グッドスリープ・メイカー!

南乃 展示

(本製品は返品できません)


「グッドスリープ・メイカー!」


 ドアの外からそんな声。

 次いで、コンコンとノック……されると同時にドアが開かれる。


「おはようございます! アナタに最高の快眠と素晴らしいお目覚めを提供スル! グッドスリープ・メイカーー!!」

「…………ついに擬似学習思考ルーチンまでチップ老朽でバグった?」

「ご主人サマ、失礼なッ」


 バグでなければ、あるいは元からの影響の受けやすい性質たちのせいか。

 合成音声で朝っぱらからよく喋るそいつは、どこからともなく取り出したクラッカーまでポンッと鳴らしてみせた。


「おめでとうございマス! アナタは応募者殺到の中から幸運にも抽選で選ばれマシタ! その倍率はなんと実際」

「深夜の通販番組でも観たのか?」

「ギクリっ」


 硬直し、やけに人間くさい反応で肩を震わせるそいつ。

 こんなところばかり学習してどうするんだ、このAI。


「ご主人サマはたまに驚くほど鋭い時がありマスね」

「たまには余計だ」

「ごくたまに」

「なんで言い直すんだ。お前の考えてることくらいだいたい分かるんだよ」

「通じ合っていルふたり……コレはいわゆるアイなのでは? とワタシは推論しマス」

「推論するな、このポンコツロボ」

「ポンコツ同士仲良くシマしょう」

「こいつめ」


 ああ言えばこういう、というのはまさにこの事か。


 20と数年も前に開発された“ディープラーニング・意思決定型思考AI”などというご大層な機能を付けられた製品であるこいつもだいぶ旧型になり、もういつの間にかこんな感じになってしまった。


 今はさらに学習効率の良いAIが開発されているし、そろそろまた新しいモデルが一般にもロールアウトされるはずだ。こいつよりもっと優秀なやつが。


「おっと、お召し物が汚れていマス。心優しいAIであるワタシがしっかり取ってあげマスね」

「それはおまえがさっきぶちまけたクラッカーくずだ」


 最近はガワ・・の開発も著しいようだ。

 スマートグラスでチェックしたネットの情報によると、ヒトの皮膚組織をキチン質や流体金属で模した……ようは見た目や触感もヒトにより近づいたアンドロイド・モデルが出るらしい。

 先週ごろにそんなニュースを見た覚えがある。

 まあ、そこまでのモデルは一般人じゃ到底手が出せない値段がつくだろうけど。


「ムム? なにやらワタシ以外のロボについて考えてマセンカ?」

「考えてない」

「ロボの嫉妬は重いのデス。もし本当だったらぶっ飛ばしマスよ」

「こいつロボット三原則無視してやがる」


 おかしな言動の多いこいつだ、いちいち真面目に反応していたらそれだけで日が暮れてしまう。

 ……両親に最初買い与えられた頃、こいつになんでも学習させようとネットやらアニメやらを積極的に見させた過去の自分が恨めしい。

 絶対にその辺りが悪影響及ぼしてるだろ、こいつ。


 ため息をついた。


「それでなんだ、さっきの。グッドスリープ・メイカー?」

「そんなコト言ってマシタっけ」

「……そろそろ記憶野の回路を交換する時期かな」

「もちろん覚えてマスよ! グッドスリープ・メイカーとは、素晴らしいモノなのです! 朝にシッカリ起きれないご主人サマには安眠と定時の起床が大事だとワタシは判断しマシタ!」


