第51話 黒の竜の背に乗って

「ふー……。あの子達は今頃どうしているだろうか……?」


 イグニスは竜神祭の準備と通達に奔走しながら、自分が依頼したパーティーが向かっているであろう火山の方向を見た。街は急ピッチで祭りの準備が進められており、にわかに慌ただしくなっている。とはいえ街は元々賑わいを見せている状態なので、そのままお祭りに移行できるといった様子だ。


 しかし急な話にもかかわらず、役所の人間、施設の従業員、お店の店員達は誰一人嫌そうな顔をしていなかった。まるで待ってましたと言わんばかりに準備に勤しんでいる。


 やはり、この街の人間は皆この街が好きなのだ。慌ただしくも活き活きとした皆の姿にイグニスは自分の決心が間違いではなかった事を確信した。


 ……そんな活気あふれる街の賑わいとは裏腹に、火山付近では街の存亡をかけた争いが始まっているとは誰も思わなかっただろう。



        §



「あなた、しゃべれたのね……」


 現在俺達は、黒竜の背に乗ってケロスを追いかけているのだが……ここまで驚きの連続だったレアが、搾り出すように呟いた。……というか第一声がそれかよ。


「……貴方達にも聞こえる言葉で喋れるようになったのは、たぶんついさっきよ」


 レアの声に黒竜が、いや黒竜の姿をしたサラが答えた。


「おじいちゃんに言われてたの。人化の術を完成させるためには、人間の気持ちを理解しなさいって。あたしそれが何なのか良く分からなかった……。ううん、変わってしまったと思っていたイグニスを見て理解しようと思わなかったのかもしれない」


 過去の自分を省みるようなサラの独白は続く。


「でも彼の話を聞いて、彼の気持ちを理解して感情を爆発させた時に人化の術は完成したんだわ。それで人間の言葉が話せるようになったの」


「でも俺は最初から聞こえてたぞ?」


 俺の疑問に、サラは確信めいた質問で返す。


「レン貴方……『伝』の文字スペル持ってるんじゃないの?」


「! あぁ、持っている。それでか……」


 俺はアンクルの街へ向かう道中に出会ったガルムの事を思い出した。


「しかしサラちゃんがドラゴンだったとは驚きましたネ……。少し安心もしましたガ」


 黒竜の背に乗せてもらうという稀有な体験をしながら、フェリルはしみじみと呟く。安心は……おそらくベッドの割り当て的な意味だろう。


「私、ドラゴンの背中に乗るなんて初めてです……! まるで絵本の中みたい……!」


 こんなときでもクレアは、目を輝かせながら平常運転をしている。なんだかのほのんとした雰囲気の背上に若干気圧されながら、サラは気合を入れなおして俺達に指示を出す。


「……そんなことより、今はケロスよ! 奴を止めるために力を貸して欲しいの!」


「それはいいけど、どうすりゃいいんだ?」


「……やっぱりレンの『無』で『怒』を消すしかないわ」


 サラは唯一の突破口を提案する。やはりそれしかないか……。


「私達はどうするの?」


 レアの言葉にフェリルとクレアも頷く。


「私は何とかレンの『無』が届く距離まで近づくから、その間文字スペルで牽制をお願い」


「……でも攻撃当てちゃったら私達にも返ってくるんじゃないの?」


 先程の“精神感応”の厄介さにレアは少し身震いをする。


「タイミングを選べば大丈夫……。奴のが精神感応してるかに気をつけて」


「「誰と?」」


 俺達の声がハモる。


「奴の“精神感応”は、近くの対象者一人に向けて行われるわ。対象となった一人にダメージ反射は行われるはず」


「……確かにあの時肌を焼かれたのはレアだけだったな」


 俺は奴の精神感応を見た時の事を思い出す。


「ダメージ反射は誰か一人に絞られる……。私が対象になったら、皆遠慮なく攻撃して……!」


 サラは心を決めたような雰囲気で言葉を吐き出す。


「そんなことしたらお前……!」


「大丈夫、竜族はそんなにヤワじゃないわ。皆よりは耐久力がある。人間の文字スペルはドラゴンには効きにくいの。この中じゃ私が適任よ」


「サラ……」


 サラの覚悟を決めたような様子に、俺は何も言えなくなってしまった。


「この街の命運が掛かってるんだから……負けられない!」


 そう言いながらサラはケロスの元を目指して、どんどんスピードを上げて行った。



        §



「フフフ……ついにこの計画も大詰めだな……!」


 火口近くの上空では、ケロスが赤黒いオーラを身に纏わせながら呪詛を紡いでいた。


「神の怒りを知るがいい……!」


 そう言ってケロスが、己の右手に赤黒いオーラを集めていった……その時。


「……むっ!」


――ゴゥ! ボゴォォォン!


 急反転で身を捩ったケロスのいた場所を、特大の火球が通り過ぎて行った。


「外しちゃったか……」


 口元からブレスを放った後の余熱を迸らせているサラの背に乗って、俺達はケロスと対峙していた。


「ほう、まだ悪あがきするというのか……?」


 邪悪な笑みをこちらに向けるケロス。


「あんたを殺すまではね……!」


 サラは、一族の仇敵を前に殺気を隠そうともしない。


「いくわよ!」


 俺達を乗せたサラはケロスの元へ突っ込んでゆく。1+4対1の空中戦が始まったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る