世界の秘め事1
森羅解羅
序章
選定者……世界の状況を判断し、滅びるか発展していくか定める者。又は、目印となる者。
ユーデン国と呼ばれる小国では、嵐のような暗い曇り空の中、広々とした国の庭を疾風が飛んでいた。
鋭い風で紅葉が過ぎようとしていた枯れかけの葉は、いとも簡単に茎から離れ、また既に地上に落ちていた枯れ葉と一緒になって風で宙に飛んでいく。
決していい天気とは言い難い、暗い夕刻の時間に、王宮の離れの場所では
そんな王宮の場所で、ある部屋の窓から細長い布を地上へと垂れ流している一室があった。よく見ればその布はカーテンで、それを伝って降りている人物がいる。
カーテンで作った縄からは、動くたびギリッ、ギリッと軋む音が小さく響いていた。どこか布のほころびで、切れそうな感じだが、命綱として王宮の壁から地上に降りてる最中の人間にとっては、地上に降りれる少しでも長く、ちぎれないで欲しいと願っていた。そして、この手で許嫁である男に平手打ちしてやるのだ。
(絶対、絶対アイツに会って、ぶん殴ってやるーーー!!!)
金髪、緑色の双眼を持った、若き乙女の命綱を持ったままの、心からの叫びであった。その決意を出して少々スッキリしたのか、乙女は強い風が吹く中、また再び黙々とカーテンの紐から地上を目指して壁から降りるのだった。
♢
ことの発端は2時間前。
荘厳な王宮内だが、鍛錬場だけは、毎日鍛錬に励む王宮の兵たちの、元気な声が響き渡っていた。
「最後の人!レイが来る前に勝負をつけるわよ!」
少女の声が威勢よく響く。
「はっ!それでは、失礼いたします!シーラ様、お覚悟!!!」
そう言って兵は少女に勢いよく走って剣を大きく振りかざし、剣と剣が組み交わされる音が響いた。そんな中、一人バタバタと紺色のメイド服を翻しながら鍛錬場へと向かっている、短髪の赤髪の女がいた。
この赤髪の女が王宮の回路を走ってるのは、割といつもの光景なのだが、ここユーデン国を始めて訪れた者が見れば、走ってるメイド、赤髪の女を見ればギョッとする場面であろう。
そのメイドの袖から見えるのは、筋肉コンテストを開けば上位に入れるだろうという筋肉質な腕で、顔を見れば女ではなく、メイド服を着た男だったのだ。
赤髪の男は、修練場にたどり着くと、鍛錬場に設置されてる手すりをガシッと力強く掴み、大きい上半身を手すりの先へと乗り出した。鍛錬場の広場を見てみると、剣を持った少女が中央に立っており、周りは多くの兵たちがうなだれ、疲弊し地面に横たわっている光景があった。
赤髪の男は、一瞬でこの鍛錬場で行われたことについて理解し、剣を持った一人の少女へ大声で叫んでいた。
「お嬢!見つけましたよ!また授業サボって、兵たちと剣のお稽古ですか!」
「げ、レイ。来るの早すぎ・・・」
駆け足で走ってきたメイドの、顔だけ見れば美丈夫な男の名は、レイ。
そして、このレイがお嬢と呼ぶ少女は、ユーデン国の一人娘であり、この国の後継者。王族だった。
「どこの国に自分の国の兵たちを倒す王族がいますか!他の人が見たら、敵襲にあったかと思われますわよ!!」
「あはははは・・・、今度こそレイに勝ちたくて、剣の練習をお願いしちゃった」
自分の教育係兼、剣を教える師でもあるレイに、少女は笑ってごまかしていた。
「王族にケガなんてさせられないんですから!兵たちはお嬢相手に手加減するのも一苦労なんですよ!剣の稽古は私がしますから、おやめください!」
一国の王族にもかかわらず、剣の修行に励んでいた少女の名はシーラ。
元気さを跳ね飛ばすかのように今年で17歳となり、翡翠色をした瞳を持つ美しく成長した娘だった。
「元気なことはいいですけど、やりすぎですわ。王宮の守り人が、中で全滅してたら冗談どころではないですのに」
「だって、レイに一度は勝ってみたいんだもの」
シーラはそっぽを向いて言った。レイは幼いころから剣の修行を自分にしてくれている。剣を交えるたびにレイに負けるのが悔しくて一度でいいからレイに勝ってみたかった。それでも、レイは弟子のシーラに対して
