第6話 違和感
この世の中には3つのタイプの殺し屋がいる。1つ目のタイプは、先ず殺人が起きたと思わせない為に、事故の様に現場を演出する。このタイプが1流の殺し屋だ。2つ目のタイプは、指紋が付かない様に革手袋を使って刃物等で殺人を犯す。このタイプが2流の殺し屋だ。3つ目のタイプは、同じ様に刃物等を使って殺人を犯す。だが、素手で刃物等を持って犯行したから、その刃物等を証拠にならない様に持ち帰る。このタイプが3流の殺し屋だ。1流の殺し屋は警察に殺人と思わせない。2流の殺し屋は殺人の疑いもあり、事故という疑いもある。つまり、両方の疑いを残す状態になる。だが、3流の殺し屋は必ず殺人が起きた状態という事が分かる。なぜなら、刃物等は動かないからだ。でも、どんな殺し屋も必ずボロを起こす。自分でどれだけ計画をしたとしても、他人の行動を自分が計画したデータに入れる事は、他人の行動の変数が多くありすぎて、最終的には分からないからだ。不特定多数の人が現場を目撃してしまう事もあるだろう。そんな事は予測できても、その確率は実際にやってみないと分からない。だから、誰が殺し屋であっても絶対に殺人を誤魔化す事は出来ない。
「芦田さん、いつからこの車が左ハンドルだと分かっていたんですか?」
「今日、三島さんがこの車で私のマンションに来てもらって、私立探偵事務所『ミステーロ』まで連れて行ってもらったんだ。だから分かったんだよ。この車は日本では珍しいよね。私立探偵事務所の名前は『ミステーロ』だけど、『ミステーロ』はイタリア語で謎って意味なの。イタリアは左側が運転席で道路は右側通行だから右側が助手席になるんだ」
「三島先輩はイタリアに何か関係があるんですか?」
「妻がイタリアが好きなだけだよ。それを理由に左ハンドルの車を買う事は初めは抵抗があった。でも、左ハンドルにして良かったよ。同じ様な車があっても見分けがつきやすい」
確かにそうだ。今日の朝、芦田さんは私立探偵事務所『ミステーロ』に行くまでにストーカーがついてくるかも知れない。そう考えたら、探偵に頼んで探偵の車で私立探偵事務所『ミステーロ』に行くのは賢い選択だ。だから、ストーカーがいつ来るか分からないからこそ、探偵の近くにいたいと思ったのかも知れない。そして、1つの疑問が浮かぶ。
「では、この車で芦田さんを私立探偵事務所に連れて来てから、面接官として三島先輩が面接をしたんですか?」
「そういう事になるな。上の立場ならなおさら、いろんな事を効率良くしないといけない」
今日という日に俺が私立探偵事務所『ミステーロ』のバイトの為に面接をして、その後に同じ高校を卒業した芦田と久しぶりに会える。そんな偶然がある事を俺はまだ信じる事が出来ない。右手で右の頬を抓ってみる。やっぱり痛かった。だから、ちゃんと現実だ。それと、私立探偵事務所『ミステーロ』の名前がイタリア語だから、この車もイタリア仕様を変えていると芦田は考えた。車をイタリア仕様にする事が職人の妻の芸術とか言うのなら、俺は何も言わないが、芦田はイタリアに結びつけた事で納得していた。俺は女性の思考の仕方はよく知らない。俺はまだまだ勉強不足だ。
「三島先輩の妻はいつからイタリアが好きなんですか?」
「知らないな。出会った時にはもう好きだった」
「馴れ初めとか聞いていいですか。言える範囲でいいので」
「俺は社会に出てから、探偵という仕事をしていた。ある事件を追っていた時に今の妻と出会った。初めは何の感情も抱かなかった。でも、話してみると、一緒に生活してみたいと思った。ただそれだけだ」
「なんで探偵になろうと思ったんですか?」
「別にエアコンが使える職場だったら何処でも良かった。ワシの親父は漁師で朝早くから家を出て、何日も船で生活する。ワシはそんな生活を送りたくなかった。いくら美味しい魚を食べる事が出来ても、嬉しいとは思えないと感じたからだ。ある日、親父は愛する海に抱かれて死んだ。母親も後を追った。命の危険がある職業である事は知っていた。でも、ワシは何も出来なかった。探偵だって危険な仕事だ。でも、骨はちゃんと墓に入れてあげたかった。親の死んだ子供がしなければならない仕事だったのにな」
「なんかすいません。余計な事を聞いてしまって」
「別に構わない。だが、誰の子供であろうが親の骨を墓に入れる権利くらいはあるはずだ」
「三島先輩。俺もそう思います。今、私達は生きる事が出来ています。自分の子供が生きているだけで親は嬉しいに決まっています。大切なのは、墓に親の生きていた証拠を刻む事では無く、両親の意志を後世に伝える事だと思います。親でもないのに烏滸がましいですよね。なんかすいません」
