第31話 レンvsフェリル

 月明かりに照らされた街の通りでの攻防は、まるで世界に二人だけしかいなくなったかのごとく誰にも邪魔されずに進んでいた。


「『ファイア』!」 「『無』!」 


 迫り来る火球を「無」でかき消す俺。……右だっ!


――キィン!


 フェリルの斬撃を何とか受け止める。ここで……!


「『ファイア』……!」


 俺の文字スペルに合わせて刀身が燃え上がる。


「ハッ!」


――ボワッ!


 俺の渾身の斬り下ろしは、しかし難なく避けられる。


「……無駄でス。何度となく行われた戦いでアナタの癖は全て読みきっていまス」


 くそっ、確かにさっきから一太刀も浴びせられねぇ。苦し紛れに俺は叫ぶ。


「なんでだフェリル! なんで遡る必要がある!」


「……アナタを助けにいく為でス」


「その為にお前はループを繰り返すってのかよ!」


「そうでス」


 あっけらかんと答えるフェリル。


「アナタこそ何故私を止めるのですカ?」


「何故って……仲間が目の前から居なくなるのを止めないわけないだろ!」


 俺の言葉を聞いたフェリルの剣筋が更に鋭くなる。


――ギィィン!


 思わず俺は剣ごと押し返された。


「私も同じ気持ちでス……!」


 想いを抑えるように冷たく言い放つフェリル。


「このままだとアナタは“消えてしまいまス”」


 ? どういうことだ。


「私が遡らないということは、王城に助けに来た耳長族は現れなかったという事でス。……その結果アナタは賊として処理されてしまウ」


 !! 何だって……!?


「そして未来の姿である今のアナタも存在する事が出来なくなるのでス。……ほら、そろそろ始まりましタ」


 何だ……? !! ふと手元を見やると、俺の左手がブレたように薄くなってきている。


「アナタの存在が薄くなってきているのでス。これでもまだ私を止めますカ?」


……っ! 何で急に……! しかし……


「だが、他に方法があるかもしれないだろう!こんな魔道具があるくらいなんだから!」


 俺の悲痛な叫びにも、フェリルは首を横に振る。


「時間がありませン。何度か遡っていくうちに分かったのですガ、この『遡』の時計には戻れる時間の限界があるようでス。今アナタの体に異変が起き始めたのがその証拠でス」


 なんてこった……! 俺は自分が消える実感が沸き始めていた。


「……でもそれじゃあ、お前はどうするんだよ!! 一生これを繰り返していくのか!?」


「……そうでス」


 その言葉に俺は愕然とした。


「なんで……なんでそんなに俺を助けようとするんだよ!!」


「っ! ……それを教えている時間はありませン。 剣を収めてくださイ!」


 ……。


 俺は剣先を下に降ろし……、一歩前に踏み出してからフェリルに接近して剣を斬り上げた。


――キィィン!


 それを受け止めると同時に驚愕の表情を浮かべるフェリル。


「何をしているんですカ!! 消えるのが怖く無いんですカ!!」


「怖いといえば怖いさ。……だがこんな世界に来て色々な非常識体験をしたせいか感覚が麻痺してるんだろう、自分を助けてくれる女が時の牢獄に囚われる事のほうが怖いと思えてきちまってるんだよ!!」


 俺は文字スペルを発動する。


「『火の剣ファイアソード』!!」


――ゴウゥ!


 熱風を伴う炎撃は剣を構えるフェリルを押しのける。


 ……思えばこの世界に来てからはトンデモ体験の連続だった。良く分からない所に召喚されたと思えば謎の能力を手に入れ……それから仲間ができて、モンスターと戦い皆で騒いで……。ツラい事もあったが楽しい事も沢山あった。あっちでは無気力だった俺は、知らない間にこの世界を心から楽しんでいたのだ。向こうの世界では体験できなかった事の連続だ。


 ……美少女三人とお祭りを回るなんてこともできなかっただろう。たぶん。


「お前がループしてるままこの世界で生き続けるなんて寝覚めが悪いんだよ!!」


「なっ……。なんて我儘ナ……!」


「我儘はお互い様だろう? こうなりゃどっちが我を通せるか勝負といこうぜ!」


 何やら吹っ切れた俺を見て、フェリルはキョトンとした後少し笑った気がした。


「そうですネ……! 結局そっちの方が分かりやすいみたいでス!」


 そういってフェリルは剣を構えて突っ込んでくる。


「やっ!」


――ガキィン。


 さっきより重い一撃を俺は受け止める。……が、


「私の武器はソードだけではありませんヨ?」


――ヒュッ! ドスッ!


 フェリルのナイフが足元に突き刺さる。……火の剣によって出来た俺の“影”に。俺は体の自由が利かなくなるが……、


「『影』縫いか……。だがこっちだってお前が戦う姿をずっと見てきたんだよ! 『雷』!」


――バリバリバリバリッ!


 剣を構えたまま動けなくなった俺はそのまま文字スペルを開放した。辺りに降り注ぐ雷と共に稲光る雷光によって影をかき消した俺は、横に転がり『影』縫いから抜けだす。


「くっ……捨て身ですネ!」


「だが効果はあったようだな……!」


 服の端を少し焦がしたフェリルを見て俺はそう呟く。ここで畳み掛けるっ……!


