第5話 「心」の考古学者

「では本当にお前は姫様に呼ばれたというのか?」


 俺は先ほどより大きな広間に連れてこられるや否や、その場にいる人間の視線を一身に受けていた。


「だからそういっただろ!」


俺は先ほど殺されかけた女騎士、ベルティーナにそう怒鳴り返した。


「あの状況で信じるほうが無理な話だ」


そう答える目の前の女に俺は精一杯の怒りをこめて睨む。


「……頭も体もカチカチだなベルティーナは」


 聞こえるか聞こえないか位の声で俺が呟いた。


「貴様!! 気安く私の名前を……!!」


「ま、まぁ誤解も解けたのですからよいではありませんか! それよりおに……レンさんの知識のことです」


 ナイスだイリア。この場でお兄様なんて呼ぼうものなら今度こそどうなるか分かったもんじゃない。俺が怒れるベルティーナとにらみ合っていると、


「レンさんは私の部屋にあった古代文字ロスト・スペルの一覧本に描かれているルーンを読んだのです」


 ――ザワザワ……イリアの言葉に辺りが動揺と驚愕に包まれた。俺がどういう事か聞こうとすると、


「……それは本当ですか? アカデミーの情報を盗んだ等の可能性は……?」


 そう言って、柔らかな雰囲気を醸し出している金髪ボブの綺麗な女性が一歩出てこちらに近寄ってきた。


「厳重なアカデミーのセキュリティーを潜り抜けられるとは思いませんが……それも含めて確認してもらおうと貴方を呼びに行ったのです、シアル」


「ふむ、そうしている内に先ほどの爆発音があったのですね」


 シアルと呼ばれた女性は得心が行ったような顔をすると、俺の真正面に立ちこちらを見据えた。


「レンさん、これからお聞きすることに正直に、はいかいいえでお答えください」


 有無を言わさぬ緊張感を出しながらシアルさんは俺に顔を近づけ思いっきり目を見つめながら質問を投げかけてきた。


「貴方が古代文字ロスト・スペルを読めるのはアカデミーの情報を盗み見たからですか?」


「い、いいえ」


 そもそもアカデミーが何なのかよく分からない。俺は近すぎる顔の距離感に若干ドギマギしながら否定した。


「貴方は先ほどの耳の長い侵入者の仲間ですか?」


「いいえ」


「貴方は姫様およびこの国へ危害をもたらそうとしていますか?」


「いいえ」


「あなたは人を殺めたことがありますか?」


「いいえ!」


「……この方は少なくとも悪人ではないようです。先ほどの言葉に一切嘘はありませんでした。……ベルティーナが怖がらせてしまった様ですね、申し訳ありません」


「い、いえ! シアルさんが謝る事じゃ……! というかこれは一体……?」


 俺がよく分からない尋問に首をかしげていると、


「おい貴様! 何故私は呼び捨てでシアルにはさん付けなんだ!!」


 ……またうるさいのが突っかかってきた。


「まぁまぁ、ベルティーナ。彼はいきなり殺意を向けてきた貴方に苦手意識をもっているだけですよ。というか行き成り殺そうとしては駄目ではないですか。賊だとしても生け捕りにしないと……」


「うぐっ、しかしシアル。姫様の部屋にいきなり見知らぬ男が居たのだぞ……?」

 

「……まぁイリア様にご教授したことを考えればその気持ちも間違いではないかもしれませんが……」


 ドキッ! 話についていけていなかった俺はいきなり心臓を鷲づかみされた様な感覚に陥った。……何故そのことを……!


「シアルは『心』の文字スペルの持ち主なのです。レンさんの潔白を証明してもらうために心を少し読んで貰いました」


 なにぃ!? ということはさっきの講釈もお兄様呼びの事も……?


