第7話 格技場

この世の中のメニューは数え切れないほど多くある。1つの国オンリーのメニューでも専門店が出せれる程、メニューは多い。1つ1つのメニューに料理人の歴史があったり、歴史的な背景があったりする。私達のその料理が口に入る事が出来るのは、誰かが伝承しているからだ。それが出来なくなると、我々の口に入る事が出来なくなる。その伝承されたレシピは進化をして行く。食材も品種改良をしているから、レシピが変わらなくても必然的に味や感触が変わる。その時代や地域にあった味が料理人には求められる。発祥の地で食べると他の国よりも味が濃かったり、辛かったりする。料理人はそんな細かい事まで考えて料理を作っている。それを人間はこだわりとして高い評価をする。

「俺はミートスパゲッティにします。三島先輩はどうしますか?」

「一緒でいいよ。こういう店はどれ食っても美味しいだろう」

「私はカルボナーラにします。飲み物は何にしますか?」

「俺はブラックコーヒーにします。三島先輩は何を飲みますか?」

「一緒でいいよ。凄いな、俺と食いたい物と飲みたい物が一緒で」

「私はカフェラテにします」


この世の中のメニューは数え切れない程多くある。私はここのカフェによく行くけど、全てのメニューを食べた事は無い。私はよくスパゲッティを食べる。そのメニューの中でも特にカルボナーラが好きだ。好きな食べ物は歳が変わっても好きである事に変わりは無い。だからこそ、私は全てのメニューを食べる事が出来ない。それ程、私はカルボナーラに一途な思いがある。私が幼い時に私の1番目のお父様が唯一作ってくれたのはカルボナーラだ。お父様は普段料理を作らない。でも、その時はお母様が高熱で私はお腹が空いていた。そんな時にパスタとパスタソースがあった。それで作った料理はカルボナーラだった。誰が作っても味は変わらないのだけど、何故かあの時に食べたカルボナーラはいつもより美味しく感じた。その時からカルボナーラが好きだ。机にある呼び出しボタンを私が押す。店員がテーブル席に近づいて、腰から機械を取り出す。目線が3人に向けられる。

「ご注文をお伺いします」

「ミートスパゲッティ2つとカルボナーラ1つ、それとブラックコーヒー2つとカフェラテ1つ。以上で」

「お飲み物は食前か食後のどちらにお持ちいたしましょうか?」

全員が食後を選ぶ。多田野君の目の輝きはどんな宝石や指輪にも負けてなかった。

「分かりました。少々お待ちください」

店員は厨房に戻った。全ては多田野君との愛の告白の為。その為に私はこの事件を起こした。起こしたからこそ絶対に成功させる。中途半端にする事はもう出来ない。超能力なんて使える人はたった1人しかいない。それは多田野君だ。私の脳にドーパミンを出す超能力。その超能力に私は防ぐ術を持っていなかった。私はあの日の事について話す。

「あの時は出入口付近に私と愛梨ちゃんで座っていました。高田君は1番奥の席でずっと私達を見ていて、私たちが会計を済ませた後に続いて高田君も動き出しました。カフェで私と愛梨ちゃんは解散して、愛梨ちゃんは横断歩道を使って有料駐車場がある向こうの歩道に行きました。私が家に帰るには、カフェに沿って歩いて帰る必要がありました。高田君は何故か私の方に着いて来ました。あそこの信号で赤になってしまい、止まる事しか出来なくて、振り向いたらもう芦田君がいなくなっていました。辺りを見回しても、高田君の姿は見えなかった。ここの歩道はこのカフェが縦長の建物だから、隠れる場所が無いの。だからこそ不思議だった」

「その時の車道はどういう状況だったか分かる範囲でいいから教えて」

「その時は車の交通量がとても多かった。私が信号を渡る前に赤に変わったのだから、それまでは青信号で多くの車が通っていたわ。近くにバイパスがあるから、とても交通量が多いのよ」

「じゃあ、向こうの歩道に車道を横切って渡るのは無理で、隠れる場所もない。まるで、透明人間にみたいに見えなくなったって事だよね」


超能力なんてある訳ないから、もっと分からない事が増えてしまった。より複雑になっていく。誰かにその人はマントを着ているから飛べるんだよって言って欲しかった。もし、車の免許を持っていたとして、一時的に停車する事も可能だろうけど、交通量が多いこの道では、法ではありだが、非人道的な行動だ。俺がいろいろ考えていると、職人が口を開く。

