第17話 クレアとクラレ

 ――私の生まれた家は治癒の文字スペルの素養を持つ者を多く輩出する名門でした。そんな家に生まれた私も例に漏れず、小さな頃から教会で修行をさせられていました。


 その甲斐あって9歳の時、そう……メインスペルが発現する前に「癒」の職業文字ジョブスペルを使えるようになりました。両親はとても喜んでくれましたが……私の心は別の所に向いていたのです。


 “ブレイバルの勇者”。小さな頃から私はこの本が大好きでした。強くてかっこいい勇者が仲間達と共に世界を救う物語……。何より自由に冒険する主人公たちは、小さな頃から修行してきた私にとってずっと憧れの的でした。


 そんな私だからこそ、文字スペルが発現したのかも知れません……。





「グガァァァァァァ!」


――ポンッ!


 腹を貫かれたオークゾンビはクリスタルを残して弾け飛んだ。


「クレア……?」


「あぁ?」


 振り向いたクレアは好戦的な笑みを浮かべ、いかにもうずうずしているような目をしていた。


「クレア……だよな……?」


「ああ、半分はな。


 どういうことだ……? 雰囲気から何からさっきまでとは別人のように……


「レン殿、腕のルーンから察するに、おそらくあれはクレア殿の別人格でス」


 別人格……? 俺は、浴びた返り血をぬぐう事もせずに次の獲物を品定めするクレアをただ茫然と見ていた。 


「まさかこんなもんで終わりじゃねぇよな? もっと楽しませてくれよ!!」


 そう言いながらヴァンパイアに殴りかかるクレア。


「ダメッ! ヴァンパイアの身体能力は人間の何倍も……!」


「愚かな……」


――ガシッィ!


 ヴァンパイアはクレアのパンチを片腕で止めた。そして右手でなにやら魔法を放とうとしている。


「吹き飛べ……!」


 マズイ! やっと現実に戻ってきた俺が援護に入ろうとしたが、


「そんなモンで止めたつもりかよ?」


 クレアの低い声が響いた。


「甘ぇんだよ! ホーリーブロー!!」


――バシュッ!


 白い光を帯びたクレアの二撃目は油断していたヴァンパイアの肩から先を吹き飛ばした。


「何っ!? この力は……!?」


「この程度かよ……」


 冷たい顔のクレアがトドメを刺そうと近づいていくと、


――ドスドスドスッ!


 吹き飛ばされた腕が数匹のコウモリとなり、クレアの背中へと噛み付いていた。


「ハハハハハッ! 残念だったな! 血を吸わせて貰った! これで貴様は……」


――ボンッ!


 ヴァンパイアが勝ち鬨をあげる前に背中のコウモリ達が爆発した。


「なっ……!?」


「神聖な魔力が流れる私の血を吸うたぁ、アンデッドの癖して度胸あるじゃねぇか」


「貴様……治癒の使い手っ……!」


「あばよ。ホーリーブロー!!」


――バシュゥゥン!


 その言葉を残して、ヴァンパイアは消滅させられたのであった……。





        §





「二重人格?」


「はい……」


 敵のいなくなった祭壇で俺の怪我を「癒」で治しつつ、いつもの調子に戻ったクレアは自分の事を語りだした。


「私のメインスペルは『双』……。私の体には二つの心が同居しているのです……。」


「それっていつから……?」


「私が10歳の時、この文字スペルが発現した時からはずっと一緒に居たんだと思います」


 何でも、どちらか一方が表に出ている時ももう一人は心の中で意識を持ち続けており、経験していることをずっと眺めているような感覚らしい。


「最初にそれが分かったのは、父上の領主内のモンスター討伐に治癒役として着いて行った時です。その時、戦闘のさなかに私は文字スペルを受け取ってから初めて“血”を見たのです」


 ! それでさっき俺の血を見て……?


「真紅のような血を見た時、もう一人の私は初めて外へでました。そこからは一騎当千の様な戦闘力でモンスターを狩りまくっていったのを覚えています。父上は怯えた様な目でこちらを見ていました」


 そりゃあまぁ、愛する我が子がいきなり豹変したら誰でもビビるだろう。


「そこから父上は、何とかもう一人の私を消そうとしました……。貴族の娘がバーサーカーの一面を持っている事は家の体裁的にも良くなかったのでしょう。しかし、もう一人の私もまた私である事に違いないのです……! 冒険にあこがれる私の心が作り出したもう一人の私なのです!!」


 熱く語るクレアの瞳は潤んでいた。


「それで家族と揉めた私は家を飛び出しました。そこから冒険者となって、様々なパーティーを渡り歩きましたが、やはりもう一人の私を見ると皆さん怖がって離れていきました……」


 そこまで聞いた俺達はしばしの沈黙が続いた。


 ふと隣に目をやると、レアがこちらを見つめている。……そう、分かっている。「無」だ。レアの「孤」を消したように俺の「無」ならクレアの「双」を消す事が出来るかもしれない。


 しかし、俺はそれをやろうとは思わなかった。どちらのクレアもクレアなのだ。今しがた本人が言ったではないか。「双」を消す事はもう一人のクレアを殺す事に他ならない。


 俺はレアの視線に、首を横に振る事で返した。するとレアは満足そうに微笑み、頷いた。


 フェリルも意図を察したのか「それでこそレン殿でス!」と笑みを浮かべた。


「まぁいいよな? 回復スペルが使えるのは大きいし、ついでに俺達のパーティーには近接役が居なかったし」


 クレアを近接役と捉えるのかどうかは疑問が残る所ではあるが。


「私はレン殿の判断に従いますヨ」


「……あんな話聞いた後じゃ断れないしね。……気持ちが分かるのは本当だし」


「皆さん、いいのですか……?」


 恐る恐る聞くクレアに俺は頷いた。


「というわけだ、これからよろしくな。クレア」


――ガバッ!


 感極まったのか、クレアは潤んだ目を隠そうともせず俺に抱きついてきた。


「ありがとうございます!! クラレも喜んでいます!!」


 ワプッ。あの身体能力に違わず、見た目以上の力に俺は押し倒されてしまった。彼女は無意識だろうが立派な双丘に埋もれてしまう俺。


「ちょっと! そこまでは許してないわよ!! それにクラレって誰よ!!」


「もう一人の私の名前です。『お前達と居るともっと強い奴と戦えそうだ』と」


 そういえば聞こえているんだったな。


「いいからどきなさいよ!! ほらフェリルも手伝って!!」


「おや~? レア殿、持たざる者の嫉妬ですかナ?」


「うるさいわね!! あんた達今に見てなさいよ……!!」


 また賑やかになりそうだ……。柔らかな至福の時を過ごしながら俺はこれからのパーティー生活に思いを馳せていた。

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