「えぇ。貴方が、女性に顔を近づけられただけで心の抵抗力が下がってしまう程女性と接した経験が少ないことも」


 なんてこったい。……その能力がベルティーナのものだったらと思うだけで恐ろしい。


「しかしレンさんは文字スペルを所持していないご様子……。それなのに不思議な事に古代文字ロスト・スペルは本当に読めているようです。さらに不思議なのはその理由を先程から探っているのですが何故かそこだけもやが掛かった様に読めないのです……。」


 読めない……? 転生前のことは読めないのか? それとも天界がブロックでもかけているのか……? 俺が不思議がっていると、


文字スペルを持っていない!? 貴様今まで一体どうやって生きてきたのだ!?」


……こいつはいちいち音量がでかいな。


「あーなんていうか、俺は凄く遠くから来たんだ。そこでは文字スペルが無くても普通に生活できてたんだよ」


 俺の言葉にイリアとベルティーナは一斉に俺、ではなくシアルさんを見る。


「……嘘は言っておりません」


「はぁ、なんとも途方も無い話だな……」


 ベルティーナはそう言ってため息をつきながら椅子に腰掛けた。


「お前が姫様を狙う賊ではないことは分かった。で、これからどうするつもりだ。『召喚』は呼び出すだけで送り返すことは出来んぞ?」


「そうなのか?」


 俺はイリアに尋ねる。


「通常呼ばれた幻獣は役目を果たすと元の場所に消えていく筈なんですが……人間が呼ばれた事はないのでなんとも……」


 この世界に呼ばれた役目……となると魔王を倒すことか。まぁそれで戻れても“召喚”の効果なのか天界に呼ばれたからなのか分からないけどな。ともかくこの世界でやっていくしかなさそうだ。


「じゃあこっちでなんとか生きていくことにするよ」


「生きていくと言っても身分証明が出来ない以上、生活職にはつけんぞ。当然王城に住まわせるわけにはいかないし、あとは冒険者になってモンスターを狩って生計をたてるくらいしか道は無い」


 モンスターか……どうせ目標は魔王討伐なんだ。そっちの道しかないだろう。……というかベルティーナがいる王城で身の危険を感じながら暮らしたくないのが本音だ。


「じゃあそれにするよ。冒険者ってどうやってなるんだ?」


「ギルドに行けば登録できるが……私に殺されかけたお前が戦えるのか? そもそも文字スペルもないのでは……」


 ……そうだった。俺の転生特典はあの何とかチケットだったのだ。……詰んでねこれ。俺が早くも人生の迷路に迷い込んでいると、


「そうでした! これを試そうと部屋を飛び出したのでした!」


 イリアがそう叫ぶと近くの兵士が持っていた箱を受け取り、俺の前に歩いてきた。


「姫様!? この得体の知れない男にスペルスタンプを使わせるのですか!?」


 ベルティーナがイリアのしようとしている事に待ったをかけるが、


「よいではありませんか。レンさんは私が遠い場所からこの国に呼んでしまったのです。ならば彼の望みを叶える手助けをするのがこの地を治めるものの務めではありませんか?」


 主にそう言われてしまうと何も言えなくなるベルティーナ。シアルさんの方を見やると、


「よろしいかと……。それに個人的にも古代文字ロスト・スペルを読め、私が一部、心を読めない人がどんな文字スペルを手にするのか興味があります。……それに古代文字ロスト・スペル研究を行う学者としても、レンさんとは仲良くしておきたいですから」


 二対一。こうなると否定する者は誰もいなくなった。


「ではレンさん。目を瞑り今までの人生を心の中で思い浮かべてください。行きますよ……」


 イリアは俺の腕を取り、そう指示した。俺はその通りにしていると手の甲に何かをくっつけられた感触を覚えた。すると熱いとも冷たいとも言えないような感覚と共に何かが体の中に入ってくるような気がした。……すると俺の体は青白い光を放ちだした。


                            ――残り7回



「どうですか…?」


 しばらく経って光が収まった後そう聞いてくるイリアに、俺は返事をせず最後に少し熱さを感じた右肩の袖を捲り上げた。そこには……


「『無』……?」


 そう呟いたのは俺だけだったが、ルーンを見たシアルさんの顔は驚愕に包まれていた。

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