第41話 黒の少女のSOS

「わぁ~……!」


 クレアがいつもの様に目を輝かせている。……やはり箱入り娘だったせいか、新しい物や好奇心をくすぐられる物に関して彼女は食いつきがいい気がする。


 ……しかし彼女ならずともこの光景は興奮するだろう。


 アンクルの街の門を潜り抜けた俺達の目の前に広がっていたのは、ドーターの祭りの賑わいなんか比べ物にならないくらいの人ごみの多さだった。


 立ち並ぶ屋台、お店。飛び交う客引きに様々な格好をした人々。フランス人形のように整った白人の人もいれば、浅黒く焼けたガタイいいおっちゃんも歩いている。……ネコミミ生やした女性まで歩いているが、あれはフェリルの親戚みたいな認識でいいのだろうか。


 しかしそれ以上に目を引くのは、なんと言っても奥にそびえる雄大な火山。麓辺りでは温泉が点在しているのか湯気が上がっているのも見える。すぐにでも硫黄の匂いがしてきそうだ。


「こりゃすげぇな……さすが一大観光地なだけある」


「でもこれだけ人が多いとやっぱりガルちゃんは無理だったみたいね……」


 そう、街の入り口でおっちゃんと別れる時にガルムも森に帰ってしまった。


「まぁ今度ドーターの屋敷にも来てもらおうぜ、『孤』も無くなったことだし」


「……そうね!」


「『孤』が無くともあの巨体が街を歩いていたらビックリすると思いますけどネ」


 ……確かに。


「それで、どうする? とりあえずホテルにチェックインするか?」


「そうですネ。街を散策するのはその後でもいいかト」


 そう決まった俺達一行は宿泊券に指定されたホテルへの道を歩き出した。



――


「しかしなんて人の多さだ……レア、手繋いでやろうか?」


「子供扱いしないでよ!」


 俺のからかいに目くじらを立てるレア。


「つっても見た目は明らかに子供だからなー……っと」


――ドンッ


 俺は前から来る人にぶつかってしまった。


「す、すみません……」


「あぁ、良い良い! 兄ちゃん達この街は初めてか?」


 ガタイのいいお兄さんはフランクに話しかけてくる。


「はい、まぁ……」


「そうか! この街は楽しい事だらけだぞ! 満喫して帰れよ!」


 そう言うと俺の背中を叩いて行ってしまった。


「テンション高い人が多いな、さすが火の街……?」


「そうですネ……。というかこれだけの人が入り乱れているのに怒っている人が一人もいませン」


 フェリルが感心した様に呟く。


「確かに皆笑ってるな……。まぁあの人が言うとおり、折角来たんだから楽しもうぜ」


 しかしホテルに着いた俺達にさっそく難題が降りかかってきたのであった。




        §




「ダブルベッドが2部屋ですって!?」


 フロントに着いたレン達の耳にレアの叫び声が響いてきた。


「はい、この宿泊券だとそうなりますね」


 受付の人が笑顔で返す。


「でも、私達は男1の女3なのよ!」


「そう言われましても……」


 困り顔で応待するフロントの人を見かねてフェリルが口を挟んだ。


「あー大丈夫でス、それでお願いしまス」


「ちょっとフェリル!」


「仕方ないではありませんカ。そういう手配だったのですかラ」


 そう言いながら部屋の鍵を受け取るフェリル。


「……レア殿が嫌なら私がレン殿と同部屋でも構いませんヨ?」


 フェリルはそう耳元で囁く。


「い、嫌とは言ってないわ!」


「そうですよネ~。何せお風呂に突撃する度胸があるんですもんネ~」


 衝撃暴露をするフェリルの顔はしてやったりのニヤニヤ顔だ。


「な、な、何でアンタがそれを知ってるのよ!」


 顔を真っ赤にするレア。


「……あれで隠せると思ってる方が不思議ですヨ~。……では相部屋はワタシということデ……」


「何でそうなるのよ! アンタと一緒だと何するか分かったもんじゃないわ! ……クレアはどうなのよ?」


「……私もレンさんなら一緒でも構いませんけど……」


 少し俯きながらそう言うクレア。


「……」


 そんなクレアの様子に顔を見合わせるレアとフェリル。


「……これは“少し”話し合う必要がありそうね……」


「エエ、そのようでス……」


「前々から思ってたけどはっきりさせるいい機会だわ……」


 そうこぼすレアとフェリルの目は据わっていた。


「なぁ、とりあえず部屋に荷物置こうぜ。周りの視線が痛いんだが……」


 ただならぬ雰囲気を察知した俺は、空気を変えようと話題をそらす。……そらせていないどころか問題の先送りなだけの気もするが。


「そうですネ……とりあえずベッドは寝る時に決めれば良いですし、まずは男女で分かれますカ」


「ええ、“女”だけで積もる話もあるみたいだし、ね?」


 そう言うと女性陣は、俺の提案通りにそのまま鍵を一つ取って行ってしまった。……張り詰めた空気の中立ちすくむ俺を残して。




        §




「おーホントだ分かる様になってる! あの女神、初めて仕事したな」


 俺はこの街の冒険者ギルドにやってきていた。……あの後部屋に荷物を置いた俺は、これからどうするか女子部屋に聞きに言ったのだが……


「……ちょっと女同士の込み入った話があるから適当に時間潰してて」


 と、門前払いされてしまった。


 そんなこんなで俺は一人で観光に行くわけにもいかず、この街のクエストのレベルでも見ておくかとギルドにやってきていた。


 そして張り出されているクエストを読んでいたのである。……そう、


 再転生の際、この世界の文字が読めないという不満をぶつけてみた所、「あーその辺もいじっとくわ」と投げやりに返されたため不安だったがしっかり理解できるようになったようだ。


 なになに……? 素材採取系が多いな……。火山に行くクエストも結構ある。何かいい文字スペル覚えられそうなのないかな……?


 そんな事を考えながらボードを眺めていると……


――バタンッ!


 一人の少女がギルドに駆け込んできた。真っ黒な髪に真っ黒なローブを着ている。


 一目散に受付のお姉さんの所に行って何かを訴えかけているが、ジェスチャーばかりで何やら通じていないようだ。……そういやこの世界って言葉の違いとかってあるのか? あの女神、まさか1言語にしか対応させてないってんじゃないだろうな……。

 

 そんな事を懸念しながら見ていると、その女の子は受付の人に通じていないと分かるや否や、そこらへんにいた冒険者に片っ端から声をかけ始めた。


 近づいていっては袖をクイクイと引っ張り、何かを伝えようとしている……がどの人にも成果は出ていないようだった。


 そしてその子は俺の所にも来て同じように袖を引っ張った。


「あなたは……!? 私の言っている事分かる!?」


 おー伝わる伝わる。一安心した俺はその少女に声をかけた。


「あぁ、分かるぞ。どうしたんだ?」


「!! やっと見つけた! 伝わる人!」


 少女は安堵したような顔を一瞬で戻して、緊迫した表情で叫んだ。


「助けて!! この街がの!!」


 少女の突然の訴えに、俺は唖然とするしかなかった……。


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