第32話 フェリルの気持ち
「レン……」
涙で濡れた枕も乾いてしまったベッドの中で、私は声にならない声でつぶやいた。
――レンが消えて一週間。
あの後、目覚めた私はレアとクレアに矢継ぎ早に事情を聞かれた。一体何があったのか、レンが帰ってこないけどどうしたのか、その傷はどうしたのか……。
私は全てを話した。私が時間を繰り返していた事……。レンと戦った事……。レンが時計を持って出て行った事……。
あまりにも常識離れした話だったが、二人は信じてくれた。レン同様に、二人も最後の日の私の様子から何かを感じ取っていたらしい。
私が全て話し終わった後、二人は放心状態のように唖然としていた。が、レアは……
「アイツがいなくなるわけ無いわ!!」
と、街へと探しに出て行った。……毎日探し続けているらしい。
クレアは部屋どころかベッドからも出ない私を気遣って様子を見に来てくれている。
「大丈夫ですよ……」と微笑みかけてきてくれるが、端から見ても無理をしているのは明らかだった。
そして私はといえば、塞ぎこむようにベッドの中でレンとの日々の事を反芻していた……。
§
過去の私は、ソロで冒険者をしていた。あの頃の私は間違いなく自分の力に溺れていた……。発現した「奪」の能力と、同世代では圧倒的な魔力と身体能力で自分は何でも出来るのだと信じて疑わなかった。
種としての数が少ない耳長族は過去、迫害や人身売買の対象となってきた、と小さい頃に村で教わったことがある。だから一人前になるまでは一人で村の外に出てはいけませんと。その事に対してずっと疑問が残っていた事を覚えている。
うちの家系は代々戦闘用の
得意気になった私は外で冒険者をやる一方で、正義感にかられ、自分の能力を活かして裏で人身売買を行っているような悪徳貴族の屋敷に侵入し、不正の証拠の書類を盗みだしては王室や役所に秘密裏に届けていた。
貴族達が処分を下されるたび、私は自分のやっている事が正しい事だと確信していった。……それが過ちだと気づかずに……。
そんな生活を続けていくうちに、裏の貴族達の間では私の事が噂になっていたらしい。うまくやっていたつもりだったので私個人の情報は割れなかったのだが、貴族達は数が少ない耳長族なせいか、その出身地に当たりをつけたらしい。
――その情報を聞きつけた私は急いで村に帰った。……だが、到着した私の目の前に広がっていたのは、私が生活していた頃とは見る影も無くなっていた焼け野原だった。
貴族達の中に「操」の能力者がいたらしい。操られ暴走したモンスター達はうちの集落を襲った。小さな集落なのでそれほど人はいなかったせいか、他の家の人達はなんとか逃げ延びたらしい。
しかし、戦闘用
家の瓦礫の下で倒れている両親を見つけた時ほど、回復スペルを覚えていなかった事を後悔したことはない。泣きながら謝り続ける私に、「無事でよかった……」とかすかに残った力で私の手を握りながらそう言い残し事切れた父に私は感情を爆発させた。……そのときだろう、「奪」が暴走してしまったのは。恐らく父と母の
そこからの私は絶望し、荒れに荒れた。後悔と罪悪感が襲い、魂の抜けたような顔で自分のやるべき事も分からずにフラフラしていた。
そして生きる気力も無くなってこの街にたどり着いた時、私の耳を見るなり無邪気な顔で勧誘してくるレンと出会ったのだ。
レンに仲間になってくれと頼まれたとき、最初は断った。もう冒険者をやる気にならなかったからだ。
しかしレンは何度も何度も私をスカウトしにきた。ある時、何故そんなに私の所へ来るのかと質問した事があった。するとレンは、王城で侵入者の耳長族に助けられたのだと答えた。
私はその話に食いついた。この地域にまだ冒険者をやっている耳長族がいる!? しかも王城へと乗り込むその無鉄砲さに、私はその人物と過去の自分を重ねた。……そして私のような事が起こる前に止めなければ! と思った。
……私はその耳長族を探す事を条件に、レンのパーティーへ加入した。……最初はそれが目的だった。
しかしレンとその仲間達との冒険は、ずっとソロでやっていた私にとってとても温かく眩しいものだった。
クエスト達成に一喜一憂し、頼られる事が嬉しかった。レンと朝稽古したり、レアと買い物にいったり、クレアと家の掃除をしたり……。そうした日々は空っぽになりかけていた私の心を満たしていってくれた……。
この街で冒険者として生活していく途中、何気なく入った店で姉とも再会した。……例の件を話し謝罪する私を、姉は「フェリルのせいじゃない」と優しい笑みで許してくれた。
その時私は、
何故アカデミーを辞めてこんなはじまりの街で店をしているのかと聞くと、「地価が安いからじゃ」とあっけらかんと姉は答えた。……が、何年一緒にいたと思っているのか。姉の考えている事が分からない私ではない。
心配してくれている姉に感謝しつつ、私にはまだこんなにも“大事なもの”が残っているじゃないかと気づかされた。レンとの出会いがそれを気づかせてくれた……。
――運命の日、「遡」の魔道具と出会い、探していた耳長族が自分だと気づいた時、私の生きる目的はレンを救う事へと変わりました。
あの日レンが誘ってくれなければ、私は何も見ようとせず死んでいたでしょう。
二人きりのとき話してくれたことがありました。
アナタは故郷では無気力だ無個性だと自分を評価していましたね。それで「無」なんて能力が現れたと。
でも私はそうは思いません。無垢で、無鉄砲。目つきの悪い荒れた私を何度も勧誘するようなアナタだからこそ「無」が発現したのだと思います。
私はアナタに救われた。
アナタがいなければ私は姉とも出会えずに絶望のまま消えていっていた事でしょう。
……そんなアナタが消えてしまう事が許せなかった。ただそれだけなのです。
§
「……」
いつの間にか流れていた涙を私は拭った。
「これじゃああの頃と同じですネ……」
――バタンッ!
そう零していると、レアがいきなりドアを開けて入ってきた。
「フェリル! レンの目撃情報が見つかったわ!! いくわよ!」
レンの目撃情報……? 時計が消えた今そんなはずは……
「なにしてんの! 早く出かけるわよ! クレアも呼んでこなきゃ……!」
「レア殿しかし……話した通り……」
「だぁー!! もう何ウダウダしてるのよ!」
レアは私が寝ているベッドに近づいてきて、私の胸倉を掴んで起き上がらせる。
「存在が消えたって事は私達のレンに関する記憶も無くなるはずでしょ! でも私達はレンの事を覚えている! ならアイツはまだ何処かにいるってことでしょ!! 大切な仲間を一週間も放っておいて全く……! 地の果てまで追いかけてやるんだから!」
あまりの勢いでまくし立てるレアに私は目を丸くした。
「……それともフェリルは行かないの?」
――フフッ。やっぱり仲間というのはイイモノですネ……。
「行きまス。私も行きますヨ!」
私の言葉を聞くと
「そうこなくっちゃ! 行くわよ!」
そういってドアに手を掛けるレア殿。
「……レア殿は強いですね」
そう呟く私にレア殿は笑顔で返した。
「……諦めが悪いだけよ!」
そういってレア殿はクレア殿の部屋へ飛び込んでいった。
「……全く、かなわないですネ……。さて、準備しますカ!」
そう言って私はまず顔を洗いにいったのであった。
§
「誠に申し訳ありませんでしたー!」
ふと気がついた俺は、最初にいた転生の間で何やら神々しいオーラを持つ女神様に謝られていた。
隣で正座させられているフォルなんとかという女神をよそに……。
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