2.お互いの事情

  



森で再開した許嫁同士のシーラとシンだが、口を開いて言うことは痴話喧嘩だった。

「ちょっとモテるからって、部屋に女を連れ込むなんて!!みそこなったわよ!馬鹿シン!」

盗賊たちに声を掛けられるまでは、どのようにシンと話そうかと、年頃の少女らしく気をもんでいたシーラだったが、いざ本人を目の前にして腐れ縁的な感情が良い気に込み上げていた。

「ちょとまて!何か勘違いしているぞシーラ!」

慌てて弁解するシンだったが、普段と違って説得力がないように見えるのは、頬にある赤い手形があるせいだろうか。

「まあ!我が兵の情報網がおかしいとでも言いたいの!?ここまで来たからには事情を洗いざらいはいてもらいますからね!」

「こちらの話も聞け、シーラ。おいレイ、お前も笑ってないで事情を説明しろ!なぜシーラがこの森にいる!連絡は寄こしたのか?シーラがこの森に来ていたとは聞いてないぞ!」

シーラの怒りにあたふたしていたシンは、必死で笑うのをこらえているレイに気がつくと、”この状況をなんとかしろ”と言わんばかりだ。

「おほほほ。お嬢はそちらが女を連れ込んだという話をお聞きしましたので、わざわざ、こちら側がお伺いしたところですわ」

シーラ付きの侍女(?)、レイは優雅に説明するが、シンは自分が不味い状況にいるということを、ここでようやく察したようだ。

シンもシーラという許嫁がいた立場上、長年レイと接することはあって、レイの心情がわかるのだ。

実際レイは怒っていた。しかも物凄く。

こんなときの、このオカマの笑顔は、シンとシーラが幼いころに王宮パーティーで追いかけっこして、誤って隣国の王に赤ワインを顔にぶちまけてしまったときに見た顔だ。そしてシンとシーラは仲良く1日食事禁止になった。

あの笑顔を向けられた時の私とシンのトラウマは、今でも根強く残っていた。

オカマは怒らせたら怖いのだ。

「わ、わかった。事情は王宮に戻ってから話すことにしよう。とりあえず、その恰好は何とかしないといけんしな」

そう言われて、シーラはふと己の恰好を足先から眺めて気がついた。

先ほどの爆風で髪型が乱れ、王族の気品もあったものではないし、先ほど手で叩き落としたといえ、服のすそにはまだ土や泥みたいな汚れがついていた。そんな恰好を、婚約前のシンに見られたことに、ようやくシーラは気がついたのだ。

(げええ!!!)

心の中で叫びながらシーラは顔を隠して、レイに囁く。

「ど、ど、どうしようレイ」

こんな格好では、シンに事情を問い詰める前にシーラのほうが服装からして王族、女性として問題があるだろう。

「大丈夫ですって。お嬢、どんな格好も可愛いですよ!」

(こんな時に、弟子バカを発揮しなくていいからぁぁ――!!)

親バカならぬ弟子バカ。たまにレイは頓珍漢とんちんかんな言葉をいう時があった。

「シン様、お話のところ申し訳ありませんが、よろしいですか?」

シーラ達が話をしていると、の青年がシンに話をかけてきた。

シンの側近、カルファトだった。王宮で騒音にいち早くシンの部屋に駆け付けた人物だ。

「ああ、なんだカルファト」

「盗賊の者達は兵たちで縄で縛り終わりました。森周辺には負傷者やケガした動物も見当たらないとのことです」

「わかった。」

シーラがシンと話している間、シンの側近のカルファトは、すっかり黒焦げに伸びている盗賊たちの後処理をしていた。

シーラが捕獲された盗賊たちの方をみると、盗賊たちの両手には厳重に縄が巻かれており、ちょっとやそっとではほどけない様になっていた。盗賊たちは未だに夢から覚めぬまま気を失っているが、起きて暴れるよりはましだろう。

この後、盗賊たちは城でみっちりと事情を調べる予定だとカルファトは続けてシンに伝えていた。

「とりあえず、話は王宮に戻ってからにしよう。今さっき部下が王宮で馬車を呼びに云ったから、その馬車に乗ると良い」

落ち着いた声でシンは言うが、コンフォート国の兵たちの視線もあるので、シーラは隣国の王族として恥ずかしいやらで、すっかり威勢ある姿勢は身を潜めた。

「ええ、わかったわ」

そう言って頷くのが精いっぱいだった。

シーラは既に毅然とした態度で、シンと対峙するのは困難だったのだ。

しばらくすると、コンフォート国の王宮から馬車が到着して、シーラはレイと共に馬車に乗り込んだ。こうして、シーラ達を乗せた馬車は、前方に馬に乗ったシンを先頭にして馬車の周囲を護衛の兵士たち馬が走るという状態で帰路となったのであった。