「私に勝ちたいのはわかりますけど、わたくし、レイは、男ですからね。女性であられるお嬢が勝てないのは当然ですのに」
シーラとレイの二人は、剣の稽古に付き合ってくれた兵たちに礼を言って、王宮に戻る回廊を歩きながら喋っていた。
「わかってるわよ。けど、武道を教えてくれたのはレイじゃない。それに、わたし、けっこう強くなったのよ?王宮で鍛えてる兵たちと互角か、それ以上に勝つようになったし」
王族でありながらシーラが剣を使えるのは、困難に立ち向かえるようレイが剣の指導をして長年鍛えたのだ。
しかし、王宮の兵たち相手に道場破りに近いことをするシーラを見て、『最近はやり過ぎたかしら?』と腕を組みながらため息をついては愚痴るレイだ。
「授業を抜け出してまで、剣を教えたわけじゃないですわ。いい加減、おしとやかな女性になって頂かないと、許嫁のシンに飽きられますよ?」
(う、また、その話題?)
痛いところを突かれたシーラは、気がつけば負けじと言い返していた。
「なら、この際だから私も言うけど、レイもやっぱりその話し方やめないの?オネエ言葉って言うんでしょ。」と、横目でシーラは言った。
レイは女性として過ごしているが、どう見ても男にしか見えないのだ。それも精悍な顔立ちの美丈夫な男性として・・・。
レイの身長は180フィート以上あり、赤髪が一層精悍な顔立ちを引き立てている。なにより、メイド服から出てる腕の筋肉もしっかり見られ、明らかに立派な体格をしていた。
子供のころのシーラが熱を引いたことがあった。リンゴのジュースが飲みたいというただをこねる幼いシーラに、レイは見舞いで部屋に置かれていたリンゴを手に取ると、素手でリンゴを粉砕させ、即興でジュースを作ったり、王宮の外にある森へ行った際には、途中で遭遇した熊を素手で仕留めてきて、食料としたこともあった。つまりは馬鹿力とゆうぐらいに力が強かった。この血管が浮き出た筋肉は、決して伊達じゃない。
「レイは黙ってれば、イケメンとして通用するのに・・・。話すとオネエって、ギャップがあり過ぎ。その喋り止めたら絶対いいお嫁さんもらえるわよ?」
「まあ、お嬢。やめられないくらいオカマで生活するの楽しいんですのよ。やめるはずがありませんわ」
と、シーラに向かって華麗なウィンクをしながら力説した。
他のメイドが見れば赤面して喜びそうなものだが、シーラにとっては見慣れた師の行動に「そうなのね…」と呟くだけだ。
シーラにとって、幼い頃からレイは家庭教師、武道の稽古も一緒だった。だから、最近読んだ古い東洋の書物からレイが絶滅危惧種のオカマと呼ばれる人種であることは知らなかった。
(レイが男で女の恰好をする”オカマ”ねー。まあ、本人が楽しいならそれでいいか)
それまでのシーラは、体格がいかついだけのメイドかと思ってたのだが、レイが華麗なる独身生活を送っているのであれば、口に出すのはよそうと思った。シーラ自身も淑女らしく剣の稽古を阻害されては堪らないのだから。
「それにしても、夕食までまだ時間あるのに、お腹すいてきちゃたわ」
先ほどの運動でお腹がすいたのだろうか?昼食はあんなに食べたはずなのに、もうお腹が空いてしまった。いくら成長期とはいえこの元気な食欲は何とかしたい。近々王族として大事な式が目前まで迫っており、シーラはドレスを着なければならないのだ。そんなシーラの悩みを知らずか、レイは「お嬢が、講義の休憩のたびに鍛錬場に行かなければお腹は空きませんよ。飽きないくらい毎日どこかで稽古して。探す私も疲れますわ」と、まだ咎めた言葉を言ってきた。
「いいでしょ、私も毎日毎日、女王としての教育受けさせられちゃ身体がきついのよ」
ユーデン国は本来ならば、女王君主国家。
だが、シーラが幼いころに、女王が亡くなっており、今はシーラの父が国王として国を治めていた。そして他に王の子供がいないため、シーラが次期女王候補として毎日女王としての講義を受けていたのだった。
たまには、身体を動かさないと、せっかく鍛えた剣の感覚も落ちてしまう。だからこそ、こうやって自己練習していたのだ。
それが、レイにとっては講義に集中してくれた方が有難いようである。
