10.終焉


アークの言葉に一斉に弓が放たれ、まさかすぐこの場で、攻撃に架ってくるとは思わなかったシン達だったが、こうなってしまっては応戦するしかなかった。

「レイ、シーラを護れ!!!」

「言われなくてもおぉぉぉ」

シンはすぐさま剣で弓矢を薙ぎ払うが、アークは腰に掛けていた剣を振りかざしてきた。すぐさまシンは剣で受け止めるが相手も鍛錬しているのか、すぐ繰り出される剣裁きからは隙も見当たらない。すぐに倒れてくれる相手ではないようだった。

そしてレイは、カインとシーラを掴んで一緒に床に伏せて弓を避けるが、すぐにも兵士が切り込んできたので、素早く身体を動かし攻撃をかわすと兵の背後が、がら空きのため力業で叩きのめしていた。

「ここは任せて早く逃げろ!」

レイが叫ぶ。

普段の、ユーデン国での自分であれば、レイたちに応戦していた。しかし、今はメイドに扮しており剣を持っていなかった。何より、震えているカインもいた。足手まといになるよりかは、この場から離れたほうがいいことは明らかだ。

シーラは「カイン、逃げるわよ!」

と、手を掴みながら走り出すが、カインはキュリーダ卿を離さず見ており、顔面蒼白となっていた。

「嫌だ……嫌だ…」

「カイン、ここは危ないから逃げなきゃ!!早く!!」

シーラは強い力で引っ張ろうとするが、カインは完全に固まり、その場から動こうとはしなかった。

こうなったら引っぱたいてでも連れ出して。とシーラが思った時だった。

アークが、脚を踏み外した直後に、シンの一撃でバランスを大きく崩し倒れた。その場面を見たカインが、眼に涙を浮かべながらシーラの手を振り切って駆け出したのだ。

「カイン!!!待って!!!!」

すぐにカインの後を追うシーラだったが、その時一人の兵は倒し、レイと戦っていた最後の兵の剣が弾き飛ばされ、カインを追っていたシーラの背後に降りかかってきた。

「お嬢!!!」

振り返ってレイが叫ぶ声に気がつくも、シーラの目の前、既に頭上には剣が近づいており避けることは不可能だった。

当たる!!!!!!

シーラが思ったが、ドン!!と何かにぶつかった音がした。

ズシャアアア

「きゃあああ」

シーラは声をあげながら大きく投げ飛ばされ、身体は部屋の置かれていた物、道具に激しく音を立てて激突したのだった。

その後、シーラの指先、足、身体全体の感覚が無くなって、意識は途切れた。


えーん、えーーん。

行っちゃ、やだよおおお。いやだよおおおおお。


声が……、声がする。誰……、誰の……声なの?


あれは……、あれは……、お父様………。


それと、みんな?


ユーデン国の聖堂の中には、大勢の人々が並んで参列しており、聖堂の外にも、多くの民衆が並んでいたのだった。こんなにも集まるのは、ユーデン国では祭りか、王家の人間が誕生したとき、そしてー。

王家の人間が亡くなったときだと、シーラは聞いていた。


どうしたの?なんで、、、みんな悲しい表情をしているの?

みんな俯いているの?そして、、、、あの、棺の中で横たわっている人は、、、お母さま?


シーラはユーデン国の聖堂の中にいる、父、そして横たわっているお母さまを見ていたのだった。そして、急激に理解した。

これは、この、場面は、お母さまが亡くなった日………。

そして、横たわるお母さまのそばで、ずっと泣き声をあげているのは、、、、私?


「もうお時間です」

そう言って、大人たちはお母さまに箱を、重厚感のある箱の蓋を重ねる。

私は、「いやああああああああああ」と大声で泣くけれど、棺の前へときた王である父に、強く抱かれて、それ以上、母親の棺に近寄ることができなかった。

シーラは、初めて、父である国王が優しい瞳からこぼれる涙をみたのであった。王は、涙を流しながら最後の瞬間まで女王を、妻を静かにみていたのだった。

そして、お母さまを入れた棺は、花で飾られた組み立てた木の棒で大人たちに運ばれ、聖堂の外へと、静かに運ばれて行った。私は行ってほしくなくて、

「うわあああああああああああああんんんん」

父の胸の中で、小さい身体からありったけの力で、わたしは泣き叫んでいた。

ユーデン国王妃の、母上が、小さいころに亡くなったことは知っていたけれども、赤ん坊の時に亡くなっていたと、思っていた。

けど、この風景だとちがう。あの頃のわたしはもう自分の足で立っている。!私が赤ちゃんの時に、お母さまは亡くなったんじゃない!

シーラは、一生懸命、自分の過去の思い出を遡ろうとした。

あのとき、レイと一緒に王宮内をかけっこしながら遊ぶことが多かった。

そのとき、レイは、、レイは、笑ってて、、、、

「お嬢…………」

ううん、ちがう。あれは、あれは、、、、。

「お母さま」



どうして?

私の記憶が違ってる!お母さまは、わたしと遊んでいたことが、レイと遊んだことにすりかわってる?

どうして、、、、、。私は、あのころ、なにを、、、。何かに追われてた、、、?

そうだ。追いかけっこしてたとき、あの時、頭の中で浮かんだ情景。

あの頃の自分は、笑いながら走っていた。お母さまが鬼で、捕まらない様に、自分は遊びながら走っていた。それは、いつもの遊びだった。

けれど、その日は違った。王妃と王宮の庭園で、侵入した盗賊たちがやって来て、お母さまはすぐにその盗賊たちの姿から、一瞬で危機的状況だとわかったけれど、幼い私はわからず、いつもの追いかけっこだと思って逃げていた……。途中から盗賊たちの顔が恐ろしくて泣いていたけれど、、もう子供が隠れるには遅かった。

シーラの頭から、自分が涙を、眼にためながら泣いて走る自分がいた。

あのとき、私は追われてた、、、。そして、見つかって、、、、、、、。

そして、、、、、、!!!!!