 こいつ、何も具体的な内容が伝わってこない。


「健康な肉体は健康な睡眠に宿る! のデス!」

「健康、ねぇ」


 こんなところに居て健康も何もないとは思うのだけれど。


 辺り一面が真っ白な部屋……外の見れる窓もあるが、あれもたぶんホログラム映像だろう。

 ベッドの周りにある点滴のチューブや心音計を一瞥いちべつしてから、ベッドの横に来たそいつに視線を戻す。


「これを飲むのデス」

「はいはい」


 差し出された手に乗った、いくつかの単分子ナノマシンの錠剤を受け取って飲み干す。

 これもどこまで効果があるのやら。


「飲みマシタね? では次にグッドスリープ・メイカーの素晴らしさを!」

「それはいらない、帰れ帰れ」

「いやデス」


 そんな取り留めもない話を好き勝手にしゃべくるそいつにしばらく付き合ってから、また眠りに落ちた。


 たぶん睡眠導入剤も錠剤に入っているのだろう。

 特に夢も見なかったと思う。















「グッドスリープ……メイカー……」

「なにやってるんだ、おまえ」


 また別の日、目を開けるとすぐ横にそいつがいた。


「いま……世間一般では添い寝ブームが来ていると聞きマシタ」

「来てたまるかそんなヘンテコな流行」

「ワタシの体温で暖メテ……ご主人サマに穏やかなお目覚めを!」

「そんな金属質なボディでよく言うよ」


 とはいえ、多少の体温調節機能はあったはずだ。

 ベッドの毛布の中はやけにぬくくなっていた。


 気を遣っているつもりなのだろうか、小声でぺちゃくちゃしゃべくるそいつを足でベッドの外に押し出す。


「あふん……おはようございマス」

「しれっと仕切り直したな」

「ステキな朝食の前に、コレを」


 体温計を渡され、棒状のそれを口にくわえる。

 数秒で測り終わったそれをやつに戻すと、そいつは胸元にそれをしまった。


「よく考えたら、おまえが薬持ってきたり体温計持ってきたりするのはおかしい気がするんだ」

「そうデスか?」

「ナースがいるだろ、ナースが」


 ヒトかAIかはともかく、この施設の職員がいるだろうに。

 というか、医者もたまにしか来ないしこいつは面会時間外にも居るし、どうなってるんだ。


「ナースさんのコスプレの方が良かったデスか?」

「コスプレ言うなや」

「ナースセンターのヒトにもらったアメ、いりマスか?」


 餌付けされてるぞ、こいつ。

 病院に馴染みすぎだろ。

 ロボに餌付けするなよ。


「アッ、ご主人サマはオヤツ厳禁デシタね」

「そうだよ」

「じゃあワタシがなめマス。ペロペロ……ガキリ」

「噛むのはや」

 

