第50話 乙女の成長

 筋骨隆々の肉体に青白い肌。背中から生えている大きな翼。そして……馬のような顔の額から生える一本の鋭い角。


「サラ、こいつが……!?」


「ええ、私達の里を襲った奴よ……!」


 苦々しい顔で奴を睨みながら、サラは感情を抑えて肯定した。俺達はその言葉に一気に戦闘態勢に入る。しかし奴はそんな俺達の態度に意も介せず、


「ごきげんよう『無』のパーティー。一応自己紹介しておこうか。魔王軍幹部、“怒”のケロスだ」


 悪辣な笑みを浮かべながらケロスは、上げた片腕を降ろしながらわざとらしくこちらにお辞儀をした。そして視線をサラへと移すと、


「あぁ、誰かと思えばその娘は里にいたやつか……。不完全な幼体ゆえ、街へ行っても言葉も伝わらんだろうと見逃してやったが……まだこんな所にいたのか?」


 その言葉にサラは、怒りを抑えるようにケロスを睨みつける。


「……怒っちゃダメ……! 怒りを盗られてしまう……!」


 そうか、奴はわざと挑発して……! クレアにも怒らないように言わないと……! まぁこちらは既に二人取られているのだが。


「おい皆! 奴の挑発に乗るなよ!?」


「何だか知らないけど、私はもう盗られてるんだから遠慮する事ないじゃない! ここでやっつけちゃいましょう! 『フレイム』!」


 そう言ってレアは文字スペルを放つ。……しかし、


「ダメッ!!」


 サラの叫びも空しく炎は上空のケロスへと向かっていく。その先に佇むケロスはニヤリと口角を上げた。


「愚かな……! “精神感応”!!」


 ケロスの呪詛と共に、奴の角が淡く光った。……何だ?


――ボウゥン!


 炎に包まれるケロス。しかし俺の耳に飛び込んできたのは、ケロスの断末魔ではなくの叫び声だった。


「キャアアアアア!」


 急に倒れこむレア。


「!? どうした?」


 レアの元に駆け寄ると、肌が。これは一体……!? とにかく俺はクレアに治療を頼んだ。


「“精神感応”……。奴は“怒り”を奪った相手に、自分が受けた傷と同じダメージを与える事ができるの」


 サラが忌々しく呟いた。同じ傷だって……!?


「あの能力のおかげで“怒り”を盗られた一族の大人達は反撃もできずに一方的に……!」


 その時の光景を思い出したのか、サラは感情を露にする。


「しかし、同じ傷だというのならあいつにだってダメージは通ってるんじゃ……!」


 俺のその言葉に反応したのはケロス自身だった。


「確かにダメージは通ってはいるぞ? まぁ種としての肉体強度が高い私にとっては微々たるものだがな。……心中覚悟でくる勇気があるのならくればいい。ハッハッハッ……!」


 人の心を弄ぶかのように高笑いするケロス。そんなケロスに、俺は元より考えていた計画を実行する。


「いいぜ……! 心中覚悟でやってやろうじゃねか! 降りてこいよ!」


 ……「無」で奴の文字スペルを消せば、全て何とかなるはず……! 俺は最初からそう考えていた。それには奴と接近戦に持ち込まないと……。こっちで“怒り”を盗られていないのは俺とクレアだけなんだし……。


 しかし、俺の考えは見透かされていた。


「分かる、分かるぞ『無』の小僧。お前の考えは手にとるように分かる。お前に『怒』は消させない……!」


 ちっ……。バレている……。奴が飛行能力を持っているのは計算外だった。さてどうするか……。


「なぜ私が飛んでいると思っているのか? 見え透いた罠よ……。ちなみにそこのプリーストの“怒り”も先程いただいたぞ?」


 !? クレアの“怒り”もだと……! さっきのか、チクショウ全然「運」が良くねぇじゃねぇか。


「さて、ここでお前達の相手をしている暇はない。街へ行って噴火のための最期の仕上げをしなければな」


 ケロスはわざとらしく翼をはためかせながらそう言う。


「!? ダメッ!」


 サラは思わず黒髪を揺らして叫んだ。そんなサラを見据えてケロスは仰々しく言い放った。


「これから街へ行き、親の目の前で一人ひとり子供を殺していくか……。そうすれば濃厚な“怒り”が集まるだろう……。わかるか娘よ……。街も、一族も。


「っ!!」


――グワッ!


 瞬間、サラのオーラが弾け飛ぶように強まった気がした。


「壊させない……!! この街も、皆も……! 壊させない!! 人間の感情は……そう簡単なものじゃないのよ! 変わってしまう事もあるけど、変わらないものもある! 嬉しさ 哀しさ、楽しさ……そうやって何百年と続いてきたんだから! 移ろいながら全力で生きるからこそ人間なのよ……人間の感情は……あんたが、あんたなんかが奪っていいものじゃないのよ!!」


 サラの慟哭は燦然と辺りに響いた。その叫びは俺ばかりか伝わらないはずのレア、フェリル、クレアにも届いているようだ。みんな驚いた顔をしている。しかしケロスは、己の肩のルーンを光らせながら高笑いした。


「ハハハハ!! ついに、頂いたぞお前の“怒り”! これで噴火に必要な量が溜まった!! やはり寿の生物の感情は純度が高いな……!」


「長寿……?」


 俺は幼い少女の出で立ちをしたサラを見る。しかしそんな視線を無視して、サラはケロスを睨み続けている。


「今から人間共は神の怒りを知るだろう!! 未曾有の大災害に期待するがいい!!」


 一方のケロスはそう言い捨てて、火口へと飛んでいった。


「お、おいサラ……」


 俺のその言葉にサラは、真っ直ぐにこちらを見つめた。


「……私も覚悟を決めたわ。……お願い皆、力を貸して! 貴方達の力が必要なの!」


「あ、あぁ。元よりそのつもりだが……」


「あいつにはお返ししてやらないと気がすまないわ」


「……このまま“怒り”を盗られたままという訳にはいきませんしネ?」


「この街を救う道があるならば喜んで協力いたします」


 俺達パーティーは真っ直ぐなサラの頼みに真っ直ぐに返した。


「……ありがとう、一族を代表して……ううん、この地に生きる者として感謝します。……じゃあいくよっ!」


 そう言うとサラは両手を胸の前で組み、瞳を閉じた。するとサラの体が光り輝いて……


――カッ!


「グオォォォォォ!」


 一瞬の光が止んだかと思うと、目の前には咆哮を上げるが佇んでいた。


「早く! 乗って!」


 ……サラの声をした黒竜の騎乗案内に、俺達は頭がついていかなかったのであった。

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