第47話 火竜伝説

「全く……神聖な鐘の下でああいった事をされては困りますぞ……」


 明くる朝、俺達は昨夜来るようにと言われた役所の中でイグニスさんに軽い説教を受けていた。


「だからあれはちょっとした事故で……」


 しどろもどろになりながら弁解する俺。


「何よ……その神聖な鐘を客引きの道具に使ってるクセに……」


 隣ではサラがまた、伝わらないのをいい事に悪態をついていた。……聞こえてる俺が気まずいだけだからやめて欲しい。


「……そちらのお嬢さんは?」


「!?」


 聞こえていないはずのイグニスさんに指されてビクッとなるサラ。


「あーっと……この子は俺達のパーティーの仲間で、ちょっと遠い所から来たんで言葉が伝わらないんです」


「……」


 黙ったままサラを見つめているイグニスさん。


「……まぁ、よいです。今日は貴方達にお話があってここに来ていただきました」


 サラから外した目線をこちらに向けたイグニスさんは、俺達に本題を話し始めた。


「だからあれは事故だって……」


「その事はいいのです。……いえ、決して良くはないのですが……あれが無くとも今日は来てもらおうと思っていました」


 ?? あれじゃないとすると一体なんだろう。


「昨日、貴方達はモンスターを見たと言いましたね?」


「は、はい……」


「それは本当ですか?」


「本当でス! レン殿は戦闘で怪我も負ったのですかラ!」


 ……まぁ後ろから斬られただけだが。


「今は治っているようですが……?」


「ウチのパーティーには優秀なヒーラーがいるのよ! それにクリスタルもあったでしょう!?」


 レアが反論する。


「……あらかじめ持っていた物を置いただけかも知れません」


「なんでそんな事するのよ!」


「……例えばあの鐘を狙って時計塔に侵入したとか。そして侵入がバレて咄嗟にモンスターがいたという隠蔽工作をしたとしたら……?」


 ……このオッサンちょいちょい鋭いよな。俺はイグニスさんの推理に少し感心した。


「ぐるるる……」


 隣ではまたもやサラが、今にも飛び掛りそうな勢いでイグニスさんを睨んでいる。そんな肉食獣みたいな声を出すな。女の子が出していい声じゃないぞ。


「……」


 そんなサラの様子をイグニスさんは涼しい顔でいなし、こちらを見据えていた。……のだが、


「フッ……わかりました。信じましょう」


 急にそんな事をいいながら穏やかな顔に戻った。


「へ……?」


 目の前の人物の、いい意味での豹変に俺はマヌケな声を出してしまった。


「……実を言うと最初から疑ってなどいませんでした。試すような真似をして申し訳ない。この街の代表者としてやっていくにはああいった老獪さも必要なものでしてな……ハッハッハッ!」


 さっきまでの糾弾するような雰囲気が嘘のように、イグニスさんはいたずらが成功した子供のごとく無邪気な笑いを見せた。


「でも昨日のお昼に来たときは……」


 俺は、にべも無くつき返された昨日の事を思い出す。


「……正直申しますと、ああ言ってあの鐘を狙いに私の所へ来る旅行者も少なくないですのでな」


「じゃあ、何故今になって……?」


 不思議に思ったクレアは金髪を揺らしながら首を傾げて質問する。


「あの焦げ跡を見たからです」


 堂々と答えるイグニスさん。


「……そんなの文字スペルでつけたのかもしれないじゃない」


「いいえ、あれは確実に黒竜のブレスによるものでした。昨日あの場所には確実に黒竜様が来ておられたのです」


 そう言い切るイグニスさん。


「どうして断言できるのですカ……?」


「それは……ブレスを“この目”で見た事があるからです」


 ……そう言って懐かしい目をしたイグニスさんは、いまだ脳裏に焼きついている想い出の事を語りだした。




        §




 当時幼かった私は、この街に伝わる火竜伝説の話を聞いてもイマイチ信じる事が出来ませんでした。


 そこで親の目を盗んで友達と集まり、火竜を見に行こうと、入る事を禁じられていた火山に皆で探検しにいった時のことです。


 ……しかし山の中心に近づくにつれ高まっていく熱気に、子供の私達は一人、また一人と途中で座り込み断念していきました。そんな中残った私は絶対に火竜を見つけてやるという思いで一人山道を進んでいってしまったのです。


 ……しかしそれが間違いでした。まっすぐに山頂を目指していたつもりが、足は無意識に歩きやすい方へと向かい、帰り道も分からぬような森の中に迷い込んでしまっていたのです。


 体力もすり減らし、とぼとぼ歩く私は友達の名前を叫びました。しかし返事は返ってこない……。そんな事を続けながら歩く私に返ってきたのは友の声ではなく、腹を空かしたように「グルルル……」と唸るフレイムベアーの唸り声でした……。


「ハッ……ハッ……」


 あの時ほど命の危険を感じた事はありません……。私は残る力を振り絞り懸命に逃げました。しかし所詮は子供の歩幅、直ぐに追い詰められてしまい、体力も残っていない私はその場にへたり込んでしまいました。


 迫る巨体。伸びる鋭い爪。私が恐怖と脱力感に意識が朦朧としてきた時……!


「グオオオオオオオ!!」


 けたたましい強者の轟音が辺りに響いたのです。私はその時初めて黒竜を目の当たりにしました。生命の危機をフレイムベアーに感じさせるその咆哮は、なぜか私には頼もしく感じたのを覚えています。


 現れた黒竜は口から弾けんばかりのブレスでフレイムベアーを追い払い、私を助けてくれたのです……。その破壊力と熱気を感じた所で私の意識は途絶えました……。


――


 気がつくと私は街の門の近くで両親に抱えられていました。なんでも途中で断念した友達が街の大人たちに助けを求め、慌てて捜索に乗り出した私の親も火山へ向かおうとした所、火山へ続く道の門の前で倒れている私を発見したそうです。


 私は黒竜に助けられた事を友達に話しましたが誰も信じてくれませんでした。しかし私の両親は、「守り神の黒竜様が助けてくれたんだ、感謝しなさい」と信じてくれました。


 ……その時の両親の言葉が本心からだったのかは分かりません。しかし私の身に起こった出来事は紛れも無い真実なのです……。

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