異変に気付いた選定者に”ここにいろ!絶対に動くな”と、守られたのに、安全な場所から出た王妃は、、、、私をかばって、、、盗賊たちの刃により、、、この世を去った、、、、。


そのとき、ズキィと針を刺すような鋭い痛みがシーラの頭を襲った。

い、痛い。

シーラが目覚めると、すでに自分の両目には涙がこぼ落ちていた。シーラは、静かにズキズキする頭に手を添えるとぬちゃっと、濡れた感触が手に広がった。

その手を、手のひらを自分の目の前に広げてシーラは身体がひきつり、凍った。

手のひらには大量の血が広がっていたのだ。

ここまで、血が出てる感触はない!これは、、誰かの血!?

シーラは、兵の剣が降り注いできた寸前で、部屋の端に投げ出されており、身体の全身を強く打ったのかあちこちに擦り傷が一瞬にして出来ていた。

そう思い出して、シーラは、バッと名前を叫びながら前を見上げた。

「レイ!!!!」

そして、前方をみると、そこには身体に剣が突き刺さっている、倒れたレイの姿だった。



「やめろ。」

カインは大粒の涙を流しながらアークをかばう形で背を向けており、シンに対して大きく両手をひろげていたのだった。

「皇帝としてはお辛いのはわかる。だが、先に矢を向けたのはそちら側であり、こちら側は攻撃を受けたまでのことだ。」

「ならば、とうに決着はついたであろう。剣を納めよ」

小さい身体の、黒い瞳から泣きながら剣を静止するよう言う様(さま)は、この世界で一番の権力を誇る皇帝らしからぬ姿だったが、それでもこのカインとしての、精いっぱいの、小さな皇帝の姿がそこにはあった。


「これほどお強いとはな……」

アークは、しがみついて泣きじゃくるカインを抱きながら口にした。

「俺の剣の師が、常人離れの人だったからな」

シンに剣を教えていたのは、シーラと同様のレイであった。

シンはそう言い放つと、すぐさまレイたちの方へと足を急いだ。

レイは、、、レイは、大丈夫だろうか。アークが、剣を抜いたから応戦する形で、レイに任せてしまったが、、。

シンがレイたちが逃げ込んだ部屋の奥へと足を踏み入れた。

部屋の奥には、激しく戦闘したのであろう、剣で切り裂いたようなビリビリに破れた東洋の布が床に無残に散らばっており、高級家具の、金で縁取られたテーブルの足が天井の方へと向き、部屋の隅にテーブルの面が剣で切られた跡が見えながら転がっていた。そして、兵の一人は切り殺されたのか、身体に大きく血を流しながら、床に横たわっていた。そして、二人目の兵は、部屋の奥に身体があおむけになっており、口から血を吐き、眼を開けて死んでいた。

部屋の奥は、酷い散乱状態だったのである。

そして、シーラがレイの身体を、頭に手を添えながら床に直に座っているのを見つけた。

それにはシンの心臓を氷つかせた。




手や足も動かさず、ただ床に座り、頭を垂れながら黙っているシーラの姿があり、シーラはずっと横たわっているレイの顔を見ていたようだった。しかし、そのレイの身体ー、胸には深々と剣が突き刺さっておりレイの口からは、吐血したであろう血の跡が鮮明に残っていた。レイの身体は全く動く様子がなく、全身が床に転がっているような状態だった。一目見て、息をしていないことは明らかだった。

シンは、一歩、一歩ゆっくりとシーラに近づき、なんとか口を動かし、「シーラ」と、一言、言葉にして言ったのだった。

その言葉に、びくっと、シーラの身体は震え、ゆっくりとこちらの方へと顔を向けた。

「シ……ン。どうし……よう。レイが……レイが…動かないの…」

ずっと泣いていたのか、眼からは止めどなく涙があふれだしており、鼻水も流れ落ち、クシャクシャに泣いているシーラの泣き顔だった。ユーデン国代表としてその顔立ちから賛美を浴びていたシーラだったが、長年連れ添った、どこに行くにも一緒の師でもあったレイの変わり果てた姿は、シーラを絶望に突き落とすには十分過ぎるほどだった。

「どうしよう…どうしよう…早く治療しなきゃ。」

シーラはシンの服を掴むと

「ねえ、どうしたらいい!?レイ治すんなら、私、なんでも手伝うから!!

わがままなんて言わないから!!!!!レイを、、、レイを治してええぇ!!!!!!!!!!!!!」

シーラはそう叫ぶと、ずり落ちる様にシンの足元で泣き叫んでいた。

泣き声は、部屋に悲痛な声としてこだましていた。その声は、アークや、カインの耳にも痛いほど届いていた。

こんなにも胸を引き裂かれる痛みなのか、愛しい人を失うことは。

いや、違うはずだ。こんなことは、気をつけていたら、起こらないはずだった。そして、予測さえできていたら、、。

それを、してこなかったのは、、、、誰、、?

、、、、私だ。


静かに、何も言わずに聞いていたシンだった

「お前は、、自分を責めるな。レイは……自分の与えられた任務を、こなしただけだ」

シーラの眼からは、まだ熱い雫がポロポロと流れ、シンの言葉を聞いていた。

「それに、俺は、レイがこんなことを、ヘマをするような男じゃあないさ。だから、シーラ、泣くな。女王となったら、こんなことは起こるんだ。だから、お前はそうならないために、レイから強くなるよう、稽古を、続けてきたんだろう?選定者になったら、もっと、多くの人たちに狙われる可能性があるんだ。それをレイは、身をもって教えてくれたんだ」

シーラは、シンの言葉にも全く動かなかった。

「だから、シーラ、君は、レイの、この行動を無駄にしちゃいけないんだ。君には、王家として、そして、選定者として、これからも生きていかなくちゃいけないんだから」

「そうしたら・・・レイは・・・レイは生き返る?」

「・・・・・・。レイが生き返るなら、何でもするのかい?」

「・・・するわ。こんなことになるなら、もっと・・・もっと、ちゃんと頑張ったわ!!こんな気持ち、経験するくらいなら、もっと、レイの、ことを言うことを聞いておけば・・・・。そしたら、レイは、、わたしっお、がばっで、死ぬごどは、ながっだのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