「多田野君、君は何も間違っていないよ。ワシの変なプライドが正しい事を分からなくさせている。正しい事を教えてくれて助かった。ありがとう」
「あの、お忙しいところすいませんがそろそろお腹が…」
「すまない。今すぐ行こう」
全てを悲観しても、何も世界は変わらない。どんな事があっても前向きに生きる事が大切だ。命があればまたやり直す事が出来る。1度倒産しても立ち直った会社は数少ないが存在する。何事も諦めてはいけない。いずれ私の2代目の社長も死ぬだろう。でも、そこで前向きに生きて行かないといけない。そうしなければ、無駄な時間と費用が掛かる。人生は酷な事の方が多い。でも、それに対抗して生きている姿はかっこいい。かっこいいと思った人が弱音を吐いた。かっこいいままでいて欲しい。それが俺の願いだ。いつの間にか車は180度回転していた。特殊な床の機械がそうさせた。俺は慌ててシートベルトを付ける。アクセルを踏むと窓に映る物全てが後ろに流れていた。ここ周辺の地理の事は近所だと思って大丈夫だと思い込んでいた。俺が大学受験を2度もしているうちに世界は大きな変化をしていた。交通の便利になっている事を近所に住んでいる俺は今知った。近くにお店がいっぱいあるからこそ、遠いお店に行く事を面倒だと感じてしまう。昔の人は山を越えて水を組んだりしていた。でも、今はコンビニに行くと水が買う事が出来る時代だ。だが、遠くの場所に行くからこそ、固定概念みたいなものがなくなって、新しい情報を正しく理解する事が出来る。いろんな事を知りたい。でも、シートベルトは俺を必死に抑える。俺は翼を持たない。翼がないから人は飛行機やヘリコプターを作った。人は不完全だ。不完全だからこそ生まれた芸術が世の中にはある。俺は翼を広げて行ってみたいお店があった。それは派手な柄のお店の事だ。こんな派手な柄のお店にはどんな人が来るのかが予測出来ない。そう思ってしまう社長の息子が、外に行列が出来るほど並んでいる事に驚いた。派手な柄のお店の事について物知りな芦田に聞いてみる。
「芦田さん、今派手な柄のお店を通り過ぎたけど、あれってどんなお店か分かりますか?」
「多田野君は知りませんか。あそこは今、JKが多く並ぶお店なんですよ。大きな綿菓子があったり、可愛いドリンクだったり、今では考えられない様なお店が増えています。でも、多田野君はこの近所に住んでいるのですよね」
「俺って、家に引きこもっている事が多いから」
「そうですか。他にも知りたい事があれば聞いてください」
いきなり俺の今の話題が出て戸惑ってしまい、俺は咄嗟に答えてしまった。派手な柄のお店に俺の妹がいない事を望む。もしも俺の妹が派手な柄のお店にいたら、翼を使って遠くに飛びたい。でも、翼が生えていないから飛ぶ事も出来ない。翼もない俺にシートベルトは強く抑える。俺にはそんなつまらない事の為に並ぶ事が時間の無駄にしか思えなかった。こんな事で楽しんでいられるなら、この国はまだ平和だと思えた。でも、俺が国の王様なら、もっと違う方法で平和にしたいと思った。ビジネスにはいろんな形があるが、そんな形のビジネスに俺は驚いた。新しい知識を身につける事が出来て嬉しく思う。でも、これであの派手な柄のお店にはこれまでもお世話になる事はないし、これからもお世話になる事はない。それは一瞬の発見だった。しかし、この国は男女平等ではない。今も昔も女性の方が虐げられている事は否定出来ない。だから、あの派手な柄のお店みたいに店員がほぼ女性である事は不満が少なくする効果があるのかも知れない。従業員の満足度は高い数値になりそうだ。俺はあの派手な柄のお店でも尊敬出来る事があった。
とても以外な事を多田野君がいきなり聞いてきて、私は咄嗟に答えた。多田野君でも知らない事があるなんてびっくりした。でも、失敗した事がある。私は多田野君の住所を知らない設定になっている。完璧に振る舞おうとした結果、しくじってしまった。焦って手汗が止まらない。スカートをハンカチ代わりとして拭く。ハンカチはいつも鞄に入れている。ハンカチで拭きたいけど、今のシュチュエーションだと無理だ。こんな静かな中で鞄をごそごそしていると多田野君は良い思いをしないだろう。私がスカートで手汗を拭く姿をお父様は見る。この動きはSOSのサインだ。私を助ける様に赤信号になって、運転手はブレーキを踏む。足を動かす代わりに口が動いた。
