第4話 ウサ耳の侵入者

 ――バゴォォォン!


 耳をつんざく様な轟音に死の恐怖を感じながら俺は迫り来る女騎士から死に物狂いで逃げていた。……というかあの細身の腕から繰り出す剣に何であんな破壊力があんだよ!? あの人の足が異常に遅くなかったら完全にジ・エンドだったな……。


「待て!! 姫様をつけ狙う侵入者め!!」


「だから違うと言ってるだろ!」


「賊の言うことなど信用できるか!!」


 聞く耳もたねぇ。……とはいっても闇雲に逃げてるが道も分からない城の中でどうするか。


「意外とすばしっこいな……! たかが賊ごときに使うのは忍びないが、致し方ない……。『遅』!」


 後方から女騎士の力強い声が聞こえてきた瞬間、俺の視界が


 !? 何だこりゃ……!? 周りの景色が捩れて見える。体が思うように動かない。何が何だか分からなくなっていると、急に周りの景色が元に戻った。と同時に俺はいつの間にか壁を背に座らされ、目の前に剣先を突きつけられていた。


「姫様を狙う賊め。手こずらせおって……」


「その姫様に呼ばれたんだよ! 『召喚』の文字スペルでな!」


 目の前の白刃にビビりながら俺はそう弁解した。


「つくならもっとまともな嘘をつくんだな! 『召喚』で人間が呼ばれるなど聞いたこともないわ!」


 くそっ! 聞いちゃくれねぇ!どうすりゃいいのか……俺が考えているうちに目の前の女騎士は得物を大きく振り上げた。


「これで終わりだ! 死ねぇ!」


 迫りくる凶刃に死を覚悟しつつ目を俺は目を瞑った。……しかし次に俺の五感を刺激したのは刃が体に入り込む感触ではなく、金属製の剣が遠くの床に落ちる甲高い音だった。


「誰だっ!!」


 恐る恐る目を開けると、顔も体も黒い布で隠した人物が廊下の上窓に立ってこちらに銃口を向けていた。後ろから差し込む月明かりが影となり顔も良く見えなかったが、一つだけ分かることがあった。


「耳長族……!」


 そう。俺を助けてくれたらしい人物の頭からは野うさぎの様な長い耳がピンと立っていた。


「この男の仲間か!?」


 そう問いかける女騎士の質問に答えることなく、耳長族と呼ばれた人物は腰に差してあったナイフで斬りかかっていた。


「なんだ……? 助かったのか……?」


 俺が茫然としていると、離れたところで耳の長い人物の繰り出すナイフの斬撃を、女騎士が何処から取り出したのかぼんやり光る剣で受け止めてるのが見えた。


「くっ、公用語コモンスペルでは少し厳しいか……それならっ……! 『遅』!」


 さっきのか! まずい! 俺が注意を促すより先に、女騎士が手を向けた方向では空間が歪んでいた。…そうだけが。


「『ファイア』」


 いつの間にか女騎士の背後に回った耳の長い人物がそうつぶやくと、向けられた銃口からは大きな火球が放たれていた。


――バゴォォォォォン!!


 辺りは巨大な爆音と閃光に包まれ俺は思わず、両腕で顔を覆った。やがて土煙が晴れてくるとその中心には片膝をついた女騎士が少し煤けた鎧を身に纏い佇んでいた。……ってどんだけ丈夫なんだよ!? 石畳めくれ上がってるぞ。


「今の音は……!?」


 そうこうしているとイリアが遠くの通路から沢山の女兵士(?)を引き連れて姿を現した。……そういえばいつの間にか耳の長い人物がいなくなっている。何処へ……? 辺りを見回すと、


「ベルティーナ、大丈夫ですか!? いったい何があったのです!?」


 向こうではイリアが女騎士に駆け寄っていた。とりあえずあったことを説明して……。俺もそっちへ歩き出すと……


「止まれ!!」


 イリアの後ろに控えていた大勢の女兵士に槍を向けられた。またかよ……と思っているとその中の一人が、


「ベルティーナ様をやったのは貴様か!!」


と怒鳴り込んできた。いや、やられたのはどちらかといえば俺の方なんだが……。そんなことを考えていると……


「止めなさい! その方は私が“召喚”した人間です!」


 イリアの言葉にその場にいた俺以外の人間はフリーズした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る