第12話 ネコの嫉妬

「…………」

「あの……ティアさん?」


 帰ってくると、すぐさま抱き着いて離れなくなった我が愛しのネコマイキャット。今回も理由は不明。けれど不機嫌である。


「ぐるるる…………ッ」

「俺、何かしたか?」


 不機嫌さの表れで、尻尾は激しく横に振られている。これは猫にとっての苛立ちのサインと言われている。そしてそれは、ネコにも当てはまる行動でもある。

 詰まる所ティアは、貴紀の膝の上で体を伸ばしておきながら、何かに苛立っているということになる。


「…………」

「ぐううぅぅ……ッ」


 こういう場合は、あまり刺激しない方が良い事を貴紀は経験で知っている。

 一応理由は訊ねたが、その返答を急かす事は決してしない。何かしら満たされれば、機嫌はすぐに直る。その時に答えを聞かせてくれる筈だから。

 しかし──。


(これじゃあ、夕飯の準備もできないんだけどね……)


 ティアは膝の上に固執している状態で、動こうとすると唸り声を上げる。時折体を持ち上げて、終わりか? と思えば、今度は体を擦り付けてくる。

 そしてまた、膝の上でだらしなく手足を伸ばしてしまうのだ。


「…………」

「…………」


 長い沈黙が続く。

 ティアのご機嫌は未だ直らず、また理由は皆目見当もつかない。


 それからどれくらい経過したのか。

 ふと、ティアはまたも体を持ち上げて、上目遣いで貴紀を睨み付ける。


「ご主人……」

「…………」


 ようやく話す気になったティアは、貴紀を突然押し倒して馬乗りになる。


「ちょ……ティア……」

「ご主人……」


 ティアは体を倒して、今度は甘えるように貴紀の胸の顔を押し付ける。

 そしてゆっくりと、確かな声量で語る。


「ご主人……。最近、何処でなにしてるの?」

「は? いや、普通に大学通って、普通にバイト先で働いてるだけなんだけど……」

「……嘘。本当はティアに隠れて、他の雌と遊んでるんだ」

「…………はぁ?」


 濡れ衣だ。貴紀は事実をしっかりと述べ、実際女の子と遊びに出掛けたりしていない。そもそも、そんなお金がない。


「あのな……。どうしてそんな話になるんだ?」

「……だって、ご主人から雌の臭いがするんだもん」

「はぁ……」


 一度ひとたび外出すれば、いくらでも女の子と触れ合う機会は巡ってくる。大学ならクラスメイトと、バイトでも縁やミリアだったりと……。


「そりゃするだろう? 学校でもバイト先でも女子はいるんだから。ティアだって、こうして話があれば近付いてくるだろ?

 それに、今までだって接してきたぞ? 今更なにを気にしてるんだ?」

「今までは……こんなに臭くなかったもん」

「く、臭い?」


 思わず腕を嗅いでみるが、臭いどころか、ティアの甘い匂いしか……。


(あ、そっか。さっきまで擦り付けてた理由はそういう……)


 所謂マーキングと呼ばれる行為。

 大切な場所、大切な物、大切な人に自分の臭いを擦り付け、これは私のものだ、と主張する行為である。


「臭いって、どういうことなんだ?」


 貴紀はその辺りがいまいち分かっていない。何せ日常的に外出しているのだから、誰かの匂いが、何かの拍子につくのは当たり前のこと。

 寧ろ超自然なことのように思えるのだ。

 ティアの言動から、その辺りは理解しているように感じた貴紀は、臭いの意味を問う。


「雌の臭いがするの! ご主人はティアのなんだからっ!」

「訳が分からん……」


 話に脈略がないため、結局は何も分からずじまいで終わった。

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