第56話 ケロスの企み
「何あれ!?」
街の東側に避難していた観光客の女性が、時計塔の周りに佇む黒い影を指差して叫んだ。空中を飛び回るその影達は街の西側に散り、地上へ火炎弾を撃ち込んでいる。
「また新手が街を……!?」
何処からともなくあがったその声に、ザワつく避難民。温泉目当てで来た観光客の間で様々な憶測と混乱が飛び交おうとしていたその時、
「あれは黒竜じゃ……!!」
一人の老人が震えるような声で吐き出した一言は、何故か避難していた人々に響き渡った。
「この街は古くから黒竜を守り神として崇めておった……! 最近はその信仰も薄くなってきてしまっていたのじゃが……街に災いが降りかかる時、彼らは現れると言われておる……! それが……!今……!」
老人の感極まったような訴えは、避難民達に少しずつ伝わっていった。
――黒竜……? 本当か……? ドラゴンが……? しかし確かに街の西側しか攻撃していないぞ……?――
周りを渦巻いていた疑問の声は、目の前の竜が飛び回る光景にかき消されるように、次第に歓声へと変わってゆく。
「守り神はこの街を見捨ててはいなかったのじゃ!!」
――ワァァァァ
非常事態に現れた救いの神に、現金ながら民衆は応援の声を強めていった……。
§
――ボゴオォォン! ボゴオォォン!
街中を飛び回る黒竜達のブレスは、正確にモンスター達を狙い撃っていった。
「グギャァァァ……!」
クリスタルと共に、赤黒いオーラを飛び散らせながら弾けて消えゆくモンスター達。
「……」
モンスター達が次々と殲滅されてゆく光景に、イグニスは目を奪われていた。
――「うっそだぁ~? 黒竜がお前なんかを助けてくれるわけねぇだろー?」
「本当だって! この眼でみたんだって!」――
脳裏にあの時の光景が、いくら友達に話しても信じてもらえなかったあの時の光景が浮かぶ。
(やはり黒竜様はこの街の守り神なのだ……!)
目の前のモンスター群が弾ける姿を眺めながら感激に浸るイグニス。モンスターの対処に追われていた冒険者達もいきなりの救世主にそこかしこで歓喜の声をあげていた。
――ボゴォォン!
「オオオオオ……」
そんな声に呼応するかのように黒竜の奮闘は激しさを増し、モンスター達は弱々しい断末魔と共にあっという間に全滅させられた。
「これが……! 黒竜の力……!」
空からの圧倒的な火力に、冒険者達は感動と興奮を覚える。
「グオオオオオオオ!!」
黒竜達はモンスターを殲滅し終えると、力強い咆哮と共に山へと去っていった……。
――オオオオオ!
救われた冒険者達は咆哮に返すかのように右手を掲げながら、去っていく黒竜達を見送った。そんな喧騒の中、イグニスは見とれるように一部始終を傍観していたのだが……
「っ……!」
黒竜が去ってゆく様を見届けると、思いついたように慌てて時計塔の内部へと走っていった。
§
――ザンッ!
空中を疾走しながら攻撃を仕掛ける竜の爪が、また一つケロスの体に傷をつける。
「ヌウゥ……」
角を折られたケロスは先程までとは一転、制空権を遺憾なく発揮する相手に防戦一方になっている。
「“精神感応”が無ければ貴様など敵ではない!」
圧倒的なスピードでケロスを追い詰めてゆくサラパパ。……しかし奴の「怒」は消せていない……。あの戦いに参戦した方がいいのか、しかし俺に入り込む余地はあるのか……? と、俺が逡巡していると、
「大丈夫よ、パパは一族の中でも一番速いんだから」
いつの間にか人間形態に戻ったサラが、肩を押さえながら近づいてきた。
「サラ! 大丈夫か!?」
「ええ……クレアのおかげでだいぶ楽になったわ……。本人今いないみたいだけど」
そう言ってサラは俺の傍で腕組みをしているクレア、いやクラレを見る。
「全くあのヤロウ……戦いの最中に横入りしやがって……」
二匹の戦いを仁王立ちで睨みながら文句を垂れるクラレ。……コイツ、やっぱり街を救うどうこうより戦いの方に夢中だったな? ……だが突撃せずにここで待っているだけまだいいか。
「お前、抑えろよ……? あの様子じゃ完全にサラパパがトドメを刺す勢いなんだからな……?」
戦況を鑑みてクラレに警告する俺。
「……さぁ、どうだかな……」
しかしクラレは二匹の戦いを見据えたまま鋭い視線を崩さずそう呟いた。……そういえばいつもクラレは戦いが終わると中に引っ込んでいたが今日はまだ表に出ずっぱりだ。俺が不思議そうにしていると……
「なによ! パパが負けるっていうの!?」
サラが割り込んできた。しかしそんなサラの糾弾にもクラレは涼しい顔をしている。
「そうは言ってねぇ……。ただ、奴のあの目……。あの表情……。まるで何かを企んでるようだ。とても戦いを諦めた奴の顔じゃねぇ」
真剣な口調で、戦いから視線を外さずに呟くクラレ。……確かに奴は防御に徹しているようだが、単にサラパパの猛攻にそうせざるを得ないだけかと思っていたが……? クラレの真剣に戦いを見つめる横顔に、俺は何も言えなくなってしまった……。
「そろそろ終わりにしよう……!」
そう呟いた黒竜は少し距離を取り、空からケロスを見据えながら口に焔を迸らせてゆく。
「ハッ、ハッ……何を……私の「怒」はまだ残っているぞ?」
荒い息を整えながらケロスは平静を装う。
「今から消えるさ……その身と共にな……!」
そんなケロスには意にも介さず、黒竜の炎は口から溢れんばかりに勢いと温度を増してゆく。
――ニィ……!――
その時、ケロスの顔が一瞬醜悪な笑みを浮かべた気がした。
「『怒』!」
自分の
「いくら黒竜のブレスの威力が高かろうと、当たらなければ意味は無い!!」
ジグザグに移動しながら山を登ってゆくケロス。
「スピードで私に敵うと思うな……!」
――ギュン!
ブレスを溜めながら黒竜は、空から猛スピードでケロスを追っていった。
「俺達も追うぞ……! っ!?」
俺が二匹を追おうとパーティーの皆に声をかけた時、街の方向から赤黒いオーラが火口の方へと飛んでいった。
「あれハ……?」
明後日の方向から急に飛んできた見覚えのあるオーラに首を傾げるフェリル。すると、
「! あれはケロスがモンスターに込めた“怒り”だわ……! きっと私達の仲間が街でモンスターを倒したのよ!」
嬉しそうにサラが叫ぶ。すると、次々と赤黒いオーラが街のほうから飛んでいった。
「これだけの数討伐されたってことは……街は守られたってことだよな!」
「ええ!」
俺の言葉に元気よく頷くサラ。
「……しかシ、何故その怒りが山頂ヘ……?」
街の無事を喜ぶ俺達は、フェリル疑問で我に返った。
「……奴はあの時、“怒り”を与えたモンスターが死ねば自分の元に返ってくると言ったわ。だとしたらこのオーラが向かう先は……」
レアの言葉に顔を見合わせる俺達。……まさか奴はこれを狙って……?
「急ぐぞっ!」
俺達は慌てて二匹を追って火口へと登っていった。
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