はじまりの街“ドーター”編
第9話 「孤」高の魔法使い
その日も私、レア・シルヴィアはいつもの様に一人で自由な時間を過ごしていた。……誰もいない倉庫の裏で座りながら。
「私もガルちゃんについて行けば良かったかなぁ~……。でも行っても“これ”のせいで邪魔になるしなぁ~……」
そんな独り言を言いながら暇つぶしに、手に持った指揮棒サイズの杖の先で昔見た記憶のある
「こんな感じだったかなーっと。……まぁこれで誰か呼べれば苦労しないわよね」
――バシュゥン
そんな音と共に、目の前にいきなり男が倒れ落ちてきた。
「えっ!? 発動した!?」
そんなわけは無いと思いつつも私は目の前に這いつくばる男に注目した。年の頃なら15、6といった所だろうか。髪は薄い茶髪で背は私よりは高い。……そんな分析をしていると男が目を覚ましてこちらの方を向いた。……いや、私のいる方向に水平に目をやったと言う方が正しいだろう。段に腰掛けるスカートの私。低い位置でこちらに顔を向ける男。流れる静寂。
「白……」
「キャアアアアアアア!」
男の呟きと同時に私は下手人の側頭部に蹴りを叩き込んでいた。
§
「なんでこんなことをやったんだ!
俺は簡素な作りの一室で、おそらくこの街の警備の役人であろう人間に問い詰められていた。
「だから事故だっての! 俺はこの街にテレポートで飛ばされてきただけなんだよ!」
「ならお前のスペルカードを見せてみろ!」
「だからそれを作りにこの街に来たんだから持ってないっての!」
「十六歳でスペルカードを持ってない? 今まで何をしてたんだ!」
「だから……あぁもう!」
俺は二の句が継げずにイライラしていた。ここで別の世界から来ましたなんて言ったら更にややこしい事になるのは目に見えている。俺と役人の押し問答は平行線を辿っていると、別の男性が部屋に入ってきて、俺と言い争っていた男に何やら耳打ちをした。しばらくすると、
「……お前が覗こうとした女性が、被害届は出さないと言っている。確認だがお前はこの街で何か犯罪を起こそうとしているか?」
「しているわけねぇだろ!」
「……普段ならもっと細かく取り調べる所だが、街外れの貴族の別荘に泥棒が押し入ったとの情報が入った。被害女性もいいと言っている以上お前に時間はかけてられん」
なんて態度だコノヤロウ。解放された俺は急に慌ただしくなった詰所内を睨みつつ、忙しいからと外へ追い出されてしまった。
俺は初っ端から酷い目にあったと愚痴りながら、気を取り直して道なりに歩きながら街を見まわす。
「衣」と看板に書かれた店の店内には所狭しと服が並び、道の端で営業しているらしい屋台では「火」と書かれた箱の上で店主が魚を焼いているのが見て取れる。少し遠くの畑には「水」と書かれた大きな傘の下から雨が降っている。生活のいたる所に
「ちょっと!」
「ん?」
呼ばれた方を見ると最初に出会った、元凶である女がそこにいた。
年齢は同い年くらい……いや、小柄な背丈からして少し下だろうか。赤い長袖の襟無しシャツに、下は紺のミニスカート。腰に巻かれたベルトには短い棒のような物が差してある。肩にかかる程度の艶やかな黒髪を靡かせながら腰に手を当てて、やたら整った顔立ちでこちらを見ている。
「……お前なぁ! 俺は濡れ衣着せられて大変だったんだぞ!」
「知らないわよ! 叫び声を聞いて飛んできたあのおじさんが、状況も聞かずにアンタを引きずってっちゃうんだから。 ……だからちゃんと事情を説明しに行ってあげたんでしょ!」
そういえば被害届を出さないとか言ってたな。……そもそも気絶するほど蹴らなければこんな事にはならなかったのではないかと思いつつも口には出さなかった。
「そうかい。そりゃどーも」
「なによそれ。全く……。……アンタ私の近くにいてなんとも無いの?」
何を聞いてくるんだコイツは?
