キシ

「こんな所で立ち話も何ですし、ちょっと案内したい所があるんで、そこでどうでしょう?」

「良いわよ。歩きながら、話しましょう」

 そうして二人で歩き出した。

「久し振りね」

「そうですね。あなたと会えない間、もう気が狂うかと思いましたよ」

「あっそ」

 コイツはいっつもこんな調子なので、アタシはまともに相手をしなかった。

 そう、一ヶ月前までは…。

「あっ、危ないですよ」

 肩を捕まれ、引き寄せられる。

 考えをしていたせいで、前から来た若いカップルにぶつかりそうになっていた。

「…ありがと」

「いえいえ」

 けれどキシはアタシの肩を掴んだまま、歩く。

 アタシは振りほどかないまま、歩く。

「…アタシと会わない間、何してたの?」

「気になります?」

「ええ、イヤな方向に」

「別に浮気なんてしてませんから、安心してください。あなた以外の人間なんて、物と変わらないんですから」

 幸せそうに微笑み、アタシを抱き締める。

 …こんなヤツを野放しにしていた責任は、やっぱりアタシにあるんだろうな。

 思わずニンニク臭いため息を吐いた。

 そしてたどり着いたのは、駅前の通りから少し離れた小さな公園。

 街灯に照らされ、公園の中のテーブルセットが明るく浮かび上がる。

 そこには…肉料理が並んでいた。

 思わず足が止まる。

「アタシ、焼肉食べたばかりなんだけど」

「まあそう言わず。今日のはベジタリアンの肉ですから、美味しいですよ」

 強引にアタシを料理の前に連れて行く。

 そして料理を間近で見て、アタシは思わず吐き気がした。

 ―生々しい血肉の匂い。

 まだ間もないのだろう。

「さあ、どうぞ。今夜は絶対にあなたに召し上がってもらおうと思っていたんですよ」

 キシはアタシの様子に気付かず、ワインのコルクを抜いて、グラスに注いだ。

 みがきぬかれたグラス。

 高そうだな、と思えるぐらい余裕はまだある。

「どうぞ、召し上がってください」

 ニコニコ笑顔で料理を進めるキシの頬を、アタシは力の限り叩いた。


 ぱんっ!


「えっ…」

 キシは心底分からないという顔をした。

「誰もこんな料理、注文していない。アタシは人肉は食らわないんだ。知っているだろ?」

「でもあなたは…自分の血は飲むじゃないですか」



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