「今はどう考えたって、分かりそうもないな」

「そう思います。三島先輩。食べる事にでも集中しましょうか」

すると、2人の店員はお盆の上に2つのミートスパゲッティとカルボナーラを乗せてテーブル席に近づいた。3人の客は腹が減っていて顔が微笑んでいた。その中の2人は無料で食べれる事に喜びが隠し切る事が出来ない。俺は、芦田、職人、俺の順番でフォークを渡す。皆それぞれの料理を前にして手を合わせる。頂きますという言葉を合図に、それぞれのスピードで食べ始める。今まであれだけ喋っていたのに、食べる事に集中している。それが俺には面白くて心の中で笑っていた。家族の普通の日常。みんなで卓を囲んで食べる。こんな普通の事を俺は望んでいた。でも、多田野家ではありえない。各自で美味しい物を食べる。幾ら美味しい物を食べても美味しいなんて思わなかった。たぶん、結局は何も話さないでこの食事は終わるだろう。1人で食べているのと何も変わらないのかも知れない。でも、そこに一緒に食べる人がいるというだけで美味しくなっていると思う。このミートスパゲッティも美味しいし、芦田さんが食べているカルボナーラも美味しいに決まってる。でも、みんなで卓を囲む事でもっと美味しくなったと思う。美味しくて、気がついたら食べ終わっていた。


今まであれだけ喋っていたのに、食べる事に集中している。それが私には面白くて心の中で笑ってた。家族の普通の日常。ある日突然、3人の食卓は変わった。みんなで卓を囲んで食べる。こんな普通がずっと続く事を私は望んでいた。でも、我が家ではありえない。3人分の食事をいつも買っていたお母様はある日から2人分の食事を買う様になった。買い物バックの中身は軽いはずなのに、重たそうに買い物バックを持った。幾ら美味しい物を食べても、美味しいなんて思わなかった。でも、今日は一緒に食べる人がいる。私の好きな人と食べている、それだけで美味しくなっていると思う。このカルボナーラも美味しいし、多田野君が食べているミートスパゲッティも美味しいに決まってる。でも、みんなで卓を囲む事でもっと美味しくなったと思う。美味しくて、気がついたら食べ終わっていた。


大抵の親は自分の子供にスプーンを持たせて、使い方を教える。でも、ワシの場合は、自分の子供はもうも使う事が出来ていた。親としての苦労は他の親より少ないかも知れない。そして、家族と食卓を囲む時間も他の家族よりも少ない。娘には大学受験が控えていた為、娘は自分の部屋で食べていた。風邪やインフルエンザも移してはいけない事を考慮して不要な接触は避けていた。ワシと娘との関係はまるで他人の様だった。でも、娘はいい人で、大学に入ってから余裕がある時に飯を誘ってくれる事もあった。だた、お金を使いたくなかっただけかも知れないが、それでもワシは嬉しかった。時間を経て人間関係は変わる。そして、そのターゲットも変わる。そのターゲットの為に父親歴が短いワシは何が出来るだろうか。

「美味しかったです。それにしても、人が空いてて良かったですね」

「本当ですね。そろそろ飲み物持って来てもらいましょうか?」

「お願いします」

「頼むよ」

机の呼び出しボタンを再び娘が押す。再び、店員がテーブル席に近づいく。

「飲み物をお願いします」

「かしこまりました」

娘が自慢げな顔をして口を開く。

「スパゲッティはイタリア語で紐の複数形なんですよ」

「凄いですね。そんな事までよく知ってるんだ。俺もまだ知らない事を学ばないとな」


俺は嫉みを言ったかも知れない。だけど、こう思える事がまだ伸び代がある事が教えてくれる。自分に満足してしまうと成長する事は出来ない。俺に代わって社長をして欲しいと思う程に社会は芦田の様な人を求めているのかも知れない。俺が面接官なら、知識の多い、仕事が出来る人間を会社に欲しい。まさに、芦田さんの様な人間だ。仕事が出来る人が湯気が出ているお盆を持って、テーブル席に近づいた。