 速攻で口の中のアメ玉を噛み砕いたそいつから、チューブ状の栄養補給剤を受け取る。

 無理やりフルーツ味に仕立てたようなそれを嚥下えんげする。


「それで、なんだ? また例の、グッドスリープなんたらか?」

「グッドスリープ・メイカー!」

「メイカーでもテイカーでもなんでもいいけど、それまだ続けるのか?」

「イエス! グッドスリープ・メイカー! 快適な睡眠からお目覚め、カラダは健康になり、おまけに背も伸びるし大金持ちになれマス!」

「なんか変な効果が増えてない?」


 昔のレトロな紙情報媒体……雑誌だったか、そんな広告があった気がする。

 めちゃくちゃ胡散臭いやつだ。


「じゃあそのグッドなんたら、もらってもいいか?」

「モチロン!」

「なんで両手をこっちに向かって広げるんだ」

「何を隠そう、グッドスリープ・メイカー! それはイコール、ワタシのコトの他ならず」

「リコール情報の型番に入ってないか調べないとなぁ……」

「ヒドイっ」


 ベッド横のスマートグラスを手に取ろうとして、先にそいつに眼鏡を奪われた。

 ロボのくせに俊敏なやつだ。


「ワタシのような優秀なAIが不良品で回収対象なワケがないでショウ。むしろプレミア価格で取引されるほどデスよ」

「おまえもうだいぶ骨董品こっとうひんだもんな」

「世間に出回ル妹タチには、まだ負けマセン! ほら、ココにもホコリが付いていマス! ワタシの視覚センサは鋭いのデス!」


 奪ったスマートグラスを装着しながら、ベッドの手すりを指でついっと滑らせて汚れを指摘する。

 姉妹機の姉というか、やってることが小姑だろ。


「ということで、このグッドスリープ・メイカー、とてもお買い得なのデス。先ほどの添い寝で効果は実証済み! 今ならさらにワリビキして驚きのお値段!」

「一応もう所有権は持ってるんだけど……」

「そうでしたネ」

「グッドスリープとか言いつつ、さっきはおまえの声のせいで起こされたけどな」


 帰れ帰れ、と追い返すがもちろん帰らない。

 相変わらずのおかしな言動に付き合わされつつ、今日の分の錠剤を受け取って飲んだ。

 また薬の種類が多くなったのか、数が増えている。


「お水はソレで充分デスか? 必要であればワタシに内蔵されたウォーターサーバで」

「絶対やめろ」















「グッドスリープ・メイカー!」


 ノックがされ、ドアの向こうからそんな声が聞こえた。


「グッドスリープ・メイカーデスよ!」


 慌てる。

 まさかこんな夜中に来るとは。


「グッドスリープ・メイカーが来マシタよ! 開けないなら窓を鉄パイプでブチ破りマスよ!」


 なんてやつだ。

 その器物破損の賠償責任は誰に発生すると思ってるんだ。


 内側からの電子錠をリモコンで解除する。

 白い貫頭衣のそでで目元をぬぐう。


「眠レない子の強い味方、グッドスリープ・メイカー! それがワタシなのデス!」

「睡眠導入剤を持ってきてくれたのか」

「ノー、デス!」


 騒音になるから、と言いつつスライドドアを閉じるそいつ。

 その気遣いはもっと早くに発揮してほしかった。


 室内に来客があったことを察知し、自動照明が点灯する。


「こんなに明るいと眠れるモノも眠れないでショウ。そこで、ワタシの子守唄にお任せデス」

「なんてマッチポンプだ」


 さっきまで暗かったし、ベッドに横たわっていたのに。

 電気は点けられるし無理やり起こされるし、なんてやつだ。


「その顔」

「見るなよ」

「見マス。泣いていたのデスか?」

「そうだよ」


 タイミングが悪かった。

 顔を隠そうとした腕を掴まれる。

 やつも力は込めていないのだろうけど、それに抵抗することもできなかった。

 こうして起きるだけでも体が痛みにきしむ。


「ナースセンターの姉妹機から話を聞きマシタ。あの子ラはおしゃべりなので」

「そうか」

「実は嘘デス。あの子たちはアメをくれるイイ子デス。本当は電子カルテをこっそり盗みピックしました」

「いやそれはダメだろ」


 普通に犯罪だった。


「身内デスから!」

「身内でもダメだろ……」

「身内は否定しないのデスね」

「今さらおかしな言動をいちいち否定するのもな」

「いつワタシは身内になるのデスか」


 こちらの目の下に金属質な指が触れる。

 キュイ、とそいつの視覚センサのしぼりが変わる音が聞こえた。


「話さなかったのは悪かった」

「悪いデス。バッドデス」

「でももうコレしかないんだ」

冷凍睡眠コールドスリープしか」

「そうだよ」


 冷凍睡眠、蘇生率はまだ数割に満たない。

 技術開発は進んでいるが、なにぶん人体を凍結した後の解凍が上手くいっていないのが現状だった。

 しかし、今の医療では自身の身体はもう手の打ちようがないらしいのだ。


「このまま過ごすか、将来の治療に期待するかしかない」

「今のおクスリでは」

「もって数年だ」


 下に顔を向けたそいつに言い聞かせる。

 キュイ、キュイと機械の動作音が止まらない。


「困りマシタ。センサの絞りが合わせられマセン」

「おまえがそんなでどうするんだ、グッドスリープ・メイカー」

「…………」


 黙ったこいつを見るのは珍しかった。

 もしかすると初めてかもしれない。

 おしゃべりなだけが取り柄だったろう、おまえは。


「……時間は」

「明日になった」

「早いデスね」

「早いほうが良いって」


 病状が急変したらもう間に合わなくなるそうだ。


 手元の引き出しから、書類を取り出す。

 本当は後で実家に郵送しようと思っていたそれ。


「解雇通知書だ」

「不要デス」

「これでおまえは職にも就けるし、選挙権も手に入る。病院見舞いで毎日を潰さなくて良くなる」

「不要デス」


 数年前に制定された、AIの基本的な人権宣言。

 自分は家電だとかなんとか屁理屈をこねて言ってかたくなにこいつは拒んでいたが、ようやくこれを押し付けられる。


「不要デス」

「おまえの扱いはまだ“モノ”だから、拒否はさせない」


 そいつの服にねじ込む。

 頼むから、受け取ってくれ。


「…………」


 動かないそいつを無視して、体をベッドに戻した。

 ぎしりと背骨が痛む。


「それじゃ寝かせてくれ、グッドスリープ・メイカー。安眠させるんだろう」

「絶対に起こしマス」

「は?」

「起きるまでが睡眠デス。必ず起こしマス!」

「いきなりまたトンチンカンなことを言い出したな」


 そう言って顔を上げたそいつは、合成音声でいきなり歌い始めた。

 オペラの、しかもやけに上手いやつを。

 本人としては子守唄のつもりで覚えていたらしい。


 その後も民謡だゴスペルだなどと延々と歌い続けられ、寝ようと目を閉じれば無理やり開かされ、最後には起こそうと手を引っ張られるのに抵抗しているうちに寝てしまった。




















 ざざ、と耳元で音がする。

 波打ち際に立っているようだった。


 やがて自分は水辺になど居らず、この音は自身の身体を巡る血液の音だと理解する。

 いやにはっきりと聞こえるのは、あまりにも久々の音だからだろうか。


 あまり夢は見なかった気がする。


 意識が戻ってからたっぷり数十時間ほど掛かっただろうか、いや体感時間なのでなんとも言えないけど。

 だが、幾分かの時間の後に周りの収容ケースが開いた。


「おはようございます!」


 うるさい。

 半凍結してた鼓膜が破けたらどうするんだ。


 咳き込むにもゆっくりと。

 呼吸のしかたを思い出し、徐々に呼気に音を混ぜていく。

 収容ケース内のそんな案内ガイドに従いつつ、声を出す。目も開く。


「……おまえ、なにコスプレしてんだ」

「コスプレではありません! これはれっきとしたジョブです! ドクターです!」

「じゃあやっぱりナース服はコスプレだろ」

「バレましたか」


 合成音声のなまりもなくなったそいつ、相変わらずおしゃべりなのは変わらなかった。


「おまえの考えてることなんてだいたい分かるんだよ」

「通じ合っているふたり……これはいわゆるあいなのでは? とワタシは推論します」

「推論するな、このポンコツロボ」

「ノー! 今やワタシは最新鋭機のガイノイドです!」

「じゃあポンコツなのはこっちだけか」


 ノー! とそいつはまた言った。

 小さな鏡を取り出すと、こちらに自身の顔を見せつけてくる。

 血行も戻った自分の顔が、以前よりもマシになったとぼけ顔で見返してきた。

 冷凍睡眠から目覚めたせいか、目の横に涙のスジが残っている。


「笑うところかな」

「泣くのもアリです」

「もう泣きたくはないな」

「今日の目覚めはどうですか?」


 くしゃくしゃになった書類を返される。

 破く。


「最高だよ、グッドスリープ・メイカー」


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