第55話 変わらないモノ

「『音』!」


――キィィン!


 イグニスの文字スペルによる音波攻撃がモンスターを押し返す。……が、次から次へなだれ込むモンスターの大群に対処しきれずまた数匹街中へ入っていってしまった。


「数が多すぎる……!」


 火山にほど近いアンクルの西側は戦場と化していた。東側に避難した住民や観光客に被害が及ばないように、ゴーレムやトレントが街中で冒険者達と戦闘を繰り広げている。イグニス自身も老体に鞭打ち、モンスターの群れを食い止めようと西門で数少ない街の警備兵と共に奮闘しているが、全てを食い止められずにいた。


「おのれ……! 何故このタイミングで大量のモンスターが……ぬうぅ!?」


――ドゴンッ!


 イグニスを狙ったゴーレムの拳が街の石畳にめり込む。


「町長! 大丈夫ですか!?」


「あぁ……なんとか大丈夫だ……」


 かばう様にゴーレムと相対する警備兵の声になんとか応えるイグニス。


「しかしこいつら何が目的で……!?」


――メキメキメキッ……!


 先程まで何とか食い止めていたモンスター達の体が赤黒いオーラを纏い始めたかと思うと、その体が周りの人間の“怒り”を取り込んで巨大化し始めた。


「なっ……!」


「オォォォ……」


 不気味な声を漏らすモンスター達は、人の胴体程の太さとなった腕を振りかぶる。


「オォォォ……!!」


――ボゴオォォン!!


「がっ……!」


 道を抉りながら振り下ろされたゴーレムの拳の衝撃は、周りの兵士もろともイグニスを吹き飛ばしていった。辺りにこだまする悲鳴……。


――メキメキッ……


 その声に比例するかのように、周りのモンスター達は次々とオーラを纏いながら巨大化していった……。



        §



「グオオオオオオッ……!!」


 一本角を両断されたケロスは雄たけびを上げながら頭を押さえてうずくまっていた。


「やりましたカ……!?」


 肩の傷を自分の「血」で治しながら戦況を見守るフェリル。


「貴様らぁぁぁ……!」


 怨嗟のこもった目でこちらを睨むケロス。鮮やかに切断された角からは赤黒いオーラが漏れ出している。


「一度ならず二度までも……!!」


 怒気を含んだ声と共に、漏れでたオーラはケロスの体を包んでゆく……。


「……奪ったものだけでなく、俺自身の“怒り”と共に一人ずつ地獄へ送ってやる……! 『腕怒アームド』!」


 力強い言葉にケロスの纏うオーラが両腕に集まってゆく。すると、ただでさえ筋肉質だった奴の腕が肥大化し丸太のような太さになってゆく。


「まずは……貴様からだ……!!」


 怒りで言葉遣いも少し荒々しくなったケロスは、一直線にクラレの元へ突っ込んでゆく。


「面白れぇ……! 『パワー』!」


 対するクラレも文字スペルで腕に魔力を纏わせ、ケロスへと向かってゆく。


「ヌゥウン!」


「おりゃああ!」


――ドスンッ!


 二人の渾身の拳と拳がぶつかり合う。踏みしめられた地面が、力と力の拮抗に踏み沈められた。


――ガガガガッ……!


「ヌアアアア……!」


「おおおおお……!」


 二人の乱打による打撃音は、離れている俺達にも当たり前に聞こえる程響いていた。……そんな攻防を繰り広げるクラレの、楽しんでいる邪悪な笑みも遠巻きながら認識できた。


「アイツ……状況分かってんのか……?」


「ホントバーサーカーね……あの娘」


 傍らに来たレアも半分呆れているような声で呟く。


「ってそんな事言ってる場合じゃない! 奴の『怒』を消さないと街が……!」


「……しかしあの戦いに割って入れますカ……?」


「う……」


 肩を抑えながら言うフェリルの言葉に二の句を継げなくなる俺。


「でも……そうも言ってられねぇ……!」


 俺が意を決して暴風雨の様な二人の戦いに割って入ろうとした時……


「む!?」


「あぁ?」


 危険を察知したクラレがケロスの傍から離れる。そこへ……


――シュン ボウゥゥン!


