第8話 お父様の馬鹿っ!
――シュン
「お兄様、逃げましょう」
水晶を消して真顔でこちらを向くイリアの目は真剣だった。怖いほどに。
「あぁ、是非そうしよう」
そうしてイリアが俺の手を取り、俺達はまた城の中を走り始めた。……のだが、急にイリアが俺の手を振りほどいた。……どうした? 早く逃げないと……。俺がそう尋ねる前に正面の廊下から鮮やかな黒髪の男性が穏やかではない雰囲気を発しながら出てきた。
「父様……」
はえぇなオイ! ……だが直に見ても威厳のある人だとは思うが、俺を真っ二つにするような人には見えない。……まぁ見えるなら見えるで問題なのだが。
「イリア。その男は誰だ?」
「……私が『召喚』で呼び出してしまった異国の客人のレンさんです」
「……何か良からぬ事をされたか?」
王様は鋭い目でこちらを見据えながら聞いてきた。
「良からぬ事……? いいえ、悪いことなど一つもありません! レンさんはとても優しく色々なことを教えてくれました」
ピクッ! その言葉に王様はこめかみを引きつらせる。
「あんなこと(お説教)を男性にされたのは初めてでしたが、私の為にしてくれているんだなという気持ちを感じました」
ピクピクッ!! 王様のオーラがドス黒く強大なものへと変わってゆく。身の危険を感じた俺はイリアに慌てて軌道修正を要望した。
「お、おい! 誤解を招くような言い回しをするな。もっと具体的に、いや
「そうですわ! 父様、レンさんはすごいんです! なんと
……その場の空気が凍った。いや確かに見た。正確には見させられたんだがそれを今言ってしまうと……。無限にも感じられる静寂は、王様の解放する
「『強靭』!!」
そう発した王の体は赤いオーラに包まれ、先程とは比べ物にならない威圧感を放っていた。
「貴様……! 生かしては帰さんぞおおおおおおお!!」
そう吼える王様は、抜き放った大剣をベルティーナとは比べ物にならないスピードで振り下ろしてきた。俺は「無」を使おうと手をかざそうとした……所までが俺の知覚できた光景だった。……が、
「紅石の輝きよ、我らを守り給え! カーバンクル!」
――ガキイィィィィィン!
イリアの呪文と同時に俺達の周りに生成された薄赤いバリアが斬撃を防いでいた。見るとイリアの肩には額にルビーが埋め込まれた猫のような生き物が佇んでいる。……助かった。
「
「父様こそ何をしているのですか!? レンさんに刃を向けるなど!」
いやたぶんあなたのせいなんですが……。
「おのれ……! もうそこまでこやつに毒されていたか……!」
俺のツッコミを他所に、この親子の勘違いは加速していた。
「そもそも父様は過保護なのです!! 毎日鍛錬を押し付けて……お友達の一人も作らせてはくれないではありませんか!!」
バリアを割る勢いで迫りくる剣圧を防ぎながらイリアは訴えた。
「むぅ……しかしだな……それにしてもその男の行動は、お前にはまだ早すぎる! 私はお前の事を思って……!」
「私を思っているのなら、もう少し私の言葉に耳を傾けてください!!」
日頃の鬱憤が溜まっているなこの姫様。
「し、しかし……」
最愛の娘の叫びにたじろぐ王様。そこに娘は最凶の刃をブッ刺した。
「召喚獣を呼べるほどに成長したのです! もう子供ではありません! ……いつまでも籠の中の鳥にしておく父様なんか………大っっ嫌いです!!!」
――ピシッ。その言葉を聞いた王様は凍ったように固まった。……今だっ!
「イリア! バリアを解いてくれ!」
固まった父親を見つめるイリアがバリアを解くと、俺は大剣に手をかざして
「『無』!」
――パリィィン
俺の
§
「良かったのか……? 親父さん相当ショック受けてたぞ?」
大広間に戻る道中、俺はイリアに尋ねた。
「よいのです。 あのぐらい言わないと何も変わらないでしょうから」
拗ねるイリアの横顔に少しの罪悪感を感じ取った俺は微笑ましくなった。
「レンさん! テレポーターの方が到着しましたよ!」
大広間ではシアルさんと、テレポーターらしいもう一方の人物が二人で俺達を待っていた。
「……シアルさんにさっきあった事を説明して、誤解解いてもらっといてな」
「? ……わかりました?」
イリアは得心がいっていない顔で答えた。そうして貰わないと何処までもあの王様に追い掛け回されそうだ。
§
「それではドーターで宜しいですね?」
そう尋ねるテレポーターの方に、シアルさんは頷いた。
「色々ありがとうございました」
俺がお礼を言うとシアルさんは
「いいえ。お手紙待っていますよ?」
と笑顔で返す。足元の魔方陣がうっすら輝きだしたのを見て俺が若干の寂しさを感じていると、イリアがトコトコと近寄ってきて耳元で囁いた。
「教えてもらったルールによると、女性は結婚する殿方以外にはみだりに肌を見せてはいけないのでしたね。ということは逆に考えると私はお兄様と結婚するしかないみたいですね?」
!? 俺がバッとイリアの顔の方を向くと……
「冗談です! またお会いする日を楽しみにしていますよ」
イタズラが成功したような無邪気な笑顔を最後に、俺は光に包まれその場から消え去った。……子供の言葉遊びか、と思いつつ俺は最初に出会った夜の衝撃的出来事を思い出してしまっていた。
――バシュゥン
ドサッ。少し高い所に急に現れた俺は落下の衝撃と共に地面に這いつくばっていた。……この世界の移動は全部乱暴なのか? そう考えつつ目を開けた俺の眼前は白で埋め尽くされた。そう、ちょうど昨日もこんな色だったな……
「キャアアアアアアア!」
そんな女の子の叫び声と共に繰り出された側頭部への蹴りは、次に俺が警察署で目が覚めるまでの意識を刈り取るのに十分な威力を秘めていた。
――残り6回
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