シーラはこれ以上はないくらいに泣いた。

そうよ、私が、もっと、もっと、王女としてちゃんとしていればこんな悪夢はおきなかったのだ。それなのに、私は、両親以上に長いこと暮らしてきた人を失った・・・・。

ずっと、シーラの鳴く姿を見ていたしんだが、

「シーラ。本当に、そこまで君が背負うことがないように、俺がいるんだ。シーラが難しいことは、俺がするよう、これまで過ごしてきたんだよ。」

シンの言葉は、シーラの今の状態では、言っていることがよくわからなかった。

顔を上げたシーラに、シンは笑顔をむけると、

「いい加減、起きてやったらどうだ」シンはそう言うと、シーラを抱き起して、レイの方へと向けた。

シンの朗らかな笑顔に諭されながら、レイの方へと見ると、むくりとレイの手が動き、シーラ達に向かって指をさしながら「お嬢、今の言ったこと忘れないでよ」眼を開いて、シーラ達にいつもの笑顔でほほ笑み、「あー痛かった」と呟きながら、自分の腕で、胸に突き刺さった剣を抜くレイがいた。

「レイ……」

「大丈夫だ。レイは生きてるよ」シンがシーラに聞こえる様に話した。

シーラは悪い、怖い夢からようやく醒めた気分だった。涙はやはり止まらなかったままだが、すぐにレイへと抱きつき、レイが生きていることに、これ以上ないくらい感謝するのだった。



その後、シーラ王女が戻ってこないため、あちこちに声をかけては探していたカルファトにみつけてもらった私たちは、小さな部屋へと運ばれていた。

私は、その小さな部屋でシンと、ベットに横たわっているレイから、あることについて話を聞いていた。

「お嬢にはこの世界の秘密について話さないといけないな」

「さっきの時もアークが言っていたけど、この世界って、どういうことなの?」

シンはシーラに向いて、静かに語りだした。

「シーラ、俺たちはみんな、動物も人も、鳥も、虫さえもが60年以上の年月を生きられないだろう?だから、みんな、早く成人となって、結婚して家庭を持つ。なぜなら寿命が60歳までだから。そう思っていた。けど、違ったんだ。」

「え?」

シンは続けて説明した。

「俺たちは、作られた世界の中でどう生活、文明を生み出すのか見るために作られた生き物で、その生産性が終わると、死ぬよう運命が決まっているらしんだ」

シンは悲しそうに眼を伏せてシーラに話した。

シンに代わって、今度はレイが続けて話をしていた。

「この世界は、実はある人物によって創られた世界なの。そして、ここだけじゃない、他にも多くの世界がつくられているの。ちいさな箱の世界のように。この世界に生きる人たちは、作られた住人なのよ。そして、世界をつくった人物は、世界が争いごとで希望がない世界と知ると、一瞬にして闇となって消すわ。この世界はリセットされるのよ。逆に、もし世界は新たな文明を造り、発展していく残すべき世界であれば、その世界はそのまま存命となるけれど……。

その人物は、世界を滅ぶべき世界か、存続すべき世界か判定させるために、大勢の人間の中から目印となる緑色の瞳を持った選定者となる人をつくった」

レイの言葉は、それ以上何も言わなくても察知するには十分だった。

「緑色の瞳……それが私で、その前はお母さまだった訳ね」

シン、レイは黙っていた。けど、それは私の言葉が異論ないということを物語っていた。

そして私はまだ信じられなかった。私たちにとっては広大な土地や国家が多くあるのだ、それが、創られた小さい世界だなんて。このみえている木や花、川、陸や私たちがつくられたものだなんて。

「けど、この広い世界が作り物だなんて信じられないわ」

「俺も初めてレイから知ったときは信じられなかったよ。けど、レイは、選定者を護るためにきた別の世界の人なんだ。だから、この世界では死なない体質なんだ」

「……え、えーーーーーー!!」

「俺と言う昔からの許嫁がいるのだから、たとえ心は女として生きているとはいえ、王族の姫に男を側近にするはずがないだろう。普通は女性を傍におくものだ」

「だって、物心つく頃にはレイがいたから、そんなのわかんないわよ。パーティーのときは護衛として傍にいたし…」

「俺も昔聞いたよ。お前の王様に。」

「へ、父さまに?」

「どうして、王族として身の危険があるとはいえ、レイを置いているのかと」

「---。」

「レイはお前の護衛として天界から贈られた両方の性を持った天界の使者だと。」

「そうなのよ。私、天界でちょっとやらかしたもんだから、仕事与えられてきたのよね。前いたところの世界は私は男でも女でもない種族だったんだけど、、ここの世界で男の能力できたら小さいころのお嬢が泣いちゃってねー。大変だったのよ。それで、女のフリをしてみたら、お嬢は懐くし、オカマの生活してみたら他の男どもはいつも以上にビビるしで、楽しくなっちゃって。これがオカマになったきっかけなのよ」

なんてこと……レイをオカマへと開花させたきっかけが、幼いころの私だったなんて……。

「シン王子ったら、大人になろうと背伸びしてるときは、私がお嬢を逆に襲うんじゃないかと威圧してたんだからー」

「レイ!!!!!言うな、だまれよ」

シンは顔を赤くしながらレイと口喧嘩していていた。

二人のやり取りを聞いて、とにかくレイが生きてたこと、二人は私が選定者と言うことに異端者の眼で見ることなく、優しく接していたことに安堵しつつ、私は、緊迫していた糸が切れたみたいに声を出して笑っていた。暖かい陽射しが入る小さい部屋の一室で三人で笑い合っていたのだった。




その後、帝国側とユーデン国、コンフォート国、三か国による極少数の人物だけでの秘密の話し合いの場が開かれた。

なぜ帝国が私について調べていたかと言うと、シンが言っていたとおり、アークは話した。

「カイン皇帝に嫁いでくれる女性がいないか、調べていた」とのことだった。

各国に向けて密偵を放ったが、その調べている中で、私がこの世界を左右する唯一無二な選定者であることを知ったキュリーダ卿改めアークは、私とカインを結婚させることで帝国の血は安泰すると考え、ユーデン国に集中して密偵を放って、より情報集めに力を入れたのだという。

そして、調査を進めていくうえで、私達も行動を起こしていることに気がついたアークは見せしめとして、コンフォート国が放った密偵の一人を帝国内で毒殺により殺して、帝国の奥地へと遺体を捨てた。わざと、私達の密偵にわかるように、、。

