1.誤解は突然に
ユーデン王国の隣国にはコンフォート国と、呼ばれる国があった。
互いに隣国同士だったが、渓谷や森があり、境界も人里離れていたためか、遥か昔から仲良く貿易を行うだけの友好的な関係が築かれていた。
そしてある年、れぞれの国で王族の子供が産まれた。コンフォート国では三番目の子供、ユーデン国では初めての子供がだった。
なぜか六十歳を超えると突然亡くなってしまうこの世界では、王族は幼い頃から婚約者を決めるのが習わしであり、そのため王室では、お互いの国同士の絆を強くするために赤ん坊2人を、将来の許嫁とした。
ユーデン王国は美男美女の国と詠(うた)われるだけあって、綺麗な金髪、薄い緑色の眼をした女の子、シーラと名付けられた。
そして、隣国では、ふくよかな王と王妃からよくここまで見目麗しい子供が産まれたと思わずにはいられないほど、銀髪、群青色色の瞳の男の子、シンであった。許嫁として幼い頃から二人は互いの国を来訪することが義務づけられ、大人たちの意図的なやり方で一緒に遊ばされ、いわば国同士で交流を図っていた。
だが、そんな大人たちの思惑とはいかずに、二人の仲は可愛い恋人同士というよりも、明らかに子弟関係そのものだった。
ユーデン王国のシーラの性格は活発で、コンフォート国のシン王子は小さいころから大人しい性格の持ち主。一方のシーラは、勉強よりも剣を習う方が好きという子供だった。そのため、許嫁だというのに二人はケンカをしたり、学業や剣の稽古で競い合ったりして友人関係の様にみえていた。だが、ようやくお互いにお年頃な年齢になったこともあり、そろそろ婚約の話を進めましょうかましょうか、という段階でシン王子の女性自室連れ込み疑惑が発覚したのだった。
♢
「ねえーレイ、本当にこっちの道で合ってんの?私、徒歩で来たことわかんないから、全然道知らないんだけどー!」
ユーデン国の後継者であるシーラは、森の中の山道を歩いていた。
今、身に着けているのは庶民の服装。身バレ防止のためにフードを頭から深く被っていた。
そして、そんなシーラの前を元気よく歩いているのが、レイだ。
「大丈夫ですよ。ほら、お嬢、頑張って。もう少ししたらコンフォート国に着きますわ♡」と、笑顔で言うレイ。こちらも、王宮のメイド姿とは違い、男の庶民の服装でいた。レイには悪いが、短髪で赤髪のレイにはやはりこちらの服装が文句なしに似合う。
シーラとレイは、コンフォート国を目指しながら森の中を旅しているのだった。
「はあ、レイは元気ね。そんなにタフなのに、なんで王宮でメイドしてるんだか」
山道を歩くのは平気だったが、シーラは連日山道を歩いた経験がなく、女として体力の問題から身体はきつくなり始めていた。
「軍人の生活は飽きましたから。王宮でメイドしてる方が楽しいですし」
「メイドじゃなくて、主に私の教師でしょ、レイの仕事は」
「そうとも言えますわね」
「・・・・・・・」
(冗談だったのに・・・)
「ところで、レイ、本当に大丈夫なの?一緒に私と王宮から抜け出して。他にも仕事だってあったんでしょう?」
シーラは話題を変えてレイに尋ねた。
「大ー丈夫、大丈夫。私は本来お嬢専属だし、王様だって、許してくれるわよ」
レイはいつもの笑顔でウィンクしながら話してくれた。
そんな余裕たっぷりのレイが羨ましい。
たしかに、レイはシーラの父である王に何故か一目置かれており、他の大臣や政治を取り仕切る宰相よりも優遇されていた。だが、一介のメイドにしてはあまりにも異例なのだ。
(例えレイが、『お嬢様に付いていっただけです』と言えば、お父様に怒られないのよね。そして私だけは怒られる。うーん、納得いかない)
レイは大丈夫なように王宮内を離れる前に手配したと言うけれど、自分のことに関してはお父様は今頃カンカンに怒ってるはずだ。長年の経験上でシーラは予想していた。
(お父様の怒りが冷めるまで、正直王宮に帰りたくないなー)
シンに事情を問いただした後は、怒りが治まるまでコンフォート国に
そんなことを考えながら、シーラとレイが王宮を飛び出してきて早くも数日が経過するのであった。
―――結局シーラはあの日、一人で王宮を飛び出しすことはできなかった。
やっとのことで、人知れずにカーテンの綱で地上に降りた時、レイはいつからそこにいたのか、遠出の服装で、準備万端で待ち構えていたのだ。
「え、レイ!!??な、な、な、なんでいるの!!!???」
「長年、お嬢の世話勤めてないですわ。私をだしにくだしにくには、まだまだですわよん」と、ニッコリ笑いながらレイは言う。
続けてレイは言い放った。
「わたくしもお嬢についていきますわ」
そう断言した。
「え、ホントに?」
(来てくれるの?怒ってるんじゃなくて?)