「はぁ? どういう意味だよ?」
「なんかムカムカするとかイライラするとか此処から離れたくなるとか」
……先程まではイライラしていたが、解放された今は特にない。離れたいといっても目的のギルドへの道さえ分からない。
「そんなの特に無ぇよ。それよりアンタ、ギルドへの道知らないか?」
「レアよ」
「はい?」
「アンタじゃなくてレア・シルヴィア。アンタは?」
さっきとは打って変わって目が輝きだした目の前の女、いやレアは名前を聞いてきた。
「……蓮だよ。高橋蓮」
「タカハシ・レン? ふぅーん、変な名前」
「アンタに言われたくないわ」
「アンタじゃなくてレアっていったでしょ! ……それでレン、貴方ギルドに行くって事は冒険者なの?」
「あぁ、そのつもりでこれからスペルカードを作りにいくんだ」
「これから……? って事は貴方新米冒険者なのね!」
まぁそうなんだろうが、何をそんなにテンション高めに話しているのだろうか。
「わかったわレン! そういうことなら先輩冒険者としてこの孤高の魔法使いレア・シルヴィアが貴方に冒険者としてのイロハを教えてあげるわ!!」
そんなことをのたまいながらレアは大きく胸を張った。……張るほどの無い胸を。
§
「ここに募集中のクエストが張り出されるの! 討伐要請から採取要請、はたまた何か手伝ってほしい事など様々だわ。まぁ何でも屋ってことね」
俺は意気揚々と語るレアの隣で沢山の紙が張り出されたギルド内の一角を見ていた。……正直無理やり連れて来られたが、まぁ何も分からない状態だから教えてくれるのはありがたい。
しかし……
「なぁ。これなんて書いてあるんだ?」
そう、俺は張り出された紙に書かれている事が何一つ理解できなかった。
「はぁ!? あんた字が読めないの? どんな教育受けて来たのよ」
「うるせぇな。
売り言葉に買い言葉。俺はついつい口を滑らせてしまった。……というか街の店の看板は漢字一文字で書かれている物もあったのに、この文章らしき記号の羅列の中には読める箇所が一つもない。この世界の言語体系は一体どうなっているのか。
「この世界……? あぁ、レンもそうなのね。私も小さい頃はあったわ……自分は別の世界から来た特別な人間で特殊な力を持っているとよく妄想してたわ。大丈夫、皆通る道だから恥ずかしがらなくてもいいのよ……」
俺が世界の仕組みに頭を悩ませていると、何故かレアが優しい目と、言葉をかけてきた。良からぬ勘違いをされた気もするが都合がいいので黙っておく。
「それよりどうすっかな……これは結構不便だぞ」
と思っていると、隣にいるレアがこれ見よがしにニヤニヤした笑顔をこちらへ向けてきた。
「あーしょうがないなぁ~哀れな新米冒険者を導くのも先輩のつとめだもんね! ちょうど良く此処にパーティーを組んでいない孤高の美少女魔法使いがいるからパーティーを組んであげないこともないわ!」
先程より色々乗っかっている気がするが……。あまりにわざとらしかったので俺はイタズラ心に身を任せてみた。
「あ、大丈夫です。それじゃあ……」
――ガシッ!
この細腕のどこにそんな力があるのかと疑いたくなる様な早業で、レアは俺の腕を掴んだ。
「字が読めないんじゃクエスト一つ請けるのも苦労するでしょ?」
「他の誰かに聞いてみるよ」
「他の人は既にパーティーを組んでいて空いてる枠はほとんどないことが予想されるわ」
「じゃあお前みたいにソロで活動してみるか」
「……右も左もわからない新米冒険者がいきなり一人で活動するのは危険だわ。それは私が一番良く分かってる」
「お前ずっと一人でやってんのかよ」
俺の言葉にレアは少し涙目になってきた。……やばいちょっと楽しい。と俺はS心に火をつけているとレアは最終兵器とも言うべき超ド級の爆弾を投下してきた。
「パンツ……」
「え? 何……?」
「パンツ見たんだから責任取りなさいよ!!」
大声で自爆特攻してくるレアに一瞬俺は唖然とした。
「大体、いきなり出てきてまずスカートの中を覗くってどういうことよ! そりゃあ私も誰もいないからって行儀悪かったけど、いきなり色を言うなんてどうかしてるわ! 冒険者も楽じゃないんだからかわいいのはいてない日だってあるわよ! こうなったらもう一回詰所に言って事細かに……」
「あぁわかったレア!! これからよろしくな!!」
そこまで言って初めて俺は、慌ててレアの口を塞いで無条件降伏をしたのだった。周りに人がいなかったから良かったものを、危なく俺の社会的地位を抹殺されるところだったぞ。……この時の俺は、
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