「『矢』!」


 俺の周りに魔法の矢が展開され、フェリルに向かって撃ちだされる。


 それをフェリルは持ち前の素早さで避けるが、その内の何本かが掠り肩に少し血が滲む。……よしっ!


「……女の子をキズモノにするとはヒドイですネ。責任とってもらいますヨ?」


 何時もの調子に戻りつつあるフェリルはそんな軽口を叩く。


 あとは……、


「いいぜフェリル。この戦いが終わったら結婚するか」


「……なっ!? ……それは魅力的なお誘いですネ。どちらが勝っても別れになる今の状況じゃなければの話ですガ」


「そりゃ残念。でもこの勝負は俺の勝ちのようだぞ?」


付加剣エンチャント・ソードを手に持つアナタと手傷を負った私……端から見ればそうでしょうガ、言いましたよネ。私は繰り返していると。それにこんなものかすり傷でス」


 その言葉と共に右手を俺へと向けるフェリル。


「……反応を見るにプロポーズをされたのは今回が初めてみたいだけどな。毎回微妙に違うってのは本当のようだ」


「う、うるさいですねっ! そんな減らず口もここまでです! 『奪』!!」


 瞬間、光り輝くフェリルの手には俺が持っていたはずの付加剣エンチャント・ソードが握られていた。


「何っ!? お前その力は……」


「……『奪』は私の本来の文字スペルでス。私はこの力が嫌いなので長らく使っていませんでしたガ」


 付加剣エンチャント・ソードを構えながら、そう語るフェリル。


「……どうやらここまでのようですネ。時間でス」


 少し寂しげに言いながら近づいてくるフェリル。


「あぁ、終わりだな。もう体力も残ってない」


「……楽しかったですよ、レン」


 そう呟くフェリルの顔は、やけに儚く見えた。


「あぁ……


――ガクンッ! ガシッ。


 膝から倒れこむように崩れ落ちるフェリルを俺は抱きとめた。


「えぁ……何で……?」


「あんまり喋るな。急な“貧血”だよ」


 見るとフェリルの肩から流れる血は腕を伝い指先の方まで滴り落ちていた。


「早くクレアに診せないとな。よっと……」


 そういってフェリルを背負い歩き始める。


「なんでこんなに……」


「お前、言ったよな。本来はメタルドロル戦が終わった後に乱入するはずだったって」


 俺は屋敷までの道を歩きながら種明かしをする。


「でも実際は俺がメタルドロルに斬られた時に乱入した。……その時にラーニングしてたんだよ。お前の『血』を」


「……!」


「お前は血を止めるために使ってたんだろうけど……ラーニングした時俺の頭に響いてきた言葉は“血を操る事が出来る”だったんだ。 『矢』に乗せた『血』の効果でお前の傷からの出血を少し速めさせてもらった」


「……」


 俺の説明に何も応えなくなったフェリルを横目に、俺は淡々と歩を進め、あっという間に屋敷へと到着した。玄関に入りフェリルを降ろす。……その際懐から時計を抜き取る事も忘れずに。


「ダメ……」


 おぼろげな意識の中でこちらに手を伸ばしてくるフェリル。その手を俺はしっかり握り返す。


「……今まで助けてくれてありがとう、フェリル」


「イヤ……」


 か細い声を無視して俺は叫ぶ。


「おーい! レア! クレア! 来てくれ!!」


 俺の叫び声に二人がやってくる。


「やっと帰ってきた……ってどうしたの二人とも!!」


 血だらけの俺達を見てレアが血相を変える。


「ちょっとトラブってな。事情は後で説明するからクレア、治療を頼む! 俺はフェリルの血が付いただけだから大丈夫だが、フェリルは血を流しすぎてるんだ」


「は、はい!『癒』!」


――パアァァ。


 優しい光がフェリルを包む。


「……これで大丈夫だな。治療が終わったら着替えさせてベッドに寝かせてくれ」


 そう言うと俺は左手を隠しつつ、外に出ようとする。


「ちょっと! 何処行くのよ!」


「……血だらけのまま家の風呂に入ったら汚しちまうからな。今日は洗濯がてら街の大浴場に入ってくるよ」


「そ、そう……」


「あぁ、じゃあ行ってくる」


 今度こそドアに手をかける俺。


「レン!」


 急に声をかけるレアに動きを止める俺。


「早く帰ってきなさいよ?」


「……ああ」


 振り向かずに答えた俺はそのまま外へ出てドアを閉めた。



        §



「あんなこと言ってくれる仲間がいるんだもんなぁ。この世界は楽しかったよ」


 俺は手の中にある時計を見る。もう少しで日付が変わりそうだ。


「向こうでは一度死んだのにこんなに最高な体験が出来たんだもんな、上出来だろ」


 自分に言い聞かせるように呟く。


「幸せだったよ、ほんと」


 今までの冒険に思いを馳せながら、時計を握る手に力を込める。


――じゃあな! 「無」!


――パキイィィン


 時計が消えたと同時に俺は世界から姿を消した。

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