自分とそっくりな部下をいつものように定例会議に送り、自分はその裏で皇帝カインと一緒に子供の世話をする人間アークとして、紛れながらシーラの許嫁のシンの命までも狙おうとしたが、自分を怪しんでいる女スパイがいることに気がつき、その女スパイを殺めた。そして王宮内を調べているところに、カインと遊んでいたシーラの瞳が緑色に気がつき、ユーデン国に放っていた密偵を奥地まで行き過ぎるなと指示を出したのであった。もしかするとユーデン国にはシーラ姫はいないという疑問を抱えて。

だが、カインのことじゃなく、シーラ、シンについても調べることに集中的に取り組んでいたキュリーダ―卿は、カインの心の動きに気がつくことが遅れた。

現皇帝であるカインも、幼いながらも厳しいキュリーダ卿はの教えに耐えて日々勉強していたが、最近の学業に身が入らないことから、今回の定例会議を、外交の学びと息抜きもかねて連れてきていたという。

「勉強、勉強って、もうたくさんだよ。なぜ、毒について知らなきゃいけないの!!毒を少しづつ慣れさせるために食べるなんて、もう、もう僕は嫌なんだ!!!暗い場所での生活じゃなくて、僕は明るい場所へと行きたいんだ!!!」

そう言って、皇帝カインはテーブルにあった積み重ねられた本を手で薙ぎ払い、羊皮紙が舞う中、すでに薙ぎ払う物がなくなると、部屋を飛び出していた。

そしたら、王宮のどこか、一人でいるところに子供の声がして、行ってみたら子供と遊んでいるシーラがいた。

そして、カインはシーラの言葉を素直に聞いて、一時的にまた、自分の部屋へと戻っていった。

しかし、やはり、長年カインが抱えてきた溝は深く、やはりあの、定例会議後のパーティーの夜も、カインの心は爆発したのだった。

他国での自分と同じような子供たちが、自分よりも伸び伸びと遊び、生活をしているのを見て帝国に帰りたくないとパーティー中にアークに反発し、その際に服が汚れ、パーテイの隅に隠れているところをメイドに扮したシーラに見つかったということだった。


結局、帝国は私を嫁に迎え入れることは諦め、こちらも帝国の部屋へ忍び込んだため、これ以上お互いに関渉するのはやめるという誓いを交わすだけとなった。

キュリーダ卿、アークが行ったことは各諸外国にとっても裁判にかけるべきとこだったが、皇帝であるカインを育て、身の安全を図りながら生きてこれたのはキュリーダ卿であるアークということで、小さき皇帝の、カインたっての嘆願により、帝国内で裁きを取らせるということになった。

カインは勉強を強いるアークのことは嫌だったが、自分のことを真剣に思っているからこその行動を理解していないわけではなかった。だから、アークが、シンの剣によって倒れたときに、今まで自分を見守ってきた人間を失うのが怖くて、恐ろしくてシーラの手を振りふおどいて、アークの下へと戻ったのであった。





チュンチュン。

コンフォート国の王宮の庭では、カルシス、ユーデン国王が優雅にお茶をしていた。

「まさか、キュリーダ卿が偽称で名乗る名称で、本当の名はアーク。しかも、拾われた、孤児院出身の人物だとは」

今までキュリーダ卿を名乗っていた部下の人物は、定例会議に参加していたので、他の諸国、我々は演じている部下の顔の方を、本物のキュリーダ卿だと信じて疑わなかったのだった。

「ああ。まさに冷酷非道な人物として部下は演じていたからな。それに、帝国のほうでも、キュリーダ卿はその部下が演じているらしいじゃないか。帝国幹部自体、本物だと信じているんじゃあ、我々が騙されるのもしょうがないな」

キュリーダ卿を演じている部下は、帝国議会、キュリーダ卿の家に客人がきた時も、部下が代わりに指示が書かれた羊皮紙片手に出席、発言していたのだった。

「定例会議でのキュリーダ卿の発言が少ないわけだな」

「ああ。本当のキュリーダ卿であるアークが、どんなに細かく指示を書いた書類を持っていたとしても、会議というものは、どんな発言が飛び出すか、わからんものだからな。まあ、おかげで、帝国は議題後の翌日には帝国側の意見を述べてくるから会議は混乱したわけだが」

アークは、会議に出席させていた部下のキュリーダ卿から会議の内容を聞くと、すぐさま帝国側の意見として偽のキュリーダ卿に発言させていたのであった。

「とんだ迷惑ですわ」

いつの間に来ていたのか、王妃ルナ、その後ろには王妃専属の女スパイであるメイドたちが庭に来ていたのだった。

「ルナ、いつの間に戻ったんだ」

「今しがたですわ。レイの傷の治療は終わって、すぐにでも帰国していいとレイ本人は言ってますし、大丈夫でしょう」

王妃は、負傷したレイの病室を訪れて見舞いに行っていたのだった。

王妃はメイドの一人に新しくティーカップをお願いすると、王妃はティーカップの紅茶を飲みながら言った。

「わたくしたちは、選定者であるシーラ様を狙ってると思ってたんですから。帝国の今回の騒動は甚だ許しがたいですわ」

「ああ、ま、そうだな。忠誠を誓って前皇帝の子供を守るのは立派だが、まさか皇帝の永遠の繁栄を願って、邪魔な息子のシンを殺そうとしていた。なんてな」

「シーラ様を狙っていたのが、シンに変わったとは。全く。どちらも狙うなんて」

国王である二人は「ハハハ……」と苦笑いするしかなかった。

実は王妃のルナが、むかし一番シンとシーラが許嫁となったことを喜び、婚約を今か今かと楽しみに待っていたのである。だが、この定例会議、帝国の動きもあり、すっかりシンとシーラの婚約は延びてしまった。それを王妃はプリプリ怒っていたのだった。

「けど、まあ、シーラは無事で良かったですよ。むかしの、セレネのようにはならなかったのだからな」

「ああ、あの事件が起こって、12年か。ユーデン国内で王妃セレネが殺されたときから」

ユーデン国王妃は、シーラと庭で追いかけっこをしていた時に、選定者の、緑の瞳の話を聞きつけた盗賊たちに襲われた。その緑色の瞳が選定者の証とは知らずに、ただ、その瞳を持てば永遠の幸福が約束されているという話に愚かに飛びついて。

