第48話 届かずにいた想い

「……そうして私はこの街と、救っていただいた黒竜様のためにこの街を盛り上げようと、町長を目指し始めたのです」


 そう言ってイグニスさんは自分の過去に起きた出来事を語り終えた。しかしそうなると疑問が……


「……でも、その割には最近竜神祭が行われていないと聞きましたよ?」


 俺はそう言いながらサラを見やる。……力強く頷いているかと思いきやサラは、何か考えるように俯いていた。


「……よくご存知ですね。それに関しては耳が痛いばかりです……」


 サラの様子に首を傾げていた俺の意識は、イグニスさんの落ち着き払った声によってまたそちらに戻された。


「……町長になりたての頃の私は、やっと目標の立場に成れた事からか、熱意に溢れ様々なアイデアを出して実行に移そうと画策していました……。しかし現実はそう甘くは無い……今となっては文献の中でしか存在を確認できない黒竜に、人々の信仰もだんだん薄くなり観光客の食いつきも悪く……毎年行われる竜神祭の派手さとは裏腹に、街は資金難に陥っていきました……」


 イグニスさんは悲しい顔で街の実情を語った。


「このままでは火竜伝説が伝わるこの街が破綻してしまう……。そう考えた私は、火山の地熱を利用した温泉を作って資金難を解消することを思いついたのです。この事業を軌道に乗せるまでに色々な苦労をしましたが……結果、これは大当たり! 新たな観光客が続々と訪れ、街は資金難から解消されました」


 確かに今の街の様子を見れば、とても寂れる間近だったとはとても思えない。


「しかし、温泉地としてのイメージが強すぎた結果、この街に伝わる火竜伝説の方は鳴りを潜めてゆきました。資金がある今こそ竜神祭を行おうとしましたが、温泉事業がこの街ととても密接になってしまい……施設の維持や経営、従業員の保障など様々な忙しさにかまけている内に……いや、これも言い訳ですね……」


 イグニスさんは自分を笑うかのように言い捨てた。


「……とにかく私は街の運営の方に必死になりすぎて、本来の想いを忘れていたのかもしれません……。せめて人々が火竜伝説の事を忘れないようにと、祭りの時に使っていた鐘を一日一回鳴らす事によって、観光客の方にも火竜の事を知ってもらえるようにと行っていましたが……効果は薄かったようです……」


「……!」


 その言葉にサラは顔を上げて、何とも言えないような表情でイグニスさんを見た。


「しかし、昨夜黒竜様がいらした事で目が覚めました……! 無理を押してでも竜神祭は行うべきだったのです……! 今から私達は街を上げて、竜神祭の準備に取り掛かります!」


 イグニスさんは目の光を取り戻したかのような表情で力強く叫んだ。


「……そこであなた方に依頼があるのです」


「依頼?」 


 長々と話を聞いていたが、結局本題が分からない俺はそう聞き返す。


「失礼ながら、あの後あなた方の事を調べさせていただきました。なんでもドーターの街で魔王軍幹部を討伐した腕利きの冒険者だと……」


 !? そんな事一体どうやって調べたんだ……!? 街のトップの権力者ともなれば……恐ろしい。


「おそらく街に侵入したモンスターはあの鐘を狙ってきたのでしょう……あれは祭りには欠かせないものです。奪われるわけにはいきません」


「……それならモンスターは倒されたのですからもう安心なのでハ?」


「それならいいのですが……またいつモンスターが狙いに来るか分かりません……! という事で! あなた方にはあの火山の調査をお願いしたいのです!」


 晴れやかな顔で強引にそう言うイグニスさん。……さてはこの人何かやる事見つけたらそれに向かって一直線だな……? 俺はこの後巻き起こるであろう波乱の予感に少し顔が引きつるのであった……。 


――ゴーン……ゴーン。


 そんな嫌な予感のしている俺に、例の鐘の音が飛び込んできた。


「おや……。竜神祭の時のためにしばらく鐘を鳴らすのはお休みしようと思っていましたが、係りの者に伝えていませんでしたね……。まぁ今日ぐらいはいいでしょう」


 朗らかな顔で言うイグニスさん。


「……私は子供の頃からあの鐘の音が大好きなのです。黒竜様の所まで響き渡っている気がしてね……。お祭りの時はずっと時計塔の近くで鐘の音を聴いていたものです……。そのおかげかほら、私の文字スペルは『音』です」


 そう言って袖を捲り上げたイグニスさんの腕には「音」のルーンが刻まれていた。



        §



「……“怒り”が集まってこない……? よもやジャルドはやられたか……」


 火口付近でケロスは冷淡に呟いていた。


「まぁよい……。あと少しでこの火山を暴れさせるのに十分な怒りが溜まる……! 残りは私の手で直接集めるとするか……!」


 不適な笑みを浮かべたケロスは眼下に広がる街を見下ろし、畳んでいた“翼”を広げた。

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