                ♢



馬車の中に入ったレイは、さっそく広い馬車のなかでゆっくりクッションの背もたれに身を預けていた。

「無事、コンフォート王国まで着きそうで良かったですわね、お嬢」

両手で作った拳を顔に近づけ、レイは村の生娘の様にはしゃいでいた。

その一方で、レイの主であるはずのシーラは、誤解だと弁明するシンの言葉に、どういうことか説明の続きが聞きたいという心情と、これまでの長旅での疲れと、乱れ切った髪、服装を早く直さなければという思いで、心中は忙しかった。

「レイ、ほんっと元気ね・・・。もう私は疲れたわよ。ベットにジャンプして飛び込みたいわ」

馬車の背もたれに身体を預けると、シーラは首を後ろへと反らしながらリラックスした格好で話した。先ほどまでシンと、大いに大声で話していたため、喉がカラカラだ。

「あと、早く湯舟で身体を洗いたい気分だわ」

馬車から見える景色を横目で見ながらシーラはレイにそう言った。

そして、暫くのあいだ会話もそこそこに馬車の中で休む二人だったが、馬車の窓から見える景色が森林が、いつの間にか王宮のすぐそばまで来ていたことにシーラは気がついた。

「レイ、もうコンフォート国に入るわよ」

「え、もうですの?」

レイはといえば、馬車の中でひと眠りしていたらしい。

「やっぱり、馬車だと早いですわねー。ああ、あと恒例のアレも見えるかもですわね」

レイの恒例のアレとは、シンに対するコンフォート国の出迎えのことだ。コンフォート国では歓迎の仕方がやや特殊なのだ。

レイが意地の悪い冷やかし顔でこっちを見ながら言うので、シーラはレイがこの状況を遊んでるわねっと、気がついた。

だが、王族でありながら正装ではない、庶民の格好をした自分が、王家の馬車から顔を出すことは絶対に許されることではないので、「いいから私をマントの中に隠してよ。他の民にこんな姿見られたら、お父様に怒られちゃうんだから」と言って、レイのマントへと逃げた。

レイはそんなシーラを慈しむような瞳で見ながらも、すぐにレイが着ているマントの裏へとシーラの身を隠した。

そんなやり取りをしていると、大きな声が響いてきた。

「開門—――――!!!!!」

幼いころからシーラは正式な招待でパーティーに招かれ、馬車で何回かは来ているとはいえ、王族としての立ち振る舞いは、すなわち王国の品格を表す。王族は良くも悪くも注目の的。動作、表情、一つ一つに臣下や貴族から評論されるのはどの世でも辛いことだった。もし、粗相があれば、すぐにでも王宮としての品位は下げられ、冷笑される。小さい国は、大きい帝国や国に圧倒されてしまうため、なおさら底意地の悪い貴族などから下に見下されることがあった。

(いよいよコンフォートにたどり着くことが出来たんだわ…。これ以上に、しっかりしなければ・・・・)

シーラが身を引き締めていた矢先、例のアレが大きく響いた。

「キャ―――――!!!」

「シン王子—――――!!」

「キャーお帰りなさいませ――!!」

城の周りを囲っている城下町を潜り抜けるために、両端を店や町民の家々が連なる大広間を馬車で通ると四方八方、甲高い黄色い声がはっきりと聞こえてきた。

コンフォート国の民、若い娘たちの声だった。

森で走っていた時よりも、馬が走るスピードを落としているとはいえ、シン王子のお姿を見ようと、馬車が走り去るたびに町民の娘が羨望の瞳でシンの帰還の歓迎をしていた。

コンフォート国には三人の王子がいるが、王子たちは町民にひときわ人気が高く、王宮に憧れる町娘などは、親が良い縁談を持ってくるまでの間の憧れの存在、一種のスターであった。