そして、王妃セレネは、若き夫、子供のシーラを残してこの世を去った。

盗賊たちは王妃の緑色の瞳が死と同時に娘のシーラに受け継がれることまでは知らなかった。だから、大変焦った。このままではただの王妃殺しだ、そう言っていたという。そして、選定者の守護する者が盗賊たちを見つけ、制裁、殺した……。

今までも、選定者としてユーデン国は、厳重の警備をしいてきたはずだった。だが、弱小国が旅の貿易商人やら鉱山がある鉱石発掘作業のために、屈強な男たちはこの地に来ることを制限するのは難しかったのだ。

あの日、王妃セレネが亡くなったとき、若き王は悟った。ここユーデン国は土地柄、周囲も海、山で囲まれ構造上どうしても選定者、シーラを守るには弱い。

だから、もし、娘であるシーラに命の危険があるときは、コンフォート国へとシーラを送る手はずをうっていた。そして、シーラも選定者という危険な立場になっても自分のことを守れるよう、レイから剣術を習わせたのだった。

我が妻、セレネのようにならないようにと。

「シーラはレイの剣の稽古で強くなった。どんな困難があっても、あの二人はいずれ結婚いたしますよ。」

「そうだな。あの二人を見ていると、昔を思い出すよ。シンは若いころのお前にそっくりだもんなあ」カルシスは焼き菓子をぱくっと、食べながらしみじみと話した。

「そうかあ?たしかにシーラに対する行動は似てるかもしれんが、あんなに恋に不器用だったか?」

「わたくしは夫に賛成ですわ。いい加減、ユーデン国王はお認めになったら?亡き王妃、セレネ様と昔のあなたは恋人として愛してたんですもの」

王妃はサラリと言う。

ユーデン国王はこの王妃様には反論の余地もなかった。

「前からシン王子のことは認めていたよ。ただ、娘がもう、嫁に行くのは嫌でね。まだ当分、セレネの忘れ形見を大事にしたいのさ」

ユーデン国王はそう言って、透き通る広く、雲が浮かぶ秋の、朝の青空を見上げた。

「まだ親ばかでいたいんだよ。セレネ」




そして、レイはカルファトと一緒に王宮の病室にいた。

「なんとかなりませんか、この花?さっきから花粉で鼻が痒いんですが??」

カルファトとはすぐ傍にある大きい赤い花を指をさし、片方の手には小さい布を当てて鼻を抑えていた。

「すまんな。俺の舎弟たちが、俺がケガを負っちまったっていうことで、見舞いの花を持ってきたんだよ。まさかこんなに持ってくるなんてなあ」

レイは、男口調で話した。

カルファトと話すときのレイの口調は、決まって男口調なのだ。

レイのベット以外には治療を行う者たちが回診の際に身体を進めるのが困難なほど、色とりどりの花たちで埋め尽くされている。

レイの病室は花々でいっぱいで、そのメッセージカードには

”兄貴が良くなることを祈ってます!”

”兄貴に注意されたことをしっかり気を付けて鍛錬に励んでます!また鍛錬場へ来てください。大歓迎です!”

といった気合の入ったメッセージカードが書かれていた。

全部のメッセージ見たら、面白そうだな。と、カルファトは思う。

「レイ様はどこに行かれても、周りは賑やかになるんですね。レイ様の舎弟となられた、我が国の兵たちはずいぶん貴方を慕っているようで。これ、全部男たちから贈られた花ですか?」

「お前に言われたくねえよ。ああ、そうだ。この花は全部男たちからのプレゼント。ちょっと前までは、一気に筋肉な男どもが廊下まで押し寄せたんだ」

レイはアークの兵たちから受けた傷を治すため、密かに治療室へと入った。

だが、話を聞きつけたコンフォートの兵たちが、自分たちが慕う大好きな兄貴が入院したと聞いて、いてもたってもいられずに

「うおおおおおおおおぉぉ、兄貴ィィィ、誰でぇ!!俺たちの兄貴をこんな風にさせたのは!!!」

「兄貴!俺たちがこんなことした奴らを冥土へと送りますから、安心してください!」

と静かな病室で言うもんだから、

「騒ぐな!ここは治療するところだぞ!それにこの傷をつけた相手は、俺が倒してるからお前たちは何もするんじゃない」

と言って、子弟たちを落ち着かせようとしたのだが、レイの言ったことは逆効果だった。

「さすがっすぅぅうううううう兄貴!!!!敵には背中を見せず己の腕で戦う!!かーー、かっちょえぇぇぇ!!」

「さすが俺たちの兄貴いいィィィ!!」

ますます感涙して筋肉隆々な体格がいい兵たちが熱く泣くもんだから、その光景がなんとも別な意味で暑苦しかった。

そのとき傍にいた医師が、

「うるさいと困るよ。どうにかしてくれんかね?」

と耳元でぼそっと、囁いた。

だが、レイも子弟を追い払うわけにもいかず、

「すみません。俺もどうやって帰ってもらおうか悩んでるんですよ」

と、心情を話す。

「わかった、任せなさい。」

医師は、いかつい兵の大群に向かって言い放った。

「君たち、お見舞いに来たのなら、花束一つ持ってこないとはどうゆうことだね?病人には、花など自然なものに触れて気分転換を図って休んで寝て、それで傷が良くなるというものだよ。さあ、けが人の全面回復のためにもお見舞いの品々を持ってこようじゃないか」