「はい」
あの日は、王宮を飛び出すなんて言ったらレイに怒られると思っていたから黙って窓から飛び降りていたのだが、まさか、お
だが、こうして、隣国までの二人の旅が始まり、市街地を越え、草原を歩き、とうとう広大な森へと着いた。そして、この森を抜ければ、コンフォート王国に着くという場所まで来ていた。
「私はただ早く、シンから真相が聞きたくて抜け出してきたんだけど……レイは仕事いいの?」
レイをチラッと見るが、レイは平然と答えた。
「何回も言ってますでしょ?お嬢は、もし止めたとしても、言っても聞かないですから。私も、王の間で聞いた話が真実かどうか確認したいですし」
(うーん、私の性格を知っている割には、授業を脱走するたんびに怒りながら追いかけてくるんだけどな)
ちなみに、レイは苦手な講義を抜け出そうとする私を捕まえるときは、シーラの服めがけてフォークやナイフ、果ては黒い鞭で捕まえようとするのが常だった。
幼い頃から、毎回あらゆる小道具でレイに捕まえられるので、結局大人しく講義を受けるのだが、最近では自分の剣の上達もみられてきたので、小さいころよりは捕まえられにくくなったと思ったシーラは、授業からの脱走癖が再燃していたのだ。
それがユーデン王国王宮でたびたび目にする光景でもあり、『おかげで、逃げるのがうまい娘が出来上がった』と父である王は宰相に愚痴をこぼしているのを娘のシーラは知らない。
そんな中で、レイが思い切って本題を聞いてきた。
「それより、この森を抜けると隣国に入るけど、シン王子にどうやって話切り出すつもりです?」
話と言うのは、シンが本当に女性を自室へと連れ込んでいるのかという件だ。
「実は私も考えてるんだけど、言いにくいのよね。最近は手紙のやり取りだけで対面するのは久しぶりなんだけど、どうしようっか」
許嫁ということもあり、お互いの誕生日の際には、事前に手紙で連絡してから馬車でお互いの国を行き来するのが両国間の暗黙のルールだった。
だが、今回は馬車も使わず、お忍びで初めて来たのだ。
王子がいるコンフォートコンフォート国に近ずくに連れて、シーラはシンに早く会いたい気持ちと、自室に女を連れ込んだと耳にした話をどうやって切り出そうか悩みながら歩いていた。
そのときだった。
「ちょっと、すまんけど、お二人さん、俺らに金を恵んでくれないか」
シーラ達が歩く道の、横の雑木林の中から、急に声がした。
二人が振り向くと、傭兵みたいな恰好をした男4人が突っ立ていた。よく見ると、手にはナタや弓を持っており、一瞬で盗賊とわかった。
(わ、盗賊!久しぶりに見たわね)
シーラは、フードで頭を隠しながらそっと腰に隠している剣に手を添えた。
「なんだよ、おじさん達。怖い顔してんなあ。俺たち、何にも持ってないぞ」
レイが男口調で盗賊団の男達に言葉を返した。レイが口調を変えるのは、王宮の外の時ぐらいだ。なぜ口調を変えるのかと以前レイに聞いてみたことがあるが、「オカマに慣れてない民衆からしたら目立つし、その連れが王族とバレちゃいけないでしょ?」と言っていた。
盗賊たちはレイの「何も持ってない」発言に怒る気配はなく、値踏みするような視線は消えることはなかった。
「そうかい。残念だが、あんた達から衣服や物を力ずくで奪うしかないようだなあああああ!!」
そう言うと、盗賊たちは一斉に森の上の斜面から歩道へと飛び出してきたので、シーラは護身用の剣で応戦しようとした。それなのに、横からレイの手が伸びたかと思うと、ひょいっとレイの背中へと担がれ、そのままレイは盗賊たちを置いて走って逃げていた。
「待てーーー!!金目のもん、置いてけー!!」
「逃がすかああ!!」
追いかけてくる盗賊たちを尻目に、レイはシーラを担いだままホイホイと森の山道を走っていく。
シーラが17歳の乙女とはいえ、スピードが衰えない走りは流石力自慢のレイだった。
「わ、ちょっと、レイ、なんで戦わないのよ。強いレイなら4人倒せちゃうでしょ」
