第46話 肩車にもご用心
上空から響いてきた轟音は地上にいる俺達にも届いてきた。
「今のは……」
「……おそらくあの黒竜のブレスでショウ」
凄まじい音に反応しているのか、茶色い髪から伸びる耳をピクピクさせながらフェリルは上を眺めている。
「すごい威力だな……しかし何故俺達を助けてくれたんだ?」
「この街の守り神と言われる生き物ですからネ……彼らもこの街の異変には気づいていたのかもしれませン」
サラの話だと捕まっているらしいが他にも居たのか。
「とにかく上へ行ってみよう! 結局鐘も調べられてないし」
俺達が上へ向かおうとしていた時、先程の音につられてか町長のイグニスさんが、昼間役所で見た顔を数人引き連れて駆けつけてきた。
「どういうことですかこれは!」
「いや、あの~……」
俺がどもっていると……
「モンスターが現れたのよ! やっぱりあの鐘を狙っていたんだわ!」
レアが助け舟を出してくれた。それにピンときた様な顔をしたフェリルは、
「そうでス! それで私達は街を守ろうとモンスターと交戦していたのデスガ……ピンチに陥った時! 黒竜が現れて私達を助けてくれたのでス!」
「なんと……! それではやはりさっきの音は黒竜様の……!」
イグニスさんは感嘆と驚きが混じった様な声で言葉を吐き出した。
「と、とにかく上へいってみましょう! まだモンスターがいるかもしれません!」
「そうですな……!」
そう言ってイグニスさんを促す役所の人達に続くように、俺たちも時計塔の中へと急いだのだが……
「はぁ~……また登るのかよ……」
こんな短時間に2回もこの塔を登る事になるとは思わなかった。俺がため息をついていると、
「何をしているのですか? こちらです」
役所の人が俺達に声をかけた。 ?? 俺が首を傾げてついて行くと、奥の部屋には大きな転移陣が敷かれていた。
「これはま、まさか……」
俺が恐る恐る聞くと……
「はい? 屋上までの転移陣ですが……。まさか毎日階段で行くわけには行きませんからね」
「そ、そうですよね……はは……」
エレベーターあったんじゃねぇがチクショー! ……俺の心の叫びは誰にも届く事はなかった。
§
「うぉ……こりゃすげぇな……」
再び登ってきた屋上には、まだ冷めやらぬ熱気と共に戦闘の爪あとが色濃く残っていた。
「手すりがこの部分だけ綺麗に消し炭になっていますネ……」
跡形も無くなった手すりの場所から放射状に、焼け焦げの跡が床に広がっている。ん……?
「……これは……」
俺は焦げ跡の近くで何かを見つけて拾い上げた。それは大き目のクリスタルだった。
「イグニスさん! やっぱりモンスターはあの黒竜が倒してくれたみたいです。……ほら、これ」
俺は拾ったクリスタルをイグニスさんに見せて渡す。
「黒竜様が……」
イグニスはクリスタルを見つめながら呟く。
「これ、ここを直す資金にしてください。この鐘を守ろうとした黒竜もそれを望んでいると思います……」
「……」
俺のもっともらしい一言に何か感じる所があったのか、イグニスさんはそのまま遠くの火山を見つめていた……。 ……なんとか誤魔化せたか?
「レンさん……こっちこっち」
忍び声のする方へ目をやると、鐘の下でクレアが手招きをしている。
「どうした?」
――チョイチョイ
クレアは周りを気にしながら無言で上を指差す。指を向けるままに俺が見上げると……
「……!!」
鐘の中に「怒」と描かれた
「あれじゃないですか……?」
「ああ、当たりだったみたいだ。しかしそこそこ高さがあるな……」
俺は「無」で消そうと試みたが手が届かない。
「……肩車しましょうか?」
「いっ……!?」
クレアが突然の提案をしてきた。確かにクレアの背丈なら下になってもらえれば届くかもしれないが……
「……大丈夫なのか?」
「はい! クラレが動いてる分私もそこそこ力はあるんですよ?」
クレアが無垢な瞳でまっすぐに俺を見てくる。……いや心配してるのはそこじゃないんだが……まぁ、本人がいいって言ってるんだからいいんだろう。
「おい……! レア、フェリル。」
焦げ跡を見ていたレアとフェリルが俺の声に気づいて近づいてくる。
「鐘の中に
「肩車って……アンタ、クレアの上に乗るの?」
「逆でどうすんだよ、クレアじゃ消せないだろうが」
俺の言葉にレアは難しい顔をしている。
「……わかったわ」
そう言って不機嫌そうにこっちに背を向けて立った。……こいつホントに“怒り”奪われてるのか……?