と、神々しく光を背に言うもんだから、男たちはまた「うおぉぉぉぉぉぉ」と、走って花屋へと駆け込んだのだ。

「先生、ありがとうございます」っと、レイはお礼を言おうとした。

だが、いうことはできなかった。なぜなら、

「今のうちじゃ!ここは今から面会禁止!!王家の人以外は入れないこと!あと今からくる大量の花束の受け取り場所設置じゃあああ!!」

と言って、医師や介助者までもが、はレイの病室からドタバタと出ていったのである。

「・・・・・だから、ここは面会禁止になっちまって、花だけは受け取り許可がおりたんだけれども、一気にこの有様だ。花屋敷と化したよ」


男だらけのプレゼント……、何とも暑苦しいものである。


だが、これで納得だ。

男は細かい配慮まで気が回らないから、”病院から居座るように”と言い伝えがある鉢植え式の花々まで置いてあることにコンフォートは気づいた。

果てには、そこら辺の山から綺麗だという理由で、ブチブチ手で取ってきたのであろう花もあれば、しぼんだ実が毒になるカブトゲイラの花まである。

そして極めつけ、死んだ人に供える彼岸花まであった。

死者に送る花を贈って、うちの兵たちは、脳みそは弱いらしい。

「カルファト。コンフォート国の兵たちは強いが、少し頭も鍛える必要があるぞ。俺は長年オカマ業をしているから知っているが、花言葉も知らんと、意中の、好きな女に花を贈るときにフラれるぞ、アイツら。この調子だと」

「激しく同意ですね。さっそく、礼儀作法以外にも家のこと、メイドなどさせてみましょうか?」

「ああ、そうしてくれ」

「あと、レイ様?体調はどうですか?」カルファトがきいてきた。本来のお見舞いということを思い出したのである。

どうもこの病室にいると、気になる物が多すぎて本来の業務を忘れてしまう。

「ああ、大丈夫さ。馬車にでも乗せてくれれば、帰国できるさ」

「そうですか、良かったですね。貴方が倒れたという話を聞いたときには、本当に地変が起きたぐらいにビックリしましたよ。まさか、私と同じように選定者を守護する役目の方が。過去に私と同じような失敗をしたのではないかと、肝が潰れそうでしたよ」

「うるせえなあ、お前はそんな玉じゃないだろう?第一、同じ役目を負った者同士の会話で、丁寧語を使うのはやめないか?」

ニコニコしているカルファトに、レイは小言が止らないようだった。

「それになあ、そもそも、カルファト。お前はシーラの先代女王の守護者だから、俺の先輩にあたるっていうのに・・・・」

「昔のことですよ。それに、私は選定者を死なせてしまった」

「あれは、事故で・・・」

「それでも、こんなことが起きた以上は、元の世界へと帰れませんよ」

シーラの母親である、セレネは盗賊たちに襲われて亡くなった。その時に、守護していた者ー、それがカルファトであった。

彼は、守護する者として選定者を守れなかった代わりに、この世界の医療を駆使して手術を行い、顔を変え、ここ、コンフォート国で守護者ではなく、第三王子のシンの付き人、側近として役目を変えて生活していた。

そしてー。

「そういえば、この一件で、帝国に潜入させていた、私の部下たちも帝国から一時撤退するように、いま指示を出しました。私たちの主が帝国と協定を結んだので、まあお互いにおあいこ。というところなんですかね?」

「さあな。けれども、シン王子がここにいたら、お前のこと知ったらびっくりするよな・・」

カルファトが、前女王の守護者だった人物で、自分の側近なのだ。しかも、こいつは、守り抜くことができなかった悔やみから、ユーデン国から守る範囲を広げて、自分から隣国コンフォート国へと渡ることを決意して、大陸奥のユーデン国まで不審な人物が来ない様に密偵組織、女王ルナ専属の女スパイたちも含めた大きな密偵組織を作り上げた創設者とは。そして密偵を各国にばらまき、そして、盗賊たちまで一網打尽にしているなんて・・・・。あの青年、シン王子はどう驚くだろうか?レイは、興味本位で聞いてみた。

「なあ、おまえ、シンに本当の正体がバレたらどうするんだ?」

「何言ってるんですか、シン王子にはずっと、騙され続けてもらうつもりですよ?あ、けど、ここの世界を去る時がきたときは、私から言うんですからね!絶対に言っちゃだめですよ?私が言うときは、盛大に驚かす予定なんですからね、アハハハハハ」

・・・・・・・。

レイは、笑っているカルファトをほっといて、ベットで休むことにした。

はあ、こういう奴なんだよな、ほんと。女王の間でのドッキリといい、幸せな奴だ。

そして、俺も、、、。




こうして、定例会議、パーテイは終わり、諸外国はそれぞれコンフォート国を出発、それぞれの国へと帰っていった。

「気をつけてねー。帰ったら知らせてねーー!」

「お土産、ありがとうーー!!また逢う日まで、さようならーーー!」

メイド、従者、貴族たちは、帰国する時間までお互いに、思い思いに、別れを惜しんだ。長かった定例会議が終われば、またどこかの国で、定例会議が行われる。順番に開催する国は決められているため、国から自由に出歩けない人々は、この定例会議で出会った人々とまた、いつ会うともわからない出会いを胸に、別れるのだった。

そして、この事件の首謀者であるアーク、元キュリーダ卿、の処罰、この国での行いについての手続きが終わると、皇帝のカインも帝国へと帰る日がきたのであった。

出迎えは不要との連絡だったが、形式上はコンフォート国夫妻が見送りのためにきたが、他の貴族たちや従者、メイドたちには知らせずに通常どうり仕事をさせていたので、出迎えるときよりも簡素なものだった。

そして狙われていたシンとシーラ達は見送りを控えたほうがいいと国王夫妻、シーラの父にも反対されたが、シーラ達は少しの間だけだが、会話をしたこともあり、どうしてもあんなことが起こったあとでも会いたかったのである。

「カイン!気を付けて帰ってね!」

「シーラ、ごめんなさい。君と、君の付き人まで怪我をさせてしまって」

「大丈夫よ。レイだって、全然怒ってないわよ。治療室でピンピンしてるんだから」

「そうか。、良かった。とても心配してたんだ。あと、もし、君が良ければの話なんだけど、手紙を出していいかい??僕はこれ以上歪んだ帝国の知識じゃなくて、いろんな世界を見たいし、シーラ達の言葉は、なんとなく、僕にとって必要なことだと思うんだ」

「あら、お安い御用よ。私もコンフォート国以外の国の情勢は聞いてみたいわ。」

「カイン、それで、、。アークは?」

「ああ、彼なら、一応縄で手首を縛って、馬車の奥に、椅子に座っている。縄は本国に戻る前はいいかどうか、悩んだけど、これもけじめとしてね。こういう次第になったよ。」

「そうか」

「ぼくは、まだ、、、子供だから、時には大人の意見も聞かなきゃいけないときもあるし、アークにばっかり頼っていたのも、悪いんだ。だけど、今回の、この件でわかったよ、俺の人生だから、俺が帝国にとっていいことなのか、判断して決めていくよ」

