな時でもこの二人はいつも通りですネ……。ま、私達らしいですガ)


 隣で聞いていたフェリルはそんな事を思いつつも口には出さない。その時、


――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


 今日一番大きな揺れと共に、マグマが急激に荒れ狂いだした。


「ほら! ちゃんと祈らねぇから!」


「アンタもでしょ!」


 大地の震動に揺られながら、俺達がのんきなやり取りをしていると……


「何故急に……!? マズいぞ、このままでは……!」


 怒りを静めようとしていた黒竜達が慌て始めた。


「一体何が……!?」


「わからん! 急に火山が荒れだした!」


 混乱と共に、火山の勢いに押されだす黒竜達。


「……おい、まさかお前の怒りで、なんて事ないだろうな?」


「……まさか」


「……」


 見合わせた顔を青くする俺達。しかしサラパパは魔力を増しながら冷静に考えていた。


(いや……人間一人の怒りでここまでの荒れを見せはしないはず……なぜ!? とにかく抑えるしかっ……!)


「皆……! ここが踏ん張り所だっ……! 抑えろ……!!」


 一族に発破をかけて更に力を込めてゆく。しかし無常にもマグマは勢いを増してゆき、今にも火口から噴き出さんばかりだ。


(やはり近年の人間達の感謝が薄れているせいか……!? 力がっ……)


 次第に山と竜のせめぎ合いは、拮抗を超えて……。揺れと共にエネルギーが山頂に集まってゆき、爆発しようかといったその時、



――カーン……カーン。



 俺達の耳に、聞いた事のある音が飛び込んできた。


「これは……」

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