さきほどから気に病んでいたのは、この、シンのファンというべき若い乙女たちの声援だったのである。

「ひ、久しぶりに来たけれど、やっぱり、人気が高いわね…」

レイのマントの中で身体がよろめくほどの衝撃を受けながら、シーラは馬車の窓から馬車の先方を走っている、馬に乗っているシンを覗き込んだ。

シンはいかにも理想の王子様のように、凛々しく前を馬で走っていた。

シンは女性にモテるとは知っていたが、やはり自分と婚約してくれるのだろうか?女性に人気のシンを見て、シーラは心配になっていた。

落ち込むシーラを、レイは何か勘違いをしたのか、「あ、あの子たちはお祭り気分で、シンにキャーキャー言ってるだけよ。そんな落ち込まないのよ」レイが慌てて必死になだめようとするが、コンフォート国に入るころよりも増して、シーラは女を自室に連れ込んだというこの疑い、どう説明してくるのかしら?と思うばかりだった。

町民からのシンの声援ぶりと、レイと一緒に馬車から見える城下町の風景は、自分たちの国とは文化がやはり違っていた。大陸の末端に位置する、我が国の海や山に囲まれた自然が多いわが国に比べて、コンフォート国は、隣国に接する土地が多いからか、貿易で栄えた商業国家。

シーラは毎回自分の国にではない、コンフォート国に着たら興味深く見てしまう。

個人で、花を歩き売りながら回るおじいさん、芸を披露して、お金を募る踊り子の姿や旅芸が活気よく、あちらこちらに垣間見えて、何とも面白いのだった。

以前も王宮の式典の際に城下町を通ったが、納める税が少ないのに自由に民が貿易を行っているためか、シーラが贔屓目にみた自国と比べても、やはりここの国の民は活発に見えた。


                 ♢



王宮に着いて、さっそくシーラ達は旅の汚れを落とした。

コンフォート国の入浴はシーラ達の国とは違っているので、時間がかかったが、なんとか旅の汚れを落とせてシーラは大満足だった。そして入浴後には、旅で着ていた服とは別の服が用意されていた。

シン王子側近のカルファトが、「森のなか、徒歩で来ていた二人が隣国の王女、側近だということは秘密にしてたほうが良いでしょう。とりあえず、お二人には変装して頂きます。王宮内で他の大臣や貴族に用事を頼まれると困るので、とりあえず、声を掛けられず、王宮内を歩いてもおかしくない、聖職者の服装で来てください。シン王子の謁見室までの案内は、メイドか従者に依頼しますから」

ということで、シーラは髪、特徴的な瞳が隠しやすい聖職者の衣裳に着替えていた。

青のラインが入ったサテン調の白の服で、浄化を表す意匠の服だという。

(こんなことを言っては不謹慎だけど、ちょっとワクワクしてしちゃうわね。こんなお忍びみたいなことをするのって、小さいころの遊び以来だってかしら?)

シーラは、聖職者の衣裳を身にまとって待つように言われた部屋のドアを開けた。

中へ入ると、すでに護衛の衣裳で剣を武装したレイが椅子に座って待っていた。

レイはすぐさまシーラに気がついて、顔を上げるなり乙女全開で喋った。

「キャー、お嬢可愛いじゃないですか」

レイは、シーラの聖職者の恰好が気に入ったらしい。

レイの思わぬ誉め言葉に、シーラはやや照れながら「え、ああ、そう?」と返事をしてしまった。

(お世辞だとしても、やっぱり褒められると嬉しいわね)

「私もやっぱり着たかったですわー」と言って、レイはうっとりした表情で答えた。

その言葉を聞いたシーラの顔が一気に表情を固まらせた。

(そ、それは・・レイはオカマだから自然とそう思うんでしょうけれど・・・・)

レイとしては、綺麗な服に身を包みたいところなのだろうが、ここはユーデン国ではないのだ。

コンフォート国に入った直後、シーラはシンとカルファトに言われた会話を思い出していた。

”なんでレイは衛兵の格好なのよ?私と同じ聖職者の格好の方が全身隠せていいじゃない”と、シーラがシン達に言ったときのことだ。

"背の高いレイが、女の聖職者の服を着て王宮内で歩いて見ろ。すぐさま、『変態がいる』と、大騒動になるぞ。筋肉隆々なレイに女性の服は似合わな過ぎるんだ”

とシンに影で言われた。

シン王子の側近のカルファトも、

”女性の服を着せたら確実に目立ちます。お忍びではなくなってしまうので、ぜひとも男の服を着て頂けるよう、説得をよろしくお願いします"とカルファトにもシーラは言われていたのだ。