「お待たせ致しました。ブラックコーヒーが2つとカフェラテが1つですね。ごゆっくりどうぞ。伝票はここに置いておきます」

ブラックコーヒーが男2人に、カフェラテが女に渡された。 可愛いパンダがカフェラテの煙から相まみえる。芦田は鞄からスマートフォンを取り出してカメラを起動する。こういう事は女性って感じだ。この時の芦田の目はキラキラしていた。その携帯はシルバーでシンプルなのに携帯のアルバムは可愛さで溢れていると思う。女性は表面からでは分からない事もあるのだと改めて分かった気がする。女性は表の顔と裏の顔が違うから怖い。すると、ここで職人が口を開いた。

「早く飲まないと冷めてしまうぞ」

その言い方はまるで父親の様な言い方だった。

「猫舌なんです。だから、早く飲みたいって思っても出来ないんですよね」

猫舌だから損しているとか、猫舌じゃないから得しているとかは人それぞれだ。結局、他のことで楽しむ事ができるのであれば関係ない。このカフェラテのパンダを求めて人がやって来る。それも商売のやり方だ。そこで、俺は聞きたい事を芦田に聞いてみることにした。

「このお店って全国チェーンですか」

「そうそう、今では全国で20店舗もあるんですよ。全店舗でこんなカフェラテが出てると思うよ。今こういうのが流行ってるし」

クライアントの要望や時代に合わせて内容を変える点はとても評価できる。そんな工夫があるからこそ、持続して商売を続ける事が出来るのだと思う。だが、本当に自分の商品に自信があって、時代が変わっても同じ商品を提供し続ける会社もある。そんな会社は、長期間持続させて商売ができるだろう。いずれ、俺が同じ立場になった時に考えなければならない事だ。時代に合わせて仕事を変えていくのか。又は、時代が変わっても同じ仕事を続けていくのかを。これを誤ってしまうと、死活問題だ。だからこそ、今から考えて生きていかないといけない。当然、社長が代わってしまう日は来てしまう。その日の為にこれから考えていく。それが今の俺の仕事だ。


今はこんなお店は多くある。昔はエプロン巻いてお客様の注文を聞いていた。今は可愛い服やかっこいい服を着て商売をしている。クライアントの要望に合わせて変えるのが今の時代だ。昔はただ店内で食べる事がメインだった。でも、それが商売なら仕方ないのかも知れない。それしなければ他のカフェに負けてしまう。これを誤ってしまうと、死活問題になる。だからこそ、今の時代に合う商売をしていく。今日行られたお客様は今の時代の人だ。昔の人にスタイルを合わせても無意味だ。ここのお店は正しい商売をしている。


全員が飲み物を飲み終える。私はトイレに行った。そして、トイレの鏡で自分の顔を見た。食後に自分の顔を確かめるのは淑女の務めだ。食後はよく口紅が落ちる可能性がある。カルボナーラならなおさらだ。いつでも綺麗な状態で多田野君に見て欲しい。だから、私は口紅を塗る。多田野君が見ているのだから、いつもより念入りに口紅を塗った。いずれこの唇は誰かに奪われるかも知れない。その日は着実に近づいている。その日の為に私は口紅を塗り続ける。まつ毛エクステンションをここでもう1度付ける。まつ毛は朝から何も変わっていない。でも、なんか塗りたくなった。心を整える為に。準備を全て終える。

「頑張れ、私」


全員が飲み物を飲み終える。芦田がトイレに行った。今このテーブル席には俺と職人だけしか座っていない。今になって聞いてみたい事を職人に聞いてみる事にした。

「三島先輩。何故、私は合格したのでしょうか?」

「探偵の勘ってやつかな」

「では何故、今回の依頼に私を入れて貰えたのですか?」

「それも探偵の勘ってやつかな」

「分かりました。実現する為に力一杯頑張ります。是非とも明日は成功させましょう」

「期待しているよ」

「分かりました」

探偵の勘と言い張る。でも、そういう人が社会を動かすのは上手い。いつのタイミングで株を買うかとか、成功する者は根拠のない勘で、会社を良くしていく。俺はそんな瀬戸際に余裕でいられるだろうか。1つ1つの選択が死に直結する様な仕事の繰り返しだ。その仕事をそうやすやすとこなしていく事は容易ではない。でも、それを成し遂げる大人は素直に凄いと思う。芦田さんが帰ってきて、2人が立ち上がり会計に行く。この時に、会計の伝票を持っていたのは職人だ。会計が済むと、また口を開く。