「バカ、あんな奴ら相手にしてたら国に着くのが遅くなっちゃうでしょうが!」
盗賊たちも、獲物をしとめようと必死になって弓をビュンビュン放してきた。二人が話している間も緊迫した状態だ。
「どーすんの、私を担いでる限り追いつかれちゃうわよ」
「それよりも、あいつら一気に倒すブツ持ってきてるから、荷物から出して頂戴」
レイは元のオネエ言葉に戻りつつありながら、シーラに言ってきた。
「え、どれ!?揺れてて、探しにくいわよ!」
「花火よ、花火!火つけてアイツらに投げるのよ!」
「え、そんなの持ってきてたの!レイ、ナイス!!」
「いいから,速く!」
シーラはレイに急かされながら荷物の中を探していると、奥に花火らしきものを見つけた。
「あった!これね!!」
シーラは荷物の中から花火を出すと、着火、盗賊に向けて思いっきり投げるのだった。
♢
一方その頃、コンフォート王国の王宮ではゆったりとした時間が流れていた。
王宮の一室では、もう昼過ぎだというのに未だに寝ている若者がいるほどだ。
若者が寝ている部屋の中には、適度に書類が散乱しており、大きな白いベット、横には小さな、けれど華美な意匠を凝らした白と金の細工を施したテーブルがあった。特にテーブルの上には、世界地図と、なにか書かれた羊皮紙が多くあり、すぐ近くの床に集中して散乱している。
そんな部屋のベットの中で静かな寝息を出しているのは、この部屋の主人、シーラと許嫁のシンであった。よほど眠かったのか寝間着のローブに着替えずシャツを着たままベットで横たわっており、片手には書類を持ったままで睡眠を満喫していた。ベットに沈むそんなシンのシャツからは引き締まった体躯が見え隠れしており、普段豪華な王子としての衣服を身に纏っている人間としては珍しい光景だろう。
そんな銀髪で群青色の瞳をしているシンが、一国の王子であるにも関わらず自室で爆睡しているのは、昨晩遅くまであることをしていたからであった。
しかし、その安眠を突然の爆音が鳴り響いた。
「ドッドォォォォォーーーーーーンンン。バチバチバチ」
コンフォート国の王宮の、シンの一室にまで届いた豪音に、シンの群青色の眼は開き、ベットの枕下に隠していた短剣を出しながら飛び起きていた。
刺客かと警戒する瞳で、シンは周囲を確認するが、何もなく、音が聞こえるのは外のテラスだとわかると、シンは寝衣が乱れた状態でテラスへと急いだ。
そのころには王子の扉が開き、「王子、ご無事ですか。」と言って出てきた側近のカルファトも駆けつけてきた。
王子と銀髪だが、その体つきは細く、明らかに学芸の専門という感じの若者だ。
「大丈夫だ。それより、なんだこの巨大な音は」
王子は群青色の瞳を凝らして外の景色、轟音がする方向を見ていた。
「わかりません。いま、兵を使って調べるように言いまし…た……」側近のカルファトは最後まで言うことなく、王子が外へ向けている目線と同じ外の景色を見て、唖然としていた。
王国の外にある広大な森の頂上付近で、奥から大きな花火が打ちあがっていたのだ。それも何発も打ちあがっており、新緑の色をしていたいつもの景色の森から黄色、オレンジ、赤、と華やかに空を彩っていた。
当然、城下町の民衆は轟音がする方向へと身を乗り出して見ては、
「あれー、なんだなんだ。今日、祝い事でもあったか?」
「花火って、珍しいわね。何か事件かしら」
「びっくりしたなーー。急にどうしたんだ、この音は」
日中の仕事の手を止めては建物から出て多くの人が森を見つめていた。空に打ちあがった花火に驚きの声をあげている。
城の中も当然大騒ぎになっており、メイド、コック、多くの兵もなんだなんだ。と出てきては話す声がシンの耳にも届いていた。
「こんなことは初めてだな。カルファト、すぐに向かうぞ」
「はっ」
シンと、カルファトはすぐに側近数名を連れて森へと駆け出すのだった。
♢