シーラとしては、レイは長年付き添ってもらっている部下だ。

シーラは普段であれば主として、『レイの心は乙女なんだから、そんなことはないわよ。本人の好きなように女の服を貸してあげてもいいじゃない!』と言うべきところだろう。自分たちの国ではそう主張できた。だが、違う国で、レイを普段から見たことがない人からしたら、このオカマは筋肉質で、女としては背が高すぎた。初めてレイを見る人には、明らかに男にしかみえないのだ。主としてのシーラもシンとカルファトに弁解できなかったのである。

結局、『シーラと同じ聖職者の衣装は入らないから』と表向きの言い分で、レイには護衛の服装を着てもらったのだ。

そんな経緯があったことは露知らず、オカマとして大真面目に生きてる当の本人は、何度もため息をついては、「あーなんで男の服って、こうも可愛くないのかしらねー。大きいサイズの服作ってくれないかしら?」と、防御に特化した兵の意匠を、レイは不満顔で足の先から首の鉄製の鎧まで眺めながら呟いていた。

(マッチョな男が可愛い服着てたらビックリするんだって・・・)

と、心の本音は言えず、シーラは「そうね・・・・・・」と、相槌を打っていた。

こうして二人は着替えた後、部屋に訪れた従者に「謁見室までご案内いたします」と言われるがまま、王宮内をついていくのだった。

数分間迷路のような王宮内を歩いたのち、従者に「こちらの部屋でシン様がいらっしゃいます」と言われそのまま二人は謁見室に入った。

シーラとレイはコンフォート国の謁見室に初めて入ったが、部屋の中は煌びやかな照明が何層も重なって室内を照らし、窓辺にある豪勢な調度品や床に敷いてある敷物を一層引き立てていた。謁見室の部屋はシーラが思っていたよりも広く、臣下が20人は余裕で入るであろう大きさだった。

(王族としては、やっぱり豪華な部屋ね。ここで、外交とか言葉を交わすのかしら?)

シーラは部屋の印象を素直にそう感じていた。

シーラとレイが部屋の奥へと進むと、現れた人影がいた。

シンと側近のカルファトだった。

この二人も森で着ていた武装を解いており、着替えていたのか、軽く運動できるような服装になっていた。

「着替えたか。」

シンが話してきたが、シーラは黙ったまま頷いた。

そして先に話を切り出したのはシンだった。

「単刀直入にいうが、お前たちが伝令で伝え聞いた、私が女を連れ込んだという話だが、もう少し話を聞かせて欲しい」

シンにそう言われたシーラは、素直にありのままを話した。

王宮から自室に戻ろうとすると、婚約を控えたシン王子に女が自室に入り込んでいるという伝令の報告を受けたということ、何かコンフォート国であったかもしれないので婚約の式が延期になったこと。

自身が知っていることをシーラはシンに全てを話したのだった。

シンは一言も話を切り出すことなく、黙ったままシーラの話を聞いていた。

シーラの説明が終わっても、シンから言葉を切り出さず、黙っているため部屋には静かな間合いが流れた。

(なによ、弁明するなら言いなさいよ。)

つい、けんか腰になってしまうシーラだったが、ようやくシンが言葉を発した。

「なるほどね。それを確かめるべくして、一人で乗り込んできたという訳か」

「そうよ。あなたは民からも好かれてるし、いつかこんなことが起こるんじゃないかと危惧してたのよ」

「そんなこと思わず、手紙で書いてよこせばいいだろう。そんなに男として信用がないのか?俺は。」

シンは話の流れで主張した。どうやら、許嫁として心外だったようだ。

だが、シーラは違っていたらしい。

「ないわ。男性は隙あらば女性に言い寄る生き物だもの」

スッパリと許嫁のシーラに言われて、シンは襟の着回していた片方の服がズルっと着崩れを起こしていた。

”少しは信用してくれていると思っていたんだがな~”といったシンの表情だったが、

思い直したのか、「まあ、まずはこちら側の誤解を解くこととしよう」と、シンは言ってきた。

シンは、口元に握った手を当て、コホンと古典的に咳ばらいをして話し出した。

「俺の話よりも、まずはダイラン帝国の話をしよう。一番のことの発端は、実は○○大陸一の大国、ダイラン帝国なんだ」

「ダイラン帝国が?」

ダイラン帝国と言えば、その巨大な国土から自国で経済を回しており、隣国諸国とはほとんど物の貿易をしない国だ。いろんな国を行き来する旅商人にも通行の制限をしているほどの国で、別名、沈黙の国家と言われている国である。