「お嬢に今、学んで頂きたいのは授業ですわ!決っして授業を抜け出す技や、バレずに居眠りする方法じゃないですわよ?」と、レイから言われながら王の自室がある部屋に通りかかったときだった。
「なんですと!それは本当ですか、王よ」
王の自室の門は、威厳、国家の権力を誇張する為にも、豪勢に分厚くできていた。白の漆喰で塗り固められ、脇の淵は燃えるような紅蓮で彩られている。門の巨大さから、入るために少し動かすだけで多少骨の折れることであった。
そんな巨大な門が少し開いていて、室内にいる王と宰相の声が耳に聞こえたのは偶然といえた。そして当事者であるシーラが聞いてしまったのも、また偶然の重なりと言えた。
「ああ、宰相。シーラは来月に隣国の第三子息シンと婚約式を挙げる予定だったが、延長だ。宰相も、それを踏まえて、今後の日程を調整してくれ」
宰相の仕事は、高齢のシーラの父親である、国王をサポートすることである。
「婚約延長・・・・・、本当によろしいのですか?」
「ああ、仕方あるまい」
父である、ユーデン国、国王は悲愴に灰色の瞳を、目じりを下げて言った。
まだ年齢的にも若い国王に見えたが、目じりには年相応にシワがあり、また王妃も早くに亡くなって、人並みに苦労もしていた。実年齢よりも若く見えるのは、ユーデン国の王が、シーラと同じ金髪の容姿端麗な風貌だからだろう。
「わかりました…。それにしても、シーラ様もご苦労なことを・・・・」
(え!!!何!?何!?私何かしたっけ?授業の居眠りもすんごい我慢してるし、最近は苦手な刺繍は、やり直しさせられたけど、経済学のテストではなんとか合格ラインとったし・・・。あ、けど、今日の歴史の授業に行くの忘れてたわ。それかしら?)
いろんなことにシーラは国王から怒られるため、怒りの原因がどれかわからなかった。
そんな間にも、宰相と王の話は進み、宰相は険しい表情で、国王に発言していた。
「まさかシーラ様と許嫁のシン様が女を自室に呼んでいたとは。何か体調をこじらせて式が延期になったとでも、噂を流しておいた方がよろしいでしょうか」
「うーむ、隣国のシンも何かあってのことだろう。とにかく、再び密偵からの新しい情報が入るまでは、シーラには内密に頼む」
「はっ、承知しております。隣国の王にも至急説明を求める密偵を送りましょう。何か隣国で、問題でもあったかもしれません」
と、宰相と王の会話を逃すことなく扉の影に隠れて聞いていたシーラとレイであった。
「あらー、シンがそんなことするヤローに見えなかったのにねー」
「そうね・・・・・・」
レイの能天気な言葉とは裏腹に、その横で熱い怒りを燃やしている人物がいた。怒りのあまりゴオオオと金髪を逆立てして身を震わせているシーラだ。
王と宰相の話はまだ続いていたが、シーラは足早に大急ぎで自室へと向かった。
「ちょっと、お嬢!待ちなさいよ。詳しく調べないと本当かわからないじゃない」
レイは慌てて引き留めるが、そんなのおかまいなしだ。
「そんなことわかってるわよ!!けど、これが本当なら、シンの手紙の返信が最近になって遅いのも納得だわ」
そう言ってシーラは自室に入ると、レイが入ってこないようにすぐに部屋の鍵をかけた。
「アイツ宛に手紙を書くから、しばらく一人にさせて!!」と大声で扉の向こう側に置いてきたレイに伝える。その間にもレイは、シーラの自室の扉を叩きながら「ちょ、お嬢、怒りに身を任すとろくなことないわよ!いいから、ドアを開けなさい!」っと聞えていたが、シーラはお構いなしだ。
レイに手紙を書くと言ったが、もちろん手紙を書く気はサラサラなかった。嘘っぱちだった。シーラは荷物を準備していたのだった。
自室の奥から引っ張り出してきたのは、旅に必要な大陸地図、動物ガディラの高級羽毛を詰めたフード、飲み水、食料として乾燥した穀物の種の実、お金など、沢山の荷物をバックに詰め込んでいた。
(お父様の密偵が新たな報告を持ってくるのに最低でも2週間かかるはず。それまで、待つなんてできない!それに、例え本当だとしたら、一から恋人を探さなきゃいけなくなるじゃない!)