「美味しかったか?」

2人は頷く。仕事を頑張ろうという気になれた。皆さんは考察とはどう考えてもいるだろうか?俺にとって考察とは物事を明らかにする為に調べる事。結果を知って、自分なりに考え、表現する。これが考察と呼ばれるものだ。そして、それを科学的な法則だったり、仕組みを利用して正しいと証明する事を結論と人間は言った。結果から出た情報が少ない時や新たな疑問が出ると、また実験をする。これ以上の実験は不要となって、初めて考察する事が出来る。しかし、現実は十分な情報が得れなかったとしても、再び実験をする事は出来ない事がある。費用的な面だったり、時間的な事情もあったりする。そして、上層部からの圧力だったり、政治的圧力だったりする。会社も多くの実験で出来ている。時間は数ヶ月経つだけで、以前集めていたデータとは異なることだってある。今の時代の流れは早い。今の最先端だと思ってやっているプロジェクトだって、半年後にはもう変わっているだろう。テレビに出ている芸人だって、同じネタを何回もする事は出来ない。だからこそ、ネタを変えても面白くなければ、必然的にテレビから消える。だから、芸能界はネタを豊富に作れて、面白さも兼ね備える人間を求める。でも、そんなレベルの高い人間は多く集まる訳も無い。そんな葛藤がどの業界だってある。今の環境は仕事をする上で本当に辛い。そんな中で社長になる身にもなって考えて欲しい。部下が一生懸命頑張っているのに、もう遅いからチェンジしてなんて言える訳が無い。1つ1つの文化に長期的に関心を持って欲しいと思う。それが俺の本音だが、それは天に向かって唾を吐くのと一緒だ。群雄割拠な時代と言えばそうなのかも知れないが、会社が多い事は敵が多い事になる。大きい土地を侵略した者に小さな土地の者はただ抗う。まさに、窮鼠猫を噛むと言える状況だ。降伏する事をためらって、一矢報いる。何もしない事が先祖にとって恥ずかしい事なのかも知れない。今の時代も誰だって見えない剣と鎧を身に付けている。人間は直接殺すことよりも間接的に殺す事の方が罪悪感がない。自分が悪くないと自己暗示する事で人間平気になってしまった。そんな被害者を救う為にも今の仕事を熱心に取り組む。芦田を先頭に高田と関係のある場所に赴く。先ず、大学に行った。俺も初めて行くふりをする。嘘をつく事でさらに胸が痛む。

「ここが大学の校門?」

「はい、そうです」

「だったら、あそこのベンチに座って貰えば話は早い」

「確かに正面の玄関も見えるし、校門も見える。芦田さんも疲れない。三島先輩の意見に賛成します」

「私の事まで気をかけてくださり助かります」

なるべく、負担が少ない方がいい。しかも、ベンチという位置を特定する事によって、芦田の姿を見失う事も無くなる。職人の考えた作戦は最善な作戦だ。

「じゃあ、そこのベンチと正面玄関が見える位置を確認しておきましょう」

大学近くのショッピングモールに3人の客が増えた。ショッピングモールに入った途端、カフェでトイレに行っていない職人がトイレに入っていった。他の2人はエレベーターに乗った。誰も乗ってない貸切のエレベーターに2人は入った。屋上のボタンBを俺が押した。今、やっと芦田だけで話す機会を再び得る事が出来た。

「芦田さん。1つだけ質問していい?」

「いいよ」

「俺が芦田さんの探偵で良かったのかなって。力不足じゃないのかなって思ってさ」

「すごく頼りにしてるよ。多田野君で良かったって思ってるし」

「ありがとう。こんなにも俺を頼ってくれて。俺ってあの時から成長出来ているかな?」

「当たり前でしょ。2年も経つから成長してるに決まってるわよ」

「あの頃はとっても有意義な日々を過ごせたのになぁ」

「今もこうして私の為に頑張ってくれるんだから今も有意義だよ。それとも、私といる事が有意義じゃないのかな?」

「いやいやそんな意味じゃなくて、本当に本当に」

俺の言った事が全て否定されている。こんな事を言ってくれる仲間が欲しかった。実はこんなにも近くにいた。それがとても嬉しかった。そんな景色が見える様に扉は左右に開く。