それでも、巨大な国土を生かして諸外国に戦争を吹っ掛けないだけマシな国だと、陰で皆口々に言っては、帝国の怒りに触れないようにしていた。

もしその帝国が何か動くとなれば、周辺国家は間違いなく影響を受けることになるからだ。

「ああ、ダイラン帝国とコンフォート国は大河を国境にしているが、何やら周囲の国に向けて密偵を出して嗅ぎまわっているという噂が流れていたんだ」

「その偵察が、すぐに終わっては別の国に偵察を行っている感じでな。偵察の期間自体が早すぎるので、何を調べているのかまではわからなかったんだ。そして遂に、ユーデン国までどうやら偵察が来たらしいが明らかに他の国より偵察機関が長くて今でも続いてるらしい…」

「え、私たちの国に?」

そんな気配は微塵も感じなかったし、みんな普段どうりに生活していたようにしか感じなかったけど。

しらっと平静を表情で保つシーラだったが、内心驚いていたし、何かしたかしら?と思いを巡らせていた。そのシーラをジーと見つめながらシンの顔が迫ってきたので、思わず

「な、何よ」

「いや、そのユーデン国で調べている内容が、どうやらシーラ。王女について調べてるらしいんだ」

シンの冗談とも思えない口調で話す内容は、この広い執務室に響くように大きく響いたようにシーラは感じた。シンの言葉は私の心や頭を一瞬で氷漬けにするには十分だった。

「え…、えーー!!!」

一瞬の間が開いたあと、気がつけば私は思いっきり驚いていた。

「どうして私なの!?え、私何もしてないわよ」

「そんなことは我々だって知っている。シーラについて調べているらしいことはわかったんだが、奴らは複数人で動いているため、近づいて捕まえようにも、事前に用意していたのか馬車や目隠し用煙幕を使ってはで、まだ捕まえられていない。そこで、男だとやはり偵察する者も警戒するだろからということで、女スパイを町や王宮で潜ませて情報収集していたんだ。それで、何かわかったことがあればこの執務室に女スパイからカルファトと共に聞いていたんだ」

そして、昨夜も遅くに調査報告書を持ってきたカルファトと過ごして連日寝不足だということは男としてカッコ悪いか?と思い、伏せて言わなかったシンであった。

「そうだったの……。思わず私、ちちくりあってるのかと……思って…」

思わず、小さな声で私は答えた。

「ちちくりって…。忙しい中、こっちは必死になって、シーラが危険な目に合わないように眼を光らせていたん…だ…ぞ…」

シンは誤解が解けた反動でか、苦労したことを声高々に話していたが、シーラの顔を見るなり、表情を変えて言葉が途切れ途切れになっていた。

「ごめんなさい。私、そうとは思ってもみなくて…そうだったのね」

言葉の途中で、声が小さく、眼から熱い雫が溢れてきて、私の言葉はか細い声になっていた。

今まで悩んできたことが、ここでやっと、私はシンが誤解だということがわかった。糸がほつれた瞬間だった。

シンは、私の身を案じていろいろなことを、していたということではないか。それなのに、私は婚約破棄になって捨てられるんじゃないかと思っていた。自分のことしか考えていなかった。

けれど、そのことが私を後悔の淵へと落ちるには十分すぎるほどだった。

シーラは人に対して、むやみに怒る人でもなければ、王族としての決められた婚姻に無慈悲にいられる人でもなかった。お王族よりも、ただの少女として過ごすことのほうが多かった。それが、今回の件で彼女を動かした理由でもあった。

そのとき、シンからの手が、私の手を取り顔を上げると、いつの間にすぐ近くに来ていたのかと思うほど至近距離でシンの手が私の手に寄り添いあげると、

「痛みも、困難も分かち合いたいから、俺はいるし、お前を護れるなら別に苦じゃないさ。」

シンはわかってくれる。幼馴染なんて関係ない。この人で良かったとシーラは幸せに感じた。


「お嬢、良かったですわねー。」

レイは涙を流しながら、ハンカチで目頭を押さえて感動していた。

「シーラに知らせるのは、逆に恐怖を与えることだし、護衛として強いレイがいたから、絶対にケガをすることはないだろうと思っていたんだ。だが、逆に、誤解させてしまうなんてな。まさか、小さいころのようにレイ一人しかお付きさせずに森を歩いてくるとは思わなかったよ」