「レイ、爆薬多く詰め込んだの?」
「まあねー。以前、王宮の兵の演習練習を見たとき、火が小さくみえたんだけども、今度からは少し減らした方がいいわね」
「いや、少しどころじゃないから。思いっきり減らしなさいよ」
笑顔で答えるレイはいつものオネエ言葉に戻り、私も担ぎ下ろされて地上で立っていた。そして立っている二人の格好はひどい有様になっていた。
レイが投げろと言った花火は、レイが改良を加えた物であり、爆風が遠くにいた二人にも襲い掛かったのである。
シーラが、先ほどの着火した花火を盗賊たちに投げると、大きな光が森中を駆け巡り、レイから「伏せろ」と言われて、シーラの身体は地面に押し付けられた。
その直後に、大きな爆発音がして小さい石やら強風が吹きつけてきたため、二人の恰好は泥や飛んできたであろう葉っぱなどが服についていたのだ。
そして追ってきた盗賊たちは、皆(みな)黒焦げになって地面に伸びている。
シーラは盗賊たちの近くまで行ってしゃがむと、木の棒でチョンチョンと起きないかどうか確かめた。
どうやら完全に伸びているらしい。盗賊たちの身体はピクリともしなかった。
シーラは起きないとわかると、スッと立ち上がり、服についた砂や泥を叩き落としていた。
「レイ、早く行きましょ。こいつらが起きないうちに」
「うーん、それも考えたんだけど、私たちもここまで来たし、あとは、あちらさんも頑張って来てほしくなっちゃったんのよねー」
レイが人差し指を頬にあてながらニッコリと答える。
「え、それ、どいうこと?」私が首をかしげて尋ねたが、レイは笑顔で周囲を見渡しながら、近くにあった木陰の先ほどの爆風で大木が折れてベンチになっていた倒木に脚を運んでいた。
話の続きが聴きたくてシーラがレイに駆け寄ると、「いいから、いいから。この木に座って待ってましょうよ。お嬢」と、馬鹿力のレイは私の服をグイッとひぱるもんだから、身体がふらついてしまい、私も思わず木に座ってしまった。
すると、森の奥から馬のひずめの音がした。
ドドドドドドドドドドドド
突如として、地響きが鳴り響き、直接シーラ達の足から揺れの振動が伝わって来た。
シーラは音が鳴る森の奥へと振り向いた。
「な、何!?」
思わず立ち上がり、森の周囲を見渡すが、何も変わっておらず、ただ地響きが徐々に大きくなっているのを感じ取っただけだった。
「やっとお出ましね」レイはふぅと話した。
レイは笑顔を浮かべて余裕の表情だが、シーラにとっては何が来てるのかわからない。身を構えての戦闘態勢だった。
更に音が大きくなってきて、いよいよ森の奥、茂みから出てくるー!と、シーラが思ったその時--。
一森の奥から後光を背景に金の房や赤い手綱、揺れるたびに舞う深紅の布をまとった白い、天馬に乗った人物が勢いよく飛び出してきた。この旅の噂の発端、シンだった。
前方から見た姿が、太陽の光がシンの銀髪から反射し光をまとっているように神々しく見えて、シーラは眼が釘付けになっていた。
しかし、「お、お前、シーラか!?なぜここにいる!?」
久しぶりにシンの顔を見た本人の言葉に、ハッと我に返ったシーラは、
「あなたが遅いから来たんでしょう!!」と叫んでいた。
「な、なに!?」
「貴方が、許嫁で婚約する日も決めてたのに、女を連れ込んだって聞いたのよ!!」シーラはそう叫ぶと、いつの間にか手を大きく振りかざして王子の頬に紅葉柄の手形をお見舞いしていた。
シーラの手が見事にシンの頬に当たり、一瞬いくつか小さい星が飛んでいた。
そんなシンの後ろからは、護衛の騎馬がゾロゾロと駆けつけていて、森の動物たちも先ほどの花火による轟音で鹿やリス、猿など集まる大勢の場所での平手打ちであった。
「な、ご、ごご、ご、誤解だーーーーーーーー!!!!!!!!!」
シンの声は森の中にこだまするのだった。
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