「じゃあレンさん……どうぞ」
そう言ってクレアはしゃがむ。
「あ、あぁ……」
俺はその上に足を回してクレアの肩に座るように乗った。
「いいですか……? いきますよ……? んっ……」
先入観からか少し色っぽく聞こえた気がするクレアの声をよそに、俺の体は持ち上がった。
「おっと……もうちょい右……よし、そこだ」
俺は「怒」の
――パキイィン
割れるような音と共に鐘に刻まれた
「よし……! これで大丈夫なはずだ! ……もういいぞ」
「はい! っと……きゃあ!」
「うわっ!?」
クレアが俺を降ろそうとしゃがもうとした時に、シスター服の裾を踏んだらしい。バランスを崩し後ろに仰け反った。上に乗っていた俺は、下の急激な動きに反射的にバランスをとろうとして、前のめりになってしまった。……結果、俺は頭から落ちるように前へ……
――ドスンッ!
「!? なんだ!」
俺達の倒れる音にイグニスさんはおろか、役所の人やレアとフェリルも振り向いて……その場に居た全員の視線が俺達に向けられた。
「いっててて……」
「うぅ……すみません……。……え?」
バランスを崩し倒れた俺は、あろうことかクレアに覆いかぶさっていた。……それだけならまだいい。いや全く良くはないのだが、さらに問題なのは二人の体勢だった。クレアは尻餅をつく様に後ろへ……俺は頭から落ちるように前へ……。つまり二人は上下互い違いに覆いかぶさっているわけで……。
「っっっ!!!」
クレアの声にならない悲鳴が俺に伝わってくる。……耳ではない別の所から。
「す、すま「し、神聖な鐘の下で何をやっとるんじゃお前たちはーー!!」
俺が謝るより早く、イグニスさんの怒声が響き渡ったのであった。
§
「もう、何やってるのよ……」
ホテルへの帰り道、俺はレアに呆れた様な声をかけられていた。……“怒り”が奪われてなければレアの態度はこんなもんじゃなかったな……。俺は屋敷での風呂場の一件を思い出しながら身震いする。今だけは助かったぞありがとう名も知らぬ魔王軍幹部とやら。
「いや、事故なんだって……! ごめんなクレア」
「いえ……私は大丈夫です……」
言葉尻をしぼませながらそう言うクレアは顔を赤くしながら俯いている。
「しかし、町長さんには呼び出し食らっちゃいましたネ。明日話があるから役所にきてくれ、と」
意地悪そうにフェリルが言う。
「まいったな……ま、まぁ鐘の
何とか話題をそらそうと、足早にホテルへの歩を進める俺。
そんなこんなでロビーに着いた俺達は、昼間に話した通り俺と、女子3人に分かれて部屋に戻る。
「そういえばアンタ、部屋の鍵閉まってなかったわよ。無用心だからちゃんと閉めときなさい!」
去り際にレアにそんな事を言われた。……? 鍵は閉めていったと思ってたが……。 確かにドアノブを捻ると開いている。
おっかしいな……と思いながら部屋に入ると、サラが既にベッドで眠りこけていた。
「全く、あれだけ着いて行かせろとせがんでたのに暢気なやつだよ、コイツは」
色々あって疲れていた俺は、微笑みながらスヤスヤと眠るサラの乱れた布団をかけ直してやり、自分も逆側の布団に潜り込み倒れるように眠ってしまったのであった……。空いていた鍵には気にも留めず……。
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