第7話 国王の帰還

――バタンッ!


 突然ドアが開く音で俺は目が覚めた。まだ眠い目を擦りながら俺が扉の方を見やると、イリアとシアルさんが入ってきた。


「お兄様! 起きて下さい!」


「どうしたんだ……?」


「そんな悠長にしている場合ではありません! 父様が帰ってまいりました!」


 ……父様? イリアの親父さんということは……。


「この国の現国王様です。他国との外交から戻ってこられたのです」


 シアルさんがまるで心を読んだかの様にそう答えた。なるほどこの国の王様か……。確かにスゴイ人だが何をそんなに慌てているのだろうか?


「えっと……シアルさんの尋問で俺の潔白は証明されたんだろ? だったら何の問題もないんじゃ……」


「いえ……そこが問題なのではありません。むしろもっと厄介な……」


 そう答えるイリアに俺は得心のいかない顔で次の言葉を待った。


「国王様は非常に厳格な方です。質実剛健で公明正大。強大な力を持ちつつ民からも慕われる素晴らしいお方です。……ただ一点、この状況で懸念すべきなのは……国王様はイリア様を愛しております。溺愛と言ってもいいでしょう」


 ……俺はこの後の展開を予想しつつ背中に冷や汗が流れるのを感じた。


「異常なほどの過保護ぶりは徹底されており、教育者から従者、近衛騎士まで……王城勤務の人間の内、ほぼ関わりの無い一般警備兵以外の人材は全て女性で統一されております」


 なるほど……。だからイリアは男性とこんなに話したのは初めてなんて言ってたのか。


「そんな過保護な国王様に、娘が呼び出した男が娘の部屋でよからぬ事をしていたなどと知れたら……問答無用で真っ二つにされるかもしれません」


 シアルさんの言葉に俺は身震いした。そこまでかよオイ!


「姫様はともかく私達にとっては忠誠を誓った主君です。……言い方をマイルドにして伝えることは出来ますが、完全な嘘はつけません……ベルティーナは特に」


「なのでテレポーターがくるまで、隠れましょう! こっちです!」


 かくして俺の命を懸けたおにごっこが始まったのであった。




        §



「急いでください!こっちです!」


 俺はイリアに手を引かれながら王城の廊下をあちらこちらへと移動させられていた。


「朝一番で『移』の使い手を呼んでおきました。その方が来るまで絶対に見つからないようにしなければ」


 そう語るイリアの真剣な顔に、思わず緊張が走る。……しかし一体何処へ向かっているのか。


「お、おい。こんなにウロウロしていて大丈夫なのか? どこか一ヵ所に隠れた方がいいんじゃ……」


「……そう思って適当な部屋を探しているのですが、ある程度の広さと隠れられる場所のある部屋がなかなか見つからないのです」


 申し訳なさそうに言葉を絞り出すイリア。


「広さ? 隠れるなら狭い部屋の方がいいんじゃないか?」


「それだと父様が斬りかかってきた際に防げません」


「……」


 あっけらかんと怖い事をいうイリアに、改めて俺は自分の置かれている状況を把握した。


「……探している内に鉢合ったりでもしたら最悪だな」


「……!」


 ボソっと呟いた俺の言葉に、急にイリアは立ち止った。……マズい事言ったかな?


「そうです! 闇雲に逃げるのではなく父様の来ない所に逃げればいいのです!」


「……今それを探しているんじゃ?」


 俺の突っ込みをよそに、イリアは両手を前に広げて目を瞑った。


「紫水の輝きよ、彼の者の姿をその身に映し出せ! キサーズ!」


――カッ


 俺は一瞬の青白い光に思わず腕で目を覆う。何だ……? と見るとイリアの手のひらには、まるで占い師が持っているような水晶が収められていた。


「それは……?」


 俺が恐る恐る顔を近づけると、


「キュゥゥゥゥ!」


「うわっ!」


 なんとその水晶の中から、つぶらな瞳を持つ蛇のような生物が顔を出した。体表は薄紫色。両側頭部には白い羽が付いており、まるで水晶を水面とするかの如くトプン! という擬音が聞こえてきそうな勢いで出入りしながら泳いでいる。


「私が文字スペルで呼び出した幻獣、キサーズです」


 面食らっている俺に、イリアが説明をしてくれた。……なるほどこれが「召喚」か。


「この子は遠くで起こっている事をこの水晶に映し出してくれます。私はまだ未熟なのであまり遠方の事は映し出せませんが……この城程度の範囲なら問題ありません。これで父様の動きを把握しましょう! キサーズ、お願い」


「キュイ!」


 イリアの指示に応えるかのように蛇のような生物が水晶の中に潜ると、徐々に水晶に何かが映し出されてきた。


「これは……城門ですね。父様を乗せた馬車が到着したようです」


 イリアの言葉に俺も食い入るように水晶の中を覗き込む。


 王城の入り口らしい門の中では、何十人の兵達が仰々しい行列を迎えていた。やがて行列の中ほどに位置する豪華な馬車から、漆黒の黒髪を靡かせた見るからに豪傑な大男がゆっくりとした足取りで降り立つ。


「あれが……?」


「父です」


 確かに王の威厳をまざまざと感じる。身に着けている煌びやかな鎧でさえも、彼の高貴なオーラを手助ける一因にしかならない、といった印象だ。


「帰った。変わりはないか?」


 王様は低く荘厳な声で、出迎えている跪いたベルティーナにそう尋ねる。


「はっ、国政業務は滞りなく進んでおります」


「イリアは?」


「……文字スペルの扱い方が益々上達されておられます」


 一瞬の間。その間に王様の目つきが若干鋭くなったように見えた。


「今どこに?」


「……ご案内したします」


「よい。自ら向かう」


 そういって王はズンズンと王城の中へと向かっていった。


「……姫様の頼みだから従ったが……これが限界だぞ?」


 額に汗を流すベルティーナの独り言に、俺達二人は顔を見合わせる。


 今度は俺達が昨日話していた大広間が映し出された。待っていたかの様に佇むシアルさんが主君に跪いて言う。


「お帰りなさいませ国王様。お耳に入れたいことが……」


「申せ」


 王様は歩みを止めずに淡々と命令する。シアルさんは後を着いていきながら報告した。


「先日持ち帰られた石版の内容が判明しました」


「ほう。早いな」


「それがある者の助言により格段に解読が進んだのです。その者がいなければ解読は難航を極めたことでしょう」


 そこでピタッっと王様の歩みが止まった。


「それで……その者が何をしたのだ?」


 その質問にシアルさんの動きが一瞬止まる。


「研究の虫のお前がその成果を他人のおかげと第一に言うとは、何か隠したいことがあるようだな」


 シアルさんのフォローには意にも介せず、王様はピシャリと言い放った。息もつかせぬ会話のラリーに、俺とイリアは一言も発せずに映像を見つめる。


「お見通しのようで……」


「説明せよ」


「……イリア様が『召喚』で遠い国の人間を呼び出しました。その者は古代文字ロスト・スペルを解読することができ、今回の石版の解読に大いに役に立ったのでs……」


「男か」


 王様はシアルさんの言葉尻を待たず、極めて単純な質問で返した。


「……はい」


「もうよい。下がれ」


 そう言い終わるや否や、王様は力強いオーラを発しながらその場から去っていた。……あれ、これってマズくね……?

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