第37話 裸の告白

 俺は、何度目か分からない痛みに腰をさすりながら、やはり乱暴な着地を遂げていた。


「いつつつ……何処かに送られる時はこればっかりだな」


 俺がそうボヤいていると……


「「レン!!」」


 その声に顔を上げると、見知った顔が並んでいた。


「おお! 久しぶり……なのか? とにかくお前らの所に出れてよかったよ。レア、フェリル、クラr……」


――ボゴォォン!


 轟音と共にクラレがクラレにぶっ飛ばされていった。……え?


「レン(殿、さん)~!!」


 目の前で起こったあまりの出来事に思考がフリーズしている中、三人がなだれ込むように飛び込んできた。


「わっぷ……どうしたんだお前ら……って今度はクレアじゃねぇか」


 そのまま手合わせでも申し込まれるのかと思ったが、クラレに戻っている事に気づいて安心する。……よく見ると皆少し涙を浮かべていた。


「よかったです……レン殿……」


「バカッ……心配したんだから……」


「ご無事で何よりです……」


 ……皆の反応に少し気恥ずかしくなる俺。


「あーまぁなんだ、その。……ありがとな、みんな」


 色々聞きたい事はあるが、まずはまた会えた喜びを噛み締めた俺であった……。




        §




「いやーまぁ色々あってな……」


「色々あってじゃないわよ! 一週間も何の連絡も寄越さないで……」


 俺は屋敷までの帰り道、久々に会ったらしい仲間達に質問攻めにされていた。


「だからえーっとだな……なんて言ったらいいか……」


 俺はどう説明すればいいか悩んでいたが、ついに……


「だぁーもう! 一回死んだけど女神様に蘇らせてもらったの!」


 取り繕う事を放棄して、自分に起こった事を素直に言い放った。すると三人は……


「……」


 互いに顔を見合わせた後、


「まぁ、いいわ。帰ってきたんだから良しとしましょ」


 生暖かい表情をみせて、何故か納得した。……オイちょっと待て。


「お前ら何か勘違いしてないか? 俺は本当にだな……」


「『癒』!」


 ……急にクレアが俺に文字スペルを使ってきた。


「クレアさん? 何故今俺に回復魔法を?」


「お疲れかなと思いまして」


「……」


 三人とも俺と目が合わない。


「おいお前ら! 俺達は仲間だろう! 仲間のいう事を信じられないのかよ!」


「さぁ着きましたヨ! 我が家でス!」


「聞けよ!」


 そう言うと三人は小走りで屋敷の中に入って行った。全くあいつらは……今後は仲間としての意思疎通の重要性を説かなければ……。


 そう言いながら俺も後に続いて玄関を通ると、


「「「「おかえりなさい!!」」」


 三人が満面の笑みで立っていた。……まぁいいか。今はこれで満足するとしよう。


「……あぁ、ただいま!」


 上がろうとする口角を抑えながら俺はそう返すのであった。




        §




「おい、なんだこの惨状は……」


 一週間空けていた(らしい)屋敷のリビングは埃被っていた。俺の責めるような視線に三人とも目線をそらす。


「イヤ~……アハハ」


 力なく返すフェリル。


「……しょうがないじゃないの。アンタを探しててそれどころじゃなかったのよ」


 拗ねたように返すレア。


「……個人の部屋はここまでではないと思います……」


 恥ずかしそうに俯くクレア。


「はぁ~……とにかく掃除するぞ!」


 久しぶりに全員揃ったパーティーの初めての仕事は自宅の清掃だった……。



        §



「クエストも行ってなかったのかよ……あの家割引いてもらった分がなけりゃどうしてたのやら……」


 買出しの帰り道、俺とレアはすっかり落ち着きを取り戻したドーターの街を歩いていた。


「当たり前でしょ……アンタがいなかったんだから……」


「俺がいなくてもクエストはこなせるだろう?」


 正直言ってウチの三人娘のポテンシャルは高い。簡単なクエストなら何も問題は無いはずなのだが……


「……そういう問題じゃないわよ」