「俺がまだお前達と同じ歳の時はこんな時代じゃなかった。さっきのお店とは違う変にキラキラした建物が多かったんだ。省エネなんて気にしなくて良かった時代だからこそ、自分の建物を強調する為に電気を多く使って、他の建物も負けじと電気を多く使う。負の連鎖は留まる事を知らなかった。だから、今では省エネという言葉が出来てしまった。俺達は未来の子供に裁かれる日が来てしまうのかもな。それまで生きていると良いが…」
「気にしなくていいと思うんです。どの時代だって生きる為に多くの犠牲を払って生きてきたのです。それはいつの時代だって同じです。今だって、SNSが出来たからこそ、自分のプロフィールを盛って、平気で嘘がつける時代になってしまった。それによって、騙されて人は協調性を失ってしまった。何が正しいか分からないと誰もが思っている時代です。だからこそ、昔に拘らないで下さい。いつの時代にも誰だって、過ちを犯して生きているのですから。これはあくまで私の意見ですけど」
「俺も芦田さんの意見に賛成ですよ。人間は元々自然を壊して自分の住処を作った。人間は自然に依存しながら自立して生きてきた。でも、いつの時代だって人間は自然を壊すのだから、自然を守る事は100%出来ない。自然を完全に守ろうとしたら、人間は生きていけなくなる。地球は人間が1番生活環境が適していて、1番生活環境が適していない。人間は何の為に生かされているのだろうか?」
「一生分からないだろうな」
「考えただけ無駄かも知れません」
私の2番目のお父様との連携プレーによって、さっきの話をすぐ流した。凄く上手く出来た。私の2番目のお父様のサポートはとても助かる。こんな探偵が依頼を受ける事になったらどんなに頼もしいだろうか。私の2番目のお父様は私によく気を使ってくれる。私の2番目のお父様はよく言う口癖がある。血の繋がっていない親父だからこそ、血の繋がっていた親父よりも気を使ってあげたいと。もし、また誰かが亡くなる日が来ると考えると頭が真っ白になる。私の1番目のお父様は肺がんで亡くなった。私が多田野君と結婚する姿を見て欲しかった。結婚式も来てくれて、私が聞きたくもない様なスピーチをして欲しかった。多田野君の両親と一緒に大きなケーキを切る所を見て欲しかった。私達の生い立ちのムービーをプロジェクターで映して家族全員で見たかった。神父の前で愛を誓って多田野君とキスする所も見て欲しかった。多田野君の唇が私の唇に…考えるだけで顔が赤くなりそうだ。これ以上は想像力が足りなくて想像する事が出来ない。1人でただ恥ずかしがっているだけかも知れない。私はいつも他人から助けられている。だから、私は助けられてばかりなのだ。愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ。そうだからこそ、歴史を学ぼうと人間はした。でも、昔やっていた事は今では良くない事だと気づいたり、今やっている事は未来に良くない事だと予測をしたりする。時代が変わるといろんな事が丸ごと変わる。昔の事をそのまましたとしても良い結果は出ないだろう。でも、それは本当にその時になってやらないと分からない。結局は結果論だ。だから、その時にならないと学ぶ事が出来ない。時間と物の犠牲があって、今の景色がある。もし、当時はお金になる仕事が木を切る事なら、木を切ってお金を手に入れるだろう。そうしたら、もうこの木はその景色に残らない。木の1本が切られる度に、火の中に入れられた枝もあれば、家の1部になっている幹もあるだろう。でも、必ず形を変えて存在している。木炭になる事や気体になる事もある。そこには確かに変化や犠牲はあるだろう。使った木炭を土の中に入れたら、その木炭が必ず消えた訳ではない。形を変えて、また使われる日が来る。土の栄養になったとしても、気体になったとしても、気体と気体が結び合ってまた新しい気体が発見出来るかもしれない。今の周期表は膨大な量がある。それは気体の発生源がいろんな犠牲を出してまでも見つけた証だ。今、私達が生きているのも、これまでに頂きますと言った回数分の栄養素を取った事と植物が二酸化炭素を酸素に変えてくれているからだ。今も、車で地面を擦っているが、この地面にも昔の人々は恩恵を受けていた。でも、今は砂しか残っていない。車に轢かれ続けた事で…
赤信号のランプは消え、青いランプが光る。色は緑色なのに、青いランプと人々は言っている。そんな事にも受け入れてしまっている俺達は変化に気がつき難い。でも、世界はそんな事ばかりで出来ている。そして目的地に近づいた。
「次の信号を右に曲がってください」