「この町って広かったんですね」

「当たり前でしょう。近くに大学もあって、学園都市と呼ばれているくらいだから」

「そうですよね。当たり前な事を聞いてすいません」

「別に謝らなくてもいいと思うわ。関心がないことだって多くあるから」

この町はこんなにも発展していた。でも、大学受験でいろんな事があったから、自ら目を背いていた。だからこそ、学園都市を見れた事に嬉しかった。俺にとって新しい発見だった。

「すまない。遅れた」

3人はベンチを探し始めた。今は何が何でも見つけなければならない。職人や芦田が俺に高い評価をしてくれた。だから今、一緒に仕事をしている。それが相応しかった事を証明する為に、この問題を解決しなければならない。それが今の俺の仕事だ。

「この位置からは大学を見るのはどうですか?」

「ここからなら大学が一望出来るし、文句なしだね」

「いいだろう。ここにしよう」

残るは、高田と話をする為の囲む事が出来る場所。大学から芦田のマンションまでの何処の道路で話すかが大切だ。あまり、住宅地の近くではしたくない。でも、ここは学園都市。大学生が多く住む町だ。そう考えた瞬間、とても嫌な事を考えてしまった。ここの住宅地に高田がいて、たまたまストーカーに間違われてしまった。その可能性だってある。そう言わざるを得ない。芦田に耳打ちでその事を話す。職人に聞かれない様にする為だ。職人に聞かれたら、さっき言ってもらった事を達成出来なくなる。


残るは、高田と話をする為の囲む事が出来る場所。大学から芦田のマンションまでの何処で話すかが大切だ。多田野君はそれで悩んでいる。あまり、住宅地ではしたくないと思っているのだろう。危惧する理由は分かる。ここは学園都市。大学生が多く住む町だ。多田野君は私に耳打ちでその事を話す。多田野君の息が暖かくて興奮する。

「芦田さんは高田の住所を知ってるの?」

「知らない。知らない。本当に知らない。どうしたの?」

「もしかしたら、ここの住宅地に住んでいないとは言い切れないから」

「どういう事?」

「ここの住宅地に高田の家があって、高田がこの事を知ったら名誉毀損罪になる」

「そうなったら、この作戦が失敗に終わってしまうって事よね」

「俺はなんで、こんな事考えちゃったのかな」

「でも、そう思える程、経験豊富な新米探偵って事だよね」

こんな日々が毎日続けばいいと思った。


芦田はいつもポジティブだ。考えが全て無くなってしまうのが怖かった。俺の大学受験みたいになるのが怖かった。でも、異様に芦田は笑顔だ。もし、高田が家に籠城するとなると事態を解決する事が難しくなる。場所は特定できても、ずっと見張りをしなければならない。警察みたいに逮捕状があるなら別だが、探偵にそんなものは持っていない。また、高田が家の中で連絡を取って、暴力集団がに襲いかかって来たら、誰かは死んでしまうだろう。俺はそんな事まで想像してしまった。どうすれば最善かがもはや分からない。


私はいつもポジティブに促す。ここで多田野君がこの事件を辞めない様に振る舞う。ここで辞めてしまったら、全ての計画だ台無しだ。ここで引き下がる訳にはいかない。この事件はハッピーエンドで終わる。だけど、出来るだけドッキリは差がある方がより嬉しいだろう。我々の手の込んだ作戦を白紙に戻す事は出来ない。

「ここは区画整理が出来ている。挟み撃ちにするのは出来る。後は度胸だけだ」

この雰囲気は俺が肯定しなければ、話が進まない。そんな内容に違いなかった。

「今日は体を鍛えて、明日に備えます」

「無理はするなよ」

探偵はいつから肉体派が必要になったのかとても知りたかった。でも今は、そんな時間はない。戦わなくていい事件だけを担当したかった。人生というのは常に酷な事ばかりだ。


多田野君は高校の時は学級委員の帰宅部だった。肉体派ではないから人よりも頑張って練習しなければならない。でも、今の多田野君なら何をしても出来る気がする。

「では、明日の話を確認しよう。芦田さんは明日の正午に大学が終わって、芦田さんはベンチに座って、スマートフォンを見ておく。その間に高田が来れば、ショッピングモールの屋上から多田野君、君が芦田さんにメールで連絡する。そうして、芦田さんは自宅であるマンションに帰っている間に、区画整理されている所でワシと多田野君で挟み撃ちにする。暴れたりしたら、必死に抑える。分かったか?」

「分かりました」

「分かりましたわ」

私の今日の仕事は全て終わった。

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