第11話 「孤」独な魔法使い

「まぁいいでしょう。後は戦闘で使っていくことでスペルは成長して、自然と応用も利く様になっていくわ」


 熱心な指導の甲斐あって、俺は火、水、風、土、力、盾のスペルを一先ず使えるようになった。だいぶ疲れたが。


「……というかアンタ、なんで覚えてすぐにそこそこの威力が出せるのよ! 私の時なんて最初が一番大変だったって言うのに……!」


 ……そんな事をいわれても。


「教わる人によって違うもんなんじゃないのか?」


「そんな事ないわ! 誰に教えられようが、最初は一からスタートって本に書いてあったもの。だからアンタも低出力からのスタートになる……はず」


「はず?」


 言葉尻をすぼませるレアに、俺は思わず聞き返した。


「……実際に人に教えるのは初めてだから……」


 さっきまでの勢いはどこへやら。消え入りそうなレアの声に全てを察し居たたまれなくなった俺は、急いで話題を変える事に決めた。


「で、でも結構狩ったからクリスタルが結構な数になったな! ……持って帰れんのかよこんなに」


 するとレアは、気を取り直したように先程までの態度に戻り、教官の顔で教えを説いてきた。……調子いいんだか悪いんだか。


「全部は持って帰らないわ。まぁ全部持って帰れたとしても所詮はゴブリンのクリスタルだから大した金額にはならないけど……余分なのはこうするの」


 そう言うなりレアは、クリスタルを一つ持って自分の胸の辺りにあてがった。


「“許可”」


 そう唱えるとクリスタルは光の粒になってさらさらとレアの体に消えていった。


「こうすると基礎ステータスが少し上がるの。クエストの報酬は依頼主が成功を確認してから後日受け取りになるから、取り急ぎ必要な金額分とギルドに納める分だけ残して後は使っちゃいましょ」


 そう言いながらテキパキと選別をしていくレア。……逞しいなコイツ。疲れた体を動かしながら俺はそう思った。



        §



「なぁ、結局レアのメインスペルは何だったんだ?」


 夕暮れ時の帰り道、俺はレアに気になっていたことを尋ねた。


「……私のスペルは『孤』よ」


「『孤』?」


「さっきゴブリン達が私を中心に逃げて行ったでしょ、私の近くにいる生き物は不快感や嫌悪感、本能的な危機感を感じてしまうのよ。私を一人にしたいかの様にね」


 吐き出すようにそう言うレアの顔がやけに寂しそうに見えたのは錯覚ではないだろう。なぜならレアはと言ったのだ。


「……もちろん人間もね。相手が悪くないのは分かってる。スペルの効果なんだから……」


 だからコイツはあんな人気の無い場所に居たのか……。


「十歳でこの能力が発現して、そこからは大変だったわ。……学校はいいの、こんな文字が発現するくらいだし元々友達もほとんど居なかったから。でも両親が辛そうな顔を隠して優しくしてくれるのには耐えられなかったわ……」


 レアの独白のような言葉は続く。


「そこから私は公用語コモンスペルの勉強を沢山したわ。早く家を出たくて。必死に勉強したけど一人で冒険者になれるまでに数年かかったわ……でも冒険者になってもあまり変わらなかった。優しくしてくれる人も居たけど、いずれ離れて行くのが怖くて自分から距離をとり始めた。……他人や神様のせいにして呪った事もあったけど、結局心を閉ざしたのは私の方だったのかもしれない」


 そこまで吐き出してレアは立ち止まった。つられて俺も立ち止まる。


「……今日は楽しかったわ。こんなに話したのは久しぶりだった。でも無理しなくてもいいわ。どうせ一日だけのお試しパーティーのつもりだったから」


 ……じゃあこいつは公用語コモンスペルを教えるためにパーティーを組んでクエストを……? 今迄の事を思い返した俺は、なぜ私と居てなんとも無いのかという質問をしたのかを理解した。そして何故なんとも無いのかも。


「大丈夫だ。俺の『無』は状態異常を無効化する能力もあるんだ。だから無理なんてしてない」


 そう返す俺に少し驚いたような顔をするレアは、しかしすぐに儚げな笑顔に戻った。


「それでも……レンはなんとも無くても、私と居たらレンの近くに来る人も『孤』の影響を受けるわ。それで離れていくのは見てて辛いの」


 コイツは優しい癖に強情だな。いや優しいからこそ強情なのかもしれないが。そんな事を考える俺は、先程の寂しそうな横顔が目に焼き付いて離れなくなっていた。……よし。俺はある決心をする。


「わかったよ。今日はありがとう助かった」


「うん」


 そういって歩き始めようとしたレアに俺は待ったをかけた。


「なぁ最後に一つお願いを聞いてくれないか?」


 そういうとレアは振り向いた。


「……なに?」


「目、瞑ってくれ」


「え……?」


「勘違いするなよ、渡したいものがあるだけだ。ほら早く!」


 俺の強引な剣幕に押され、レアは目を閉じた。よし……いくぞ。


――バッ!


 俺はレアのスカートの中に手を入れて能力を発動した。


――パキイィン


「なっ、キャアアアア!」


 そんな叫び声と共に、今度はレアの鮮やかな右ストレートが俺のこめかみに叩き込まれた。


「へ、変態!! なにするのよ!」


 今朝とは違い、俺は顔を赤くするレアをしっかりと意識を保ったまま見ることが出来ていた。……クリスタルをいくつか使ってステータスが上がったおかげか、気絶しなかったのだろう。


「しょうがねぇだろ、俺は字も読めねぇんだから! パーティーメンバーが居ないとお先真っ暗なんだよ」


 地面に投げ出された体を起こしながら、俺は答えた。


「だ、だからそれは無理だってさっきも……」


「俺の能力忘れたのか?」


 レアはハッとして、俺に背を向けて自分の足を確認した。


「アンタ……! 私のスペルを……!」


「すまん、間違ってお前のスペルを消しちまった。責任とってこれからパーティー組んで頑張るから勘弁してくれな?」


 俺の言葉にレアは唖然とした後、顔をクシャっと潰したような表情をして顔を背けた。


「……これからよろしくな。ただの魔法使い」


 俺の言葉にレアは、しばらくした後、目を擦ってこちらを向きながら返した。


「……字も読めないような新米冒険者には先輩がついてあげてないといけないんだから! ほら帰るわよ!」


 そう言いながらレアは帰り道をまた歩き始めた。


                        「…………ありがと」


 聞こえるか聞こえないか位の小さな声は、かすかに、しかし確実に俺の鼓膜を震わせたのであった……。







「…………あーっ!! レンが私のスペル消しちゃったからもう落とし穴戦法使えないじゃない! どうするのよ!」


「だぁー! 今ここでそれを言うか! 二人いりゃあどうにかなるだろ!!」


 その日結成されたばかりの俺達新米パーティーのいざこざは、夕暮れに伸びる影に消えていった。


……楽しそうに。

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