「分かった。ここに止めたらいいんだよな」
「はい」
駐車券を取って、有料の平面駐車場の中に入る。出入り口付近に直進して止めた。本人には聞かなかったが、たぶん、車をバックして停める事が出来ないのだと思った。車から3人は出て、カフェに向かって歩く。すると、若い学生から家族連れまで利用している店があった。そのお店がカフェだった。たぶん、ここが芦田が言っていたカフェだ。職人の様な白髪でかっこいい人間は見受けられない。今日は若者達に論破された職人は疲れていた。でも、美味しい物を食べて元気になって欲しい。
「三島先輩は昼食はいつもどうしているんですか?」
「近くにコンビニがあるからコンビニで弁当を買う。飯を食いに会社に出勤する様になってしまったら、その会社は終わりだ。だから、いつもノープランで買っている。多く食べたら健康に害する物以外はよく食べる様にしている。今はサラダチキンをよく食べるな」
「俺も好きですよ。サラダチキン。何処のコンビニが1番好きですか?」
「そうだな、何処のコンビニも甲乙つけがたいが…」
「そろそろ行きましょうか?」
「すまない。そうしよう」
仕事を何よりも優先的にする所はさすが上司だ。上司は熱心でないと部下は熱心になれない。俺はとても凄い人を上司にしたと思っている。こんな上司と食事に行くなんて想像もしていなかった。俺は食事のマナーに気をつけようと思う。店内に入ると、テーブル席がまだ余ってて、待たなくても食べられる事が嬉しかった。それもそのはず、時間が時間だ。2時にカフェに行く人は少ないだろう。この時間でも営業しているこのカフェは素晴らしい。
「いらっしゃいませ。3名様でしょうか」
「はい」
「おタバコは吸われますか?」
後ろを振り向いて確かめる。2人が同時に顔を横に振った。
「吸いません」
「こちらの席にお掛けください」
俺はテーブル席に行く前にトイレに行きたかったから、2人に言って、トイレに行く。トイレの鏡を見た。自分の顔を鏡で見て、2人にはこのスーツ姿が見えているのだと今知った。この鏡はシンプルで素の自分が映し出されていた。俺が探偵という実感がない。ネクタイを整える。もう整っていたがもう1度整えた。心の準備が出来た。トイレから出て、テーブル席に戻る。職人と芦田が正面を向かい合っていた。俺は職人の横に座る。
「すいません。待たせてしまって」
「大丈夫ですよ。何頼みましょうか?」
いよいよ昼食が始まる。
「お冷をお持ちしました。ご注文がお決まりになりましたら、ベルを押してください。失礼します」
やっと、私の2番目のお父様と2人だけになれる時が来た。車に乗っていた時に話していた事を聞いてみる。
「さっきはありがとう」
「お互い様だ。ワシもいろんな事に迷惑を掛けた」
「お父様の昔の事、聞いていい?」
「ああ、勿論だ」
「お父様の父親は漁師だったなんて知らなかった」
「知らなくたって生きていける」
「お父様の過去にそんな事があったなんて知らなかった」
「別に隠すつもりはなかった。だが、伝えた事で娘はいい思いはしないと思った。だから、話さなかっただけだ」
「私はお父様の事は全然知らない。会って約3年くらいだし、知らなくて当然だと思う。でも、どんな事でも話せれる家族になりたかった。嫌な過去があるなら話そうよ。どんな苦しい思い出も共有したら分散するはずだよ」
「分散したら、それだけ他の人に負担が掛かる。元夫が死んでから約3年くらい経つが、そんな妻に分散させる事は出来ない」
「お母様には言わなくても、私に言えばいいのに」
「これからいろんな事が待っている娘を不安にさせたくなかった」
「それは、優しさなの?」
「父親歴が約3年なワシはまだ未熟だ。何を父親として伝えていいか分からなかった」
「私って、そんなに頼りない?」
「いや、そういう事ではない。この問題は正解がないんだ。だから…」
「探偵って何で正解を知りたがるの?」
「ワシは娘を傷つけない様にと…ワシは父親には相応しくないのかもな」
「違うわ。大袈裟過ぎる。お父様は父親という概念に囚われすぎている。もっと、自由に明るく生きていこうよ。大人が子供になっていけない法なんかないんだから」
「ワシは父親という肩書きに縛られていた」
「捨てましょ。私達には必要ないわ」
スーツ姿の若い男性がテーブル席に近づく。
「すいません。待たせてしまって」
「大丈夫ですよ、何頼みましょうか?」
いよいよ昼食が始まる。
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