第10話 ゴブリン討伐演習

「まずはお互いの戦力分析よ。レン、貴方のスペルカードを見せて」


 錯乱状態から戻ってきたレアは、二人が座るテーブルの上で冷静に作戦会議を続けた。俺は先程カウンターで作ってもらった一枚の札をレアに手渡した。


「メインスペルは……『無』? 何これ?」


「あぁ、なんか俺の能力は無生物を消す力みたいだ」


「はぁ!? 何よそれ反則じゃないの……こんなの見たことないわ。……でも肝心のモンスター自体に効かないんじゃ攻撃力にはならなそうね」


 真剣な顔で分析するレア。さっきまでとは打って変わって頭の回転速いな。


「……これでも地元の学校では常に主席だったんだから。それにしても公用語コモンスペルは0か、本当に初心者なのねレンは」


「まぁな……。そもそも公用語コモンスペルってどうやって習得するんだよ」


「一番は誰かに教えてもらうことね。敵から受けたりして覚える事もあるけどまぁ公用語コモンスペルを使ってくるモンスターはかなり少ないわね」


 なるほど、いわゆるラーニングってやつか。……ん? ここで俺は頭に引っかかりを覚えるがスルーした。


「じゃあレアが何か覚えているものを教えてくれよ」


 俺の言葉にレアは、待ってましたといわんばかりの得意げな笑みを浮かべた。


「いいわよ! 同じパーティーの仲間ですものね! 見なさい! このスペルの数々を!」


 同じパーティーというのを強調しながらレアは、自分のスペルカードの公用語コモンスペルの部分で見せ付けてきた。


「おお、一杯あるな。何々……? 火、水、風、土、光、力、盾とな?」


「そうよ! しかもどれも使いこんで成長間近よ! ここまでの数の公用語コモンスペルの熟練度が高くなってる冒険者はなかなか居ないんだから!」


 自慢げに言うレア。


「何でだ? 他の街にいけばもっと強い冒険者は沢山いるんじゃないのか?」


「……強い冒険者は沢山いるわ。でもそういう人たちは大抵メインスペルが戦闘用に特化してるから大体はそっちの熟練度を上げてるのよ。その方が応用力も上がるしね。公用語コモンスペルは育てても一つか二つ程度のモンよ」


「メインスペルが戦闘用じゃない人もいるだろ? そういう人達はどうやって戦うんだよ」


 俺のそんな質問にレアは、分かってないわねとでも言いたげな顔を浮かべてこう続けた。


「そういう人はそもそも生活職に就くんですもの。『建』だったり『縫』だったり……原料を生産する『鉄』や『糸』なんてのも居るわ。だから戦闘でしか成長できない公用語コモンスペルを沢山育ててる人は少ないの。……というか育てようと思う人は稀よ。『火』一つ例に挙げても、ランプに火を灯す程度の威力から始まるんだから気の遠くなるような作業になるんですもの。大抵の人は料理の着火用とか、生活のちょっとした事に使うだけだわ」


……なるほど。普通の人にとってはライターみたいなもんか。……と、ここまで聞いた俺は当然の疑問を口にした。


「じゃあ何でレアは公用語コモンスペルを育てつつ冒険者をやってるんだ?」


 俺の質問にレアはバツの悪そうな顔をして答えた。


「……私のメインスペルは生活職に向いてないからよ。というか最初の時に見たんじゃないの?」


 最初の時……? ジト目で見つめてくるレアをよそに、俺は記憶を辿った。あー……そういえば足に何か書いてあったような……?


「……下着にばっかり目が行ってたんじゃないでしょうねこの変態」


「そ、そんなこと無ぇよ! あの時はテレポートさせられてきたばっかりで混乱してただけだ!」


 取り繕う俺を非難するようにじっと見つめるレアであったが、


「まぁいいわ。それなら実戦で見せてあげる。何か簡単な討伐クエストをやりましょう」


 そう言うと席を立ちクエストボードの方へ歩いていった。




          §




「いい? ゴブリンは少数の群れで行動するわ。あんなふうに」


 俺達が請けたのは【ゴブリン討伐】だ。街から少し離れた森に生息するゴブリンの数が増えてきたので討伐してほしいとの事。という事で俺とレアは、ゴブリンの集落を遠目の茂みから覗いていた。


「それでどうするんだよあんなに一杯」


「まぁ見てなさい。私の戦い方を教えてあげる。此処で待ってなさい」


 そう言い残してレアは勢いよく群れへと飛び出していった。オイ大丈夫なのか!? 俺が心配しながら見ていると、何とゴブリン達はレアを中心に避けるように散っていった。何だ……? 何もしていない様に見えるが……。そのままレアはゴブリンがいた辺りの地面にしゃがみ込んで手をかざしている。それをあちこちで同じ事をやると、こちらに戻ってきた。


「何したんだ?」


「しっ! 静かに。後は待ちよ」


 疑問しか浮かばない俺は言われた通り茂みの中で待っていた。しばらくすると、散っていったゴブリン達が戻ってきた。ゴブリン達が何事も無かったかのようにたむろって居ると……。


――ボゴォォン!


 そんな音がしてゴブリン数匹が“消えた”。いやよく見るとゴブリンが居た場所には大きな穴が開いていた。


「かかったわ!」


 レアがグッと拳を握ってガッツポーズをした。


「どういうことだ?」


「『アース』で地中の土を操作して中を空洞にしておいたの。ゴブリン数匹が乗ると耐えられなくなって落ちてしまう様にね」


 さっきのは落とし穴を作ってたって訳か。しかし……


「なんか地味だな」


「これが一番安全なの! ほらトドメを刺しにいくからちゃんと見てなさいよ! レンに公用語コモンスペルを教える為でもあるんだから!」


 そう言ってる間にゴブリンの群れは全て穴に落ちきっていた。近づいてみると意外と深く、ゴブリン達は這い上がることが出来ずにもがいている。


「側面に向けて圧縮するように土を移動したからね。壁は硬くて指も足も入らないわ。そして最後は……『ファイア』!」


 レアの魔法は穴の中のゴブリン達を焼いていった。……なかなかエグいことするなこいつは。そう思っていると穴の中からポンッ! っと何かが弾けるような音がした。


「これでおしまい! ほら見なさい」


 レアが指差す穴の中を見ると、中にはゴブリンの亡骸……ではなく鈍く光る石が散らばっていた。


「あれが“クリスタル”。モンスターの経験値が詰まった結晶よ。これをギルドに持っていくと換金してくれるの。もちろん手数料は引かれるけどね」


 そう言いながらレアは穴の中のクリスタルを「ウインド」で拾っていった。


「ほら次行くわよ! レンが使えるようになるまでやるんだから」


 ……ここから数時間、レア教官の公用語コモンスペル実習は続いた。

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