 ?? そっぽを向くレアに俺は首を傾げる。


「まぁいいわ、今日は私達がゴハン作るからアンタは自分の部屋を掃除してきなさい!」


 そういってレアはバシンと俺の背中を叩く。……が支えが片手になった紙袋が俺の方に倒れ掛かってきてしまった。


「っとと……」


 俺はそれを慌ててキャッチして支えた。ただでさえ小柄なレアが抱えるには大きすぎるほど買い込んでるのにコイツは……


「おい、(背丈が)小さいのに無理するなよ」


「なっ……! 何で小さいってわかるのよ! 触っても無いくせに……ハッ!」


 ?? よく分からない返しをしてくるレア。


「……まさか……いやあれは違うわ、確実に偽者だった筈よ……だからノーカンよノーカン……」


「何をブツブツいってるんだ……?」


 急に様子のおかしくなったレアを覗き込む俺。


「な、なんでもないわ! !! そうだアンタ、今日お風呂入りなさいよ!」


「はぁ? いわれなくても入るが……?」


「そ、そうね、入るのは一番最後にしなさい!」


「?? いつもそうだろ?」


 本当にどうしたんだコイツは……?


「そうと決まれば早く帰るわよ!」


 そう言いながらレアは一目散に屋敷へと入っていった。


「なんだぁ……?」


 俺はその後姿をただ見つめる事しか出来なかった……。



        §



「ふー……大した荷物も無いしそんなに変わんないな」


 俺は自分の部屋で荷物を整理していた。整理といってもベッドと軽いテーブルがあるくらいで大したものも置いてなく散らかってもいない。……いやベッド自体が散らかってるのだが、誰か寝たんじゃないのかこれ。


付加剣エンチャント・ソードは……ここにあったのか。フェリルがここに置いておいてくれたのか?」


 俺はベッドに立て掛けてあった愛剣の感触を確かめる。後は……っと。


 テーブルの上には俺の分の金が入った皮袋や祭りの時に露店で手に入れたもの達が置いてあった。


 なんかの置物やら素材に使えるからと推されて買った綺麗な石やらそうでない真っ黒な石やら……。完全に祭りテンションだったなあん時は。


 そんな中俺は、何やら目録のような紙束が目に入った。


「これは……? あぁ、そういや当てたなこれ」


 そうだ! 後でどうするか聞いてみるか。


「レン殿~!夕食の準備ができましたヨ~」


 そこで俺はお呼びがかかったので思考を中断しリビングに降りていった。


――


「おぉ……」


 そこには食欲をそそられる品々が湯気を上げていた。


「ポルクル肉のトマト煮込みです。美味しく出来たかどうかは分かりませんが……」


 控えめに説明するクレアだが何だか食事自体が久々な気がする俺にとってはとても魅力的に見えた。


「どうよ、すごいでしょう! 皆で作ったのよ!」


「レア殿の担当はサラダだけでしたけどネ」


「い、いいじゃない! 勝利はパーティー皆で作り上げるものよ!」


 少し顔を赤くして胸を張るレア。


「いいから早く食べようぜ。もうペコペコなんだ」


「そうですネ。では……」


「「「「いただきまーす!」」」」


 その言葉を皮切りに俺は目の前の料理をがっついた。


「うまい……!」


 ポルクル肉というのは初めてだったが鶏肉みたいで普通に美味しい。トマトの味もよく染み込んでいる。


「よかったです……」


「クレアはいいお嫁さんになるな」


「!! そんなお嫁さんだなんて……」


 何やら照れるクレア。……そんな光景を見てフェリルの目が妖しく光った。


「おやおやぁ~? レン殿? あの夜プロポーズしてくれたのは嘘だったのですカ?」


「ゴホッゴホッ!!」


 フェリルの急なブッコミにむせてしまう俺。


「!? ちょっとレン! どういうことよ!!」


 レアがテーブルから身を乗り出してくる。


「いやあれはその場のノリというかなんというか……」


「酷いですネ~……あの夜はあんなに激しかったというのニ……(戦闘が)」


 おいフェリル! その気も無いのに紛らわしい事言うんじゃねぇ! 泣くふりしても口角上がってんの見えてるぞ!


