第49話 スペル「運」

「少し熱くなってきたな……」


 俺は額にじんわりとにじむ汗を拭いながら呟いた。


「火口はあんなに遠いのにね……」


 隣で歩いているレアも辟易しているようだ。


 俺達パーティーは、イグニスさんの依頼をギルドを通して受け、火山の調査に向かっていた。


「しかし火山の調査ったって、具体的に何処をどう探せばいいんだよ……?」


 この広い山の中を当てもなく探したってどうしようも……。


「そうですね……。なんだか依頼内容も漠然としている気がします」


 クレアもこのクエストに違和感を感じているようだ。


「……もしかすると町長さんは私達を町から遠ざけたかったのデハ?」


 フェリルが何かを考えているように顎に手を当て、長い耳を少し垂らしながら自分の考えを口にする。


「俺達を……? 何のために?」


「さァ……? もしかしたら帰ってくる頃には祭りの準備を済ませて驚かそうとしているのかもしれませんヨ?」


「そんなバカな……」


 と言いつつ、あの人なら無くはないと思ってしまうのが怖い所だ。


「そうだとしたら俺達は何のために……。敵がいないクエストほど寂しいものはないぞ」


 俺がこのクエストのモチベーションを失いかけていると、


「敵はいるわ。“奴”が」


 先程まで黙りこくっていたサラが急に口を開いた。……というかコイツ小さい体でよくここまで着いて来たな。汗一つかいてないし。


「鐘の『怒』のルーンが剥がされたって事は、奴の所に怒りが集まっていってないはず。このタイミングで奴は必ず行動を起こす……!」


 真っ黒な髪を振りかざして、サラは真剣な眼差しでそう言い切った。


「……どうしたんだサラ? イグニスさんの所で話を聞いてから急に態度が変だけど……」


 不思議に思った俺の疑問に、サラは憂いを浮かべたような表情で俯いたまま語りだした。


「私、の事誤解してた。になったら人って変わっちゃうんだとずっと思ってたの」


 ? イグニスさんの事か?


「でも違ったの。感謝を忘れていたわけじゃなかった……。早く皆に伝えなきゃ!」


 逸る気持ちを隠そうともせずに、サラは感情を露にする。……皆? サラの言葉に俺は一族の話を思い出した。魔王軍幹部にやられたと言っていたが……。 


「なぁ、サラの一族の人って、その、大丈夫なのか?」


 俺は言いずらそうにそう聞いた。


「……殺されてはいないのは間違いないわ。そんなことしたら奪った“怒り”が消えちゃうから。だから何処かに隠れているんだと思う」


 そうなのか。だからこんな回りくどい事を……。


「奴が人を殺すとしたら……それは火山を大噴火させる時よ。だから奴を見つけて早く止めないと……!」


「確かにそうだが、この広さで見つけるのはよっぽど運がよくないと……」


 ……運? そういえばこの世界に再び来る時に、女神様が「運」を文字スペルにして渡したって言ってたな。……「運」ってどうやって発動するんだ? 常時発動型なのか?


「物は試しだ……。とりあえずやってみよう。『運』!」


 俺は手を前に掲げ、いつも他の文字スペルを使っている時のイメージで叫んだ。すると自分の中で何かが光り輝いた! ……様な気がしたのだが何も起こらなかった。


「……まぁそう上手くいくわけないか」


「どうしたのですか?」


 クレアが振り返りながら、不思議そうにこちらを見つめてくる。


「いや、何でもないんだ。ちょっと試したい事があってな」


「??」


 クレアは首を傾げながら、また前を向いて歩き出した。


 うーん……。自分で発動させるものじゃないのか……? 俺がぶつくさと考えながら歩いていると、


――ビュオォォン


 急に吹き上げるような風が俺達のパーティーを襲った。そして、


「きゃあぁぁぁ!?」


 その吹き上げる風は、俺の目の前で勾配のある山道を歩いていたクレアのシスター服を腰までめくりあげたのだった。


 ……一瞬の静寂の内に風は止んだ。が、この後巻き起こるであろう嵐の予感は止む気配を見せない。


「……レンさんっ!」


 クレアが服を抑えながら顔を真っ赤にして、怒ったような目でこちらを睨んでくる。


「ち、違う! 俺は何も……!」


「じゃあさっきのは何だったんですか!?」


 !! ……まさか「運」が!? いや確かにラッキースケベなんて言葉もあるがまさかそんなアホな文字スペルがあるわけが……。


「わ、わざとじゃないんだ! 勝手に……!」


「やっぱりレンさんが何かしたんじゃないですか!」


 くっ、誘導尋問とは卑怯なり! 俺が何とかクレアをなだめようと画策していると、


――ビュゴォォ!


 今度は吹き降ろすような風が頭上から吹いてきた。


「うわっ……」


 急な突風に俺は片腕で目を覆った。しかし目を開けるとクレアはまた俺を睨んでいる。


「ち、違う! 今度は俺じゃない!」


「今度はと言いましたね!?」


 俺とクレアが似たようなやり取りを繰り返していると、頭上から冷淡な声が響いた。


「急激な“怒り”を感知してきてみれば……まさか『無』がいるとはな……!」


 その言葉にバッと上へ顔を向けると、そこにはおどろおどろしい気配を漂わせる異形の獣人が宙に佇んでこちらを見下ろしていた。

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