「そう、、。カイン、あなた、成長したのね。アークのことは残念だったけど、それを乗り越えようとするカイン、すごいわ。わたしも、頑張るわ!」

そのとき、帝国の人間がカインの耳にそっと囁いた

「お時間です」

すまない、お別れの時間が来たようだ。と言って、カインは馬車に乗り込んだ。

「二人とも、ありがとう。また、いつの日か、君たち二人が結婚したあとにでも、またお会いしたいね」

じゃあね。そう言って、カインはコンフォート国から自分の国、帝国へと帰っていった。

シーラ、シン達に強烈な思い出を残して、、。



そして、シーラや、レイも、身の安全が図れたので、ユーデン国へと帰ることになっていた。

シーラとシンは、シーラが匿われていた塔の草木の生えた場所で、横に並びながら話をしていた。

「明日、帰るんだな」

「うん。レイの傷もあっという間に治るし、お父様と一緒に帰るよう言われたわ」

レイの傷はもうすっかりもとに戻り、診ていた医者からには「なぜ治る?早い、早すぎる!!」と驚愕されていた。この世界の住人ではないので、理由を知っている王家の人々は黙っているしかなかった。

「そうか。」

シンはそう言って、前を向いたままシーラの言葉を聞いていた。


長かった騒動がやっと終わるけど、また婚約する日が伸びてしまったのは残念だわ。

秘密会議のあと、この騒動を納めるには、まだいろいろと手続きがあるらしく、自然と婚約日も延長せざるおえなかった。だからシーラ達が自分たちの国へと帰るのも一番、遅くなってしまった。

シーラにとっては、今まで以上にコンフォート国に滞在した期間は一番長く、離れるのは寂しく、感慨深いものがあった。

けど、しょうがないわね。我が国でも、しっかりやるべきことが沢山あるわけだし。

それと、シンにだけシーラはあることを伝えようとしていた。

「ねえ、シン。わたし、実は話したいことがあるの」

「え、なんだい。シーラ」

シンはきいてきた。

「実はね、レイが私をかばって部屋の奥へと弾き飛ばされたとき……、カインが遠くで泣いてたときの声が聞こえたの。それで、その泣き声が、私の小さいころの、失っていた記憶も思い出したの」

「シーラ、もしかして、、、。王妃様とのこと、、、を、、、?」

「シン、、。そうなの、、。私、思い出したの。お母さまが亡くなった日を。」

「シーラ!?おまえ、思い出したのか!!!??」

「ええ。どうして今まで、、忘れていたのか、私自身が不思議なくらい、、、。どうして、忘れていたのか」

シーラは、緑色の瞳で、遠くを見ていた。

「あの日、王宮で、私がお母さまと、かけっこをしてたとき、王宮から忍び込んできた人間がいて、、」

シーラはそこまで言うと、ぐっと、両手に力をいれ、爪が皮膚に食い込みながら歯を食いしばっていった。

「私をかばって死んだんだわ、、、、。私を生んですぐ死んだって、うそなんでしょ!!?わたしが、あのとき、、、。だから、レイも今回、キュリーダ卿の部屋で、私をかばって、、け、がを、、、。」

「シーラ、ちがう。君は、、、悪くないんだ」

「何がちがうの!?お母さまは私を狙った夜盗に見つかって殺された!!私はお母さまの背の後ろで、そのままお母さまが刃で切り殺されるのを、ただ見てるしかなかった、、、、。」シーラはまだ記憶小さいころの思い出を完全に忘れられるほど幼くなかったのだ。シーラ達が襲われたのは、シーラが5歳の時だった。ある程度の記憶は覚えている何例である。

ただ、一時的に、なぜか母親である女王との記憶が抜けている。女王が殺された日、葬式を除いて、、。

手を床について泣いて……泣き止みそうになった。

「ちがう、どちらにしろ、ユーデン国王妃様かシーラが、どちらかが狙われてたんだ。古い言い伝えによって、踊ろされた愚かな人間によって」

「、、、、、、。言い伝え、、、。」

「君もだが、シーラの母君の王妃、セレネ様は君と同じ緑色の瞳だから。それが、選定者の証だから」

シーラは、涙を流しながらシンの言葉を、じっと聴いていた。

シンが、シンの言葉が本当のことを言っているような気がしたから、、。

「言い伝えでは、緑色の瞳を持ったものは、安全で幸運な一生を送れる。しかし、、他人にうばわれたとき、その緑色の瞳を盗られたばあいその者に幸運が訪れる、、、、。古の言い伝えだよ。だが、その盗賊たちは王妃の眼を盗む前にレイに殺された。そして、シーラ。君の瞳は、最初から緑じゃなかった。国王と同じ、灰色の眼だったんだよ」

わたしが、、、灰色の眼。

「生まれた時から緑なはずじゃ、、!!」

「いや、ちがう。君の瞳は、灰色から、女王様の死によって、君に選定者としての証が移ったんだ。だから、それを守護する者は女王を守ろうとしたが、間に合わなかったんだ」

シンは言った。

「……じゃあ、なぜ私に、私の記憶に女王、お母さまの記憶がなくなったの?」

「それは、、、王妃様が亡くなって、君はひどい錯乱状態になった。」

シーラは、そして知った。その後何があったのか。

王妃が埋葬された日に自分が鳴き、幼いシン達もどうしていいかわからないほど、子供のシーラは泣きじゃくっていたこと。

ああ、あれは、あの情景はやはり、幻ではなく、いつか見た記憶だったのだ。

そして、自分が、葬式直後に高熱をだして、女王がいない代わりとなった若き国王が看病していたこと。そして、その熱が変わるころにはシーラは、女王、母親と遊んだ記憶がなかった。

解熱したときには誰も気がつかなったが、シーラが大人になるにつれて、母親との記憶を失っていることに気がついたのだ。

「え?お母さまとの思いで?小さいころはレイと追いかけっこして遊んだわよ?お母さまは肖像画でしか、みたことないわ」

たしかに、私はずっと、レイと遊んでいたと思っていた。だが、本当は違っていた。このことに、当時の大人たちはシーラの記憶に合わせる様にした。

シーラがまだ幼いとはいえ、目の前で母親が亡くなったのだ。そして、選定者という思い使命も背負っている。これ以上シーラを危ない目に合わせない様に、選定者に関する書物は、若き国王の手により燃やされ、シーラの瞳はできるだけ隠して生活するよう指導した。というものだった。

「そうだったのね。この世界は箱庭だけれども、選定者としての私の人生、そのものが、決められた箱庭だった訳、、ね」

「シーラ、君はいつか、レイの導きで創造主、神と出会う。だから、君の父上がしたことは、しょうがないんだ。この件については、私の両親、コンフォート国夫妻も承認している」

国王夫妻、、。ルナ王妃、カルシス様までも!?