 上空から、ケロスへと狙い撃たれた火炎球が着弾した。


 火球が飛んできた方向を俺達が見やると、そこにはサラよりも一回り大きな黒竜が佇んでいた。


「貴様……」


 忌々しげに、空に佇む黒竜を睨むケロス。急な乱入者に俺達が状況を把握しようと頭を働かせていると、横たわるサラの驚いたような声がカットインした。


「お父さん!」


「「「お父さん!?」」」


 今度は俺達の声がハモる。


「今まで何処にいたの!!」


 サラは糾弾するように声を張り上げた。その言葉に黒竜は空から降り、ケロスから娘を守るようにサラの傍へと着地した。


「火口だ……。ケロスが最後に“怒り”を山へ注ぐとなればそこだと思っていたからな……」


 ケロスへの目線は外さずに、黒竜は淡々と答える。


「奴が里を襲ってきた時、私は精神感応によってお前や仲間達が傷つく事を恐れ、ロクに反撃も出来なかった……。お前を逃がした後、私達一族は火山の噴火を阻止すべく……奴と刺し違える覚悟を決めて火口に潜み、隙を窺っていたのだが……」


 こちらを見る黒竜。


「まさか二十年も生きていない人間に助けられるとは思わなかったぞ……。一族を代表して礼を言う。……サラ、お前もだ」


 今度はサラの焼け爛れた翼を見て、


「まだまだ半人前と思っていたが、一人前の戦士となっていたようだな……」


「お父さん……」


 父の言葉に、横たわるサラの頬を涙が伝う。……その涙が地面に落ちた瞬間、落下地点がのように変化した。


「……! お父さん! そんな事より街が!!」


 涙を振り払うようにサラは街の危機を伝えようとしたが、


「分かっている……が向かった」


 その言葉を最後に、黒竜は巨体からは想像も出来ないようなスピードでケロスに向かっていった。



        §



――ドゴォォン!


 祭りの為の屋台や装飾に彩られた街は、巨大化したモンスターに蹂躙されていた。数の多さに手間取っていた所に、一体一体が巨大化してしまい手が付けられなくなっている。


「おのれ……!」


 準備中の祭壇等が壊されていく様を見て、イグニスは身を切られる思いだった。


(何故この様な時に……竜神祭を滞らせてしまった祟りだとでも言うのかっ……!)


 身を守りながらも必死に文字スペルで応戦するが、もはや焼け石に水だった。


 ……モンスターの進軍にイグニス達は押されてゆき、遂には東西の分け目であり街の中心に位置する時計塔に差しかかった。


「っ!! まずい……!」


 ここを超えれば住民や観光客の避難している区画、尚更通すわけには行かない。


「『音』!」


 イグニスの文字スペルは正確にゴーレムの胴体にヒットした。……が、


「オォォォォ……!!」


――ドゴォン!


 膨れ上がったゴーレムに、連発して消耗したイグニスの文字スペルはもはや通用しなかった。イグニスはゴーレムの腕払いに吹っ飛ばされてしまう。


「ぐっ……」


 体に走る衝撃に意識が飛びそうになるイグニス。しかし、ゴーレムが時計塔を攻撃しようとしている姿を見て、手放しそうになっていた意識を掴み取った。


「待てっ……!」


 反射的にゴーレムの前に飛び出すイグニス。


「町長っ! 危ないです!」


 警備兵の制止も、彼の耳には届いていなかった。


「許さん……! これを壊す事は許さんぞ……!!」


 両手を広げ時計塔を背に、声を張り上げるイグニス。


「この塔はこの街の象徴なのだ!! 変わりゆく街の中で変わらずに建ち続け、鐘の音を鳴らし続けてきたのだ! 壊させん……壊させんぞ……!!」


 守れる根拠も力も、今の彼にはなかった。しかし体が動かずにはいられなかった。


……脳裏に浮かぶのは鐘の音を聞く自分の姿。子供の時も、成人した時も、町長になった後も……。同じ角度で塔を見上げながら、同じ音を聞いてきた。小さい頃、遠く雄大だった時計塔は、少し目線が高くなった今でも変わらず雄大に感じられた事を覚えている。


 目をつぶった彼の頭の中には、様々な光景が走馬灯のように駆け巡っていた。


 財政難を解決しようと、会議中にあがった鐘を売却する案に一人反対していた、町長になり立ての頃の自分……。

 

 時計塔の補修工事に参加して、仲間達と汗を流した若き日の自分……。


 時計塔に忍び込んで大人達に怒られまくった子供の頃の自分……。


(街の状況が変わろうと……人々の信仰が移ろおうと……この塔だけは壊すわけにはいかん……!!)


 迫りくるゴーレムの拳の風を切る音も、周りの兵の回避を促す声も、彼には聞こえていなかった。ただ最後の時まで……目をつぶった彼の心には鐘の音が響いていた……。




――ボオォォォン!




 そんな覚悟を決めた彼の意識を再び現実へと呼び起こさせたのは、強烈な破砕音と……何故かを感じる熱気だった。


 目を開けたイグニスに飛び込んできたのは、目の前のゴーレムが炎に包まれ後ろへ倒れこむ光景だった。


(この熱気は……!!)


 諦めかけていた意識が、とある光景と共に急激に呼び覚まされる。


「グオオオオオオオ!!」


 響き渡る咆哮にバッと空を見上げたイグニスの瞳には、空中を飛び回る十数匹の黒竜が時計塔と共に映っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る