シンは笑顔で昔のことを思い出しながら話すが、ユーデン国で、相変わらずレイと一緒に何回かは森で野外学習として出かけている。なんて、知ったらシンは卒倒するだろうなっと、思ったシーラは、後ろめたい気持ちを抱きながら、今では溢れていた涙も収まった眼で、「そうね」とぎこちなく笑顔を返した。




「問題は、シーラ王女。何故、帝国はあなたに的を絞って情報を集めているかという点です」

シンの側近カルファトは手を口にあてて咳ばらいをした。どうやらこの主従は似たような古典的な行動をするらしい。

さきほどまでのほぐれた会話は、一気に深刻な話となった。

「そうね、あなたの言うとおりだわ。けど、私は本当に身に覚えがないことだわ。帝国に何も接点がないのよ」

「それはこちらも熟知している。婚約前で、礼儀作法やらで花嫁修業をしているとレイから手紙で聞いているぞ」サラリとシンが言うけれど、私はいつの間にこの二人が手紙のやり取りしていたのと驚き、すぐさまレイへと振り返った。

「お嬢、ゴメンねー。」両手を合わせて、てへぺろと舌を出して、溢れんばかりにオカマは愛嬌をふりまいていた。

「まあ、これ以上ユーデン国にシーラがいても、いつか王宮にまで刺客が入り込まないとも限らないから、当分はわが国で、落ち着くまでゆっくりするといいさ」

笑顔で言い放つシンに、ああ、いい男に成長してて嬉しい。子供ころは、本ばっかり読んでたらいざって時に戦えないわよと叱咤して剣の遊戯に何回も誘ってたの悪かったなーと思うシーラだった。

そして、ふと、脳裏によぎった疑問をここで切り出してみることにした。

「ねえ、私が帝国から眼を付けられてることはわかったんだけれど、これからシンたちはどうするつもりなの」

シンとカルファトは私の疑問に意表をつかれたのか、キョトンとした不思議な間が一瞬開いたが、すぐにお互いに目線を合わせて、カルファトが大きい地図を持ってきた。それを大きい豪華絢爛なテーブルに広げてこう言った。

「この世界地図でご説明いたします。まずは、先ほど王子が言ったとうり、シーラ姫にはユーデン国にいることにして欲しいとユーデン国国王に、後で使者を送ろうと思います。偵察の者を引き付けておいて、我々はまずはこの偵察を指示している者は誰か探るために、こちらも偵察を行おうと考えております」

「お互い偵察戦略するってわけね」

シーラは女だが、王位継承者として政治、外交に興味があり、何より、戦略というものが大好きだったので、ワクワクしていた。

「そのとうりです。実は、次の満月の日に、帝国や近隣諸国が集まっての定例会議がございます。貿易や外交の話をしたあとは、パーティーが開催されます。その期間中に、帝国の使者から黒幕は誰か、なぜ近隣諸国に偵察を放ったのか調べ上げないといけません」

カルファトは一気に説明してシーラに目線を移した。

「シーラ姫には、その間、身を潜めていただきたいと思っております」

「え、どうしてよ」

突然カルファトに言われて、シーラはここで初めて困惑した。

その表情に同じく、いやそれ以上困惑していたシン王子がいた。

「ちょっと待て、シーラ。もしかして、作戦に加わるつもりか?」

シンは、おそるおそる言葉に出して聞いていた。

「そうよ。私について調べられてるんなら、理由しりたいし、なにより気味が悪いじゃない」

シーラが、きっぱりとシンに言い放っている周りでは、レイは「お嬢はなんでも知りたがるから」と腕を組んで苦笑い、カルファトはやっぱりですかっと、いった表情をしていた。

「だめだ。いくら何でも危ないし、帝国が調べている本人が目の前に出てきたら、相手だってどんな行動に出るかわからないじゃないか。」

「大丈夫よ、私をメイドとして長い前髪で顔を隠せばいいし、レイも側近としてつければいいし」

「そんな問題じゃ」と、シンが言っているところにレイが前に出てきてパンパンと両手で叩いた。

「はい、はい、そこらへんにしましょうか。もう夕暮れになりますし、お嬢も長旅後なんだから、今日は早く寝なきゃですよ」レイはにこやかに話した。

レイとしては、この二人がまた口論には発展するの避けたかったのだった。

こうして、お話はお開きになったが、シーラ、シン、両名は共にモヤモヤとした気持ちのまま夕食となった。



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