「じゃあ、貴方の兄の、、、!」

「いや、シュレイア兄上や、サスティス兄上は、選定者については知らないよ。兄上たちが知っていることは、シーラの母上が殺されたこと、そして、女王として守らなければならないと知っているだけだ。もし、このまま兄上のどちらかが、王位を継げば、シーラ、君のことも、選定者についてのことも伝え説明するだろうけど」

「そう、、。」

これで、すべてのことが、わかった。シーラにとって、なぜ、こんなにもみんなが私の眼を、見られない様に隠し通すのか。そして、どうして、わたしが定例会議に出席してはいけなくて、文章だけ書いていればよいと言われたのか。

色んな出来事があったけれども、私の周りの人たちが私にしてくれたことは、間違っていない。むしろ、私を思ってしてくれたことだ。

これからも、私は次期女王になる者として頑張らなくては。

そう思った時だった。

「シーラ、髪に毛虫付きの葉っぱがついてるぞ」

「え!!、どこ、どこ」

日が暖かく照らしているが、今日は風が強くふいているのだ。そばにある木の葉が落ちて、髪に絡む可能性は十分あった。そして、毛虫は平気だが、さすがのシーラも毛虫が頭や体につかれるのはいささか抵抗があった。

「待ってろ。取ってやるから、動くな。眼でもつぶってろ」

「わかったわよ」

シーラが眼を閉じたときだった。

爽やかな香りがシーラのすぐ近くから薫ってきて、頬からは暖かいものが小さい音を紡ぎだしていた。

驚いて眼を開けるとそこにはシンの顔があり、「いつか正式に迎えに行くからな」と至近距離でシーラに言い放っていた。

「う、うん」

き、キスされた。

頬にだけれど。あの、シンが。いつの間に男らしくなったのだろう。こんな不意打ちにするなんて。小さいころは恋のへの字もなかったはずなのに。形勢逆転である。

「む、虫は?取れたの?」

平静を装うとするが、思わず裏返った声が出てしまった。

「冗談だよ。君が、難しそうな顔をしているから、なんとなくからかってみたくなったのさ。しーら、きみ、今、頑張んなきゃとか思っていたんだろ?」

「……そのとうりよ」

「シーラには、難しい顔は似合わないよ。それよりも、笑ってるほうがずっといい。俺は、シーラが、笑っている顔に惚れたんだから」

突然の告白に、シーラは顔を、耳も赤く染まっていた。

ほ、ほんとに、いつのまにこんなことを言う男性に成長したのかしら?やっぱり、シンと許嫁でほんとによかった。そう思うシーラだった。

シンじゃなければ、たぶん、シーラはすでにレイの怪我で心を壊していたはずなのだ。

「なあ、その、今日着ているドレスって、母上が新しく新調したっていうドレスかい?」ふと、シンが聞いてきた。普段、女性のドレスには無頓着なシンが言うセリフとしては、珍しかった。

「え、ええ。そうよ、綺麗でしょ?」

シーラが着ていたのは、王妃ルナが作らせたドレスの一つであり、その中でも一番シーラに似合っているものだった。シーラの金髪に合わせて銀色の、サテンちょうだったが光に反射するとピンク、青色と多彩に変化するシフォンドレスだった。

「シーラ、似合ってるよ」

「ありがとう」

「どうする?このままレイたちが待っている場所に戻るのもいいけど、せっかくお互い頑張ったご褒美に、何かしたいね」

「そうねえ、あ、ダンスしましょうよ!ここで!」

「ここでかい?王宮のダンスフロアでもいけば、専属楽団の演奏付きで踊れるよ?」

シーラ達がいたのは、草が生えて、小さい小石もある庭である。散歩やちょっとシートを広げて座るには良いところだったが、シーラの、今履いているヒールの靴で、踊るには少し厳しかった。

「いいのよ。それに、わたしたちが外でダンスするとなると、子供のとき以来じゃない?」

「あ、そうだね」

「ね、だから、ここで踊りましょうよ!人目なんて気にせず、自由に!」

「わかったよ」

シンはそう言うと、片方の手を胸に当て、シーラに手を差し出して膝を曲げてゆっくりと言った。

「お姫様、わたくしと踊っていただけますかな?」

大陸で貴族の令嬢を誘う言葉である。

「ぜひとも、お願いいたしますわ」

シーラはそう言って、シンの手に自分の手を上から添えて、ゆっくりとドレスの裾をあげて言ったのであった。


”なんだ、今日は人間たちのお祝いの日かい?”

”綺麗だね、女の人がクルクル回って踊ってるよ”

”綺麗―。あの人間が着てるのって、なあに?教えてー”

”あれはドレスっていうんだよ。ドレスよりも、女の人の笑顔も素敵だねえ”

”二人とも笑って、楽しそうだね。”

シーラと、シンが踊る、庭でのダンスは、王宮の庭に住んでいる小鳥、リス、ウサギ、鹿など、多くの動物たちの羨望の的となっていた。

シーラ達は、楽しくおどった。作法や音楽も気にせず、ただ、子供時代のように、ただ一人の人間として楽しく踊った。

そんなふたりを、晴天の晴れの下、雲の合間から零れ落ちる光によって、シーラとシンのワルツは輝きを増すのであった。






             おわり

                                                                          

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世界の秘め事1 森羅解羅 @bookcafe666

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