「まぁ……!」


 クレアはただただこの喧騒を微笑みながら傍観している。助けてくれてもいいんだぞ?


「ちょっと聞いてるの! レン!」


 急に賑やかになった夕食のさなか、俺は不覚にもこのパーティーに戻ってきた実感を噛み締めて少し嬉しくなるのであった……。


「何笑ってるのよレン!」



        §



――カポーン。


「やっぱ家の風呂は落ち着くなぁ……」


 ご飯を作ってもらったからと、洗い物役を買って出た俺はその間に風呂を済ませた女性陣と入れ替わりで湯船につかっていた。


「色々あったが、やっぱりこっちに戻ってきて良かったかな……」


 俺はしみじみとそう零す。


「……女の子の手料理を食べる機会なんてあっちじゃないもんな」


 ……そっち方面に関しては思わず現金な考えをしてしまう。


「しかし、何か忘れてる様な……」


 俺が何かを思い出そうとした時……


――バァン!


「レ、レ、レン! せ、背中流しに来てあげたわよっ!」


 ……明らかにどもったレアがタオルを巻いて勢い良く扉を開けた。



――



 何だろうこれは……。


 俺は今異世界で同じ年頃の女子に背中を流してもらっている。


「痛くない……?」


「あ、あぁ」


 今度は逆にどもってしまうレン。……いざとなるとヘタレてしまう、などと言ってくれるなよ。この状況でこうならない高校生がいるなら教えてほしい。


「……というか急にどうしたんだよ? お前さっき入ったんじゃないのか?」


「そ、そうだけど……! アンタが久しぶりにお風呂に入るっぽかったからしっかり洗ってあげようと思ったのよ!」


 急に早口で喋るレア。


「……なんだそりゃ」


 ……。何とも言えない沈黙が流れる。


「ホントはね……不安だった」


 ぽつぽつと語りだすレア。


「アンタがこのまま帰ってこないんじゃないかって。生きてるとは思ったけど……私に愛想尽かしちゃったんじゃないかって」


「……」


「私、いつもこんなでしょ……? 人付き合いが下手なのも『孤』のせいにしてたけど……ううん、きっと私がこんなだから『孤』が発現したの」


 レアの独白は続いた。


「……だからアンタがパーティー組んでくれて嬉しかった。と同時にアンタがいなくなるのが怖かった……」


 背中から聞こえてくる小さな声に俺は耳を傾けていた。が……


「あのな……俺だってお前には感謝してるんだぞ?」


「え……?」


「俺は遠く離れた場所からここにきて右も左も分からない状態だった。そこに声をかけてくれたのがお前だったんだ。……多少強引だったがな」


 今度は逆に俺の言葉を黙って聞くレア。


「それに嫌な奴だと思ったらパーティーなんか組まないさ。俺はお前が優しい奴だと思ったから組んだんだ。それにこれでもお前を尊敬してるんだぜ? ずっと一人だったのにこんなに前向きな奴は珍しいよ」


 俺は少し振り向いてニカッと笑う。


「レン……」


「それに今じゃフェリルとクレアもいるだろ? 皆大切な仲間だ。その仲間に黙っていなくなる様な事はしないよ」


「……約束よ?」


「あぁ、約束だ」


 その言葉にレアは安心したように微笑む。


「分かったわ。信じてあげる!」


「信じてあげるって……お前なぁ」


 そう言いつつもいつもの調子に戻ったレアに俺も一安心する。


「さぁて! また四人揃ったんだから明日からバンバンクエストこなしていくわよ! なんてったって私達は幹部を倒したパーティーなんだから! これからはドーターだけじゃなくて他の街の難しいクエストもどんどん受けていくわよ!!」


 ん? ? そうだ!


「思い出した!!」


 忘れていた事を思い出した俺は思わず立ち上がった。……タオルを腰にかけているだけだったのは忘れて。


「っっっ!!」



――その夜、誰の声にならない悲鳴が屋敷に響き渡ったかはご想像にお任せする。

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