ユーデン国でも弱小ではあったが、小さな舞踏会やシーラの誕生日会と称してパーティーなどが催されることがあった。そして、若い男女は運命の出会いを求めて交友を深めるのだ。
だが、出席する者、顔を合わせる者といえば、幼いころから知っている悪ガキだったり、長年世間話をするだけの友人で、互いに知らなくていいことも知っている顔見知りばかり。友人の貴族令嬢たちは「なんで、揃いも揃って人参、ジャガイモな男が多いのよー!」と、新しい恋が出来ずに嘆いていたのだ。
そんな貴族令嬢たちと違って、王族で許嫁がいるシーラは彼氏を作る必要がなく、かといって許嫁のシンに対しての大きな不満もなかったので、恋人として順調で、このまま婚約、結婚をするものだとシーラは楽観的に思っていた。
だが、そんな許嫁が女を連れ込んででいる件となれば話は別だ。
最悪破局となれば、小さな王国の中で恋人を探すとなれば大変な時間と労力がいるはずだった。自分の限られた若さを保つ期間は短い。それに、女王として仕事をしなければならないときもあるので、恋に集中できる時間は他の貴族令嬢たちより少ないはずなのだ。そのため、この問題は早急に確認しておく必要がシーラにはあったのだ。
(えーと、普通に馬車で行こうとしても、どうせ気づかれてお父様、宰相、それかレイに引き留められるからダメ。馬1頭でも・・・・・、やっぱり馬車が置いてる場所に行くことに変わらないし、そもそも馬を世話してる使用人にバレるし・・・・。やっぱり、多少時間かかってもいいから一番バレない・・・・徒歩で行くしかないかしら……。うーん、何回もレイと一緒に王宮の市街地や野宿してるけど、一人で外出したことなんてないし・・・・)
変な輩、盗賊がいても武道の心得があるので心配ないが、初めての一人旅となるとやはり心細い。
けど、もし、レイに「シンをとっちめて、事情聴きに行くから一緒に付いてきて!」と言ったら・・・・・・。
『何言ってるんです!ダメに決まってるでしょう!国王に任せて、お嬢は勉強ですよ!』
(………………。うん、一人で行っちゃお!そうよ。小さいころから王国が敵襲を受けた想定の訓練で森に野宿させられたこともあるし、レイからは『男は夜になると襲う輩がいるから、好みの男じゃない限りは、意表をついて殴ってOKです』って、言われてきたわ!)
幼いころから他の男にわき目もふらずに、清く、正しく生活してきた以上、絶対に浮気は許せなかった。
幼いころから会っているシンが、こんなことをする人ではない気もするし、とにかく会って、説明してもらいたかったことも本音だった。
シーラは決意を新たにすると、部屋の窓にあるカーテンを掴み、全体重をかけて繋いでたレールからカーテンをぶち破った。そのカーテンをシーラは柱に括り付け、自分の腰に巻いていた。
そして、王宮の高い場所にある自分の部屋の窓から地上に人がいないことを確認すると、荷物を窓から投げ落とし、そして自分自身も命綱を掴みながら、